実践「生産性改革」:田中 洋司 JFEスチール労働組合連合会中央執行委員長・関東労生議長インタビュー
今年6月に関東地方労組生産性会議(関東労生)の議長に就任したJFEスチール労働組合連合会中央執行委員長の田中洋司氏は「実践『生産性改革』」のインタビューに応じ、生産性向上に労働組合が果たすべき役割について、「生産性運動三原則」の実践にあたり、職場をバックアップすることが重要であるとの考えを示した。労組執行部としては、企業が掲げるパーパス・バリューなどの価値観を、組合員が共有できるように経営側とのコーディネーター役を果たす役割もあるとの考えを示した。
組合が経営とのコーディネーターに 生産性運動三原則実践のカギ
生産性運動三原則(雇用の維持拡大、労使の協力と協議、成果の公正な分配)は長年、労使関係のバックボーンとなっている。田中氏は「生産性運動三原則の実践にあたり職場を支援するための鍵になるのは、会社の経営方針や経営目標について労使の認識を共有することであり、労組の執行部は会社の考えを理解し、組合員に伝える役割が重要になる」と語った。
労組執行部の取り組みの軸は「労働条件の改善」と「会社経営・マネジメントへの提言」の2点だという。会社との話し合いを通じて、会社が示す経営方針の背景や趣旨、事業環境の現状と今後の展望なども含めて見解を質(ただ)すとともに、マネジメントに対して必要な提言を行う。
そして、それぞれの職場が日々の業務執行や経営施策への協力に全力を尽くし、その成果や収益をもとに労働条件改善という形で職場に還元する。このような好循環をつくり出すことによって、生産性向上へ向けた動きが加速することが期待できるという。
企業の経営には、事業構造の改革という痛みを伴う判断もある。JFEスチールは昨年9月、川崎市にある東日本製鉄京浜地区の高炉等の設備休止を実施した。これにより対象職場の社員の多くが他の事業所へ転勤することとなった。田中氏は「製鉄所のシンボルの高炉を休止し、慣れ親しんだ設備や仲間と別れる選択は、労使双方にとって苦渋の決断だった。その必要性や事業展望などの会社見解を厳しく質し、職場の思いを訴えた上で、労使の認識共有を図り、施策を受け止めるものとした」と振り返った。
一方で、今後の生産性向上については、「企業・労使を取り巻く環境は急速に変化しているが、生産性向上は引き続き重要な要素であることは間違いない。それが産業・企業としての国際競争力の優劣を決定するからだ」と指摘。具体的には、労働力人口の減少に対応し、持続可能で効率的な職場体制の構築が課題であり、「長年鉄鋼労使は雇用の確保に苦心してきたが、今日的課題は人材の確保だ。少人数で業務を遂行できる体制の構築は、将来的に自分たちを守ることにもつながる」と語った。
また、今後の国内市場の縮小や海外勢との競合を踏まえると、高付加価値品の構成比率を向上させて優位性を高めることが重要になる。田中氏は「同様の生産量でも、作り込みが難しい製品の比率の上昇による国際的な競争力の強化が重要で、これが生産性向上の前提条件となる」と指摘した。
さらに、近年GXやDXが企業経営の要素となっており、従事する人材の必要性も高まっている。「こうした分野に精通し、とりわけ研究開発に携われる人材の採用は重要だが、同様に、現有の人員体制から人材を捻出し戦略分野への配置転換を可能にするためにも生産性向上が求められている」との考えを示した。
今年6月に議長に選出された関東労生では、労働組合の組織課題や労使関係に関する課題に対して「生きた」情報を相互に交換し、会員間の継続的なネットワーク確立を目指して活動している。田中氏は「産業の枠を超えた関東労生での交流は大変貴重な機会であり、このネットワークを深めていきたい」と述べた。
(以下インタビュー詳細)
人口減少下の労組活動の展開 関東労生で業種を超えた課題解決を
田中洋司 JFEスチール労働組合連合会中央執行委員長・関東労生議長インタビュー
JFEスチール労連として、人材不足や働き方改革などの課題に対しては、「労働条件の改善」と「会社経営・マネジメントへの提言」を軸に取り組みを推進している。
労働組合主導の労働条件改善の成果の一つに「定年延長」がある。「60歳定年・再雇用制度」を転換し、2021年4月に定年を65歳に一気に引き上げた。これにより26年まで定年退職者は出ないことになる。ベテラン社員の技術・技能の伝承による現場力の維持・強化や年金受給開始年齢の引き上げへの対応などを図るものであり、基幹労連(日本基幹産業労働組合連合会)の鉄鋼大手グループが統一して取り組み、足並みを揃えた。労働力人口が減少し、人手不足が深刻化する中で、人材の確保に奏功している。再雇用制度の年収は60%程度だが、定年延長では、65歳までの一貫した処遇体系とし100%が基本となるので、職場の活力を支える効果がある。
労働条件の改善としては、賃上げは大きな課題だ。2014年の春闘以降、賃金改善を積み重ねており、23年春闘までは最高で3,000円の賃上げだったが、24年の春闘では、過去最高の3万円かつ満額回答という歴史的な成果があった。要求趣旨の一つの「人材確保」の認識が労使で共有された結果であるが、そのためにはこれで十分ではなく今後も様々な対策を総合的に講じていかなければならない。
また、働き方改革への対応としては、ワーク・ライフ・バランス労使専門委員会で、時間外労働や年休取得状況、育児・介護休業などに関して過年度の実績を確認し、労使間で実態と課題の認識を共有している。各事業所の労働組合としては、フォローアップを毎月行っており、着実に働き方改革につなげている。
2011年度以降は、年次有給休暇(年休)を無駄にしないため、「失効年休ゼロ運動」を展開してきた。2年経過で時効消滅となる失効年休を回避する狙いで、先駆者の自動車総連各組合の取り組みを参考にしながら、計画的な年休取得を推進してきた。その結果、2023年度の平均年休取得日数は19日で、失効年休が0.5日と過去最良値になった。
職場の本音を引き出す役割
会社は従業員の働きがい(やりがい×働きやすさ)向上を経営課題と捉え、その一環としてパーパス・バリューを策定し、その浸透・定着を進めている。あわせて、「組織風土改革」や「業務改革」などを掲げ、働きがいを高める幅広い取り組みもスタートさせた。労働組合としては、こうした取り組みは職場の活力につながることから、この考え方を理解し、職場への浸透に協力する方針だ。仕事で迷ったときの拠り所や行動指針となり、コンプライアンスの強化や風通しの良い職場風土の醸成に資すると受け止めている。
私たちが入社した時と比べると、会社側の対応は丁寧になった。「エンゲージメントサーベイ」や「きめ細かな人事管理」などを実施し、従業員の声に耳を傾けようという会社側の姿勢からは、時代の変化を感じる。
かつてデフレ時において経営はベア否定論・不要論に固執し春闘交渉は難航したが、我々は労働者をコストとしてではなく、重要な経営資源と捉え、「人への投資」を図るべきと、長年にわたり主張してきた。本格的な労働力人口減少・労働供給制約社会が到来して、人材確保に腐心する「人的資本経営」の世となり、労働組合の考えに時代が追いついたように感じている。
会社の社員に対するスタンスが管理型から寄り添い型に変化することを歓迎する一方で、労働組合としては手放しで喜んでばかりはいられない。様々な課題を把握・集約し、解決につなげる労働条件改善の取り組みは組合の基本機能だ。会社側が職場レベルの課題について、職制を通じて、労働組合と同じような対応を取るようになれば、労使の取り組みが重複し、労働組合の存在意義を問われる事態に発展しかねない。
ただ、労働組合は職場の課題に関する対話や課題解決の実績の蓄積がある。また、中には職場の上司のマネジメントをはじめ直接「言いにくいこと」も多くある。組合組織だからこそ職場の「本音」を引き出すこともできる。若年層からシニア層、男女共同参画、新卒・キャリア採用など、職場の労務構成や意識が多様化する中で、執行部の情報収集力を磨き、職場と会社の双方から信頼を得られるよう、私たち自身の組織力を強化していく必要がある。
異業種の労組と経験を共有
関東地方労組生産性会議(関東労生)には、2024年6月時点で92組織が加盟している。
関東労生の具体的な活動は、労政部会や労使関係実務基礎講座、国内研究会、国際交流活動などの「研究・調査・交流活動」が中心だ。活動全般を通じて、認識共有や発見を促す「会員組織の交流」が関東労生の意義であると認識している。
関東労生の特徴を挙げるとしたら、首都圏に各産業・企業の本社があり、会員組織の多くが本社経営と対峙しつつ傘下の事業所組合を統括する労働組合の本部であることだろう。労使課題の対象が経営戦略から現場第一線までと幅広い。このため、関東労生に加盟する各労働組合は、全社的課題から職場密着の課題まで、様々な取り組みの実績やノウハウを持つようになる。例えば、働き方に関しても、オフィス勤務の総合職などはテレワークをはじめ、時間・空間を問わない柔軟な勤務が可能になっているが、生産ラインや社会インフラの維持管理、販売スタッフなど現場で仕事をしている人たちは、固定的な場所において定められた時間で業務に従事するとともに、チームプレーも求められている。とりわけ、コロナ禍では、働き方をめぐって各職場が頭を悩ませ、試行錯誤で乗り切った。こうした時も、関東労生で対策や苦労話といった情報交換を通し、各産業・企業労使の工夫や努力を学ぶことができた。
JFEスチール労連は鉄鋼産業の労働組合であり、基幹労連の枠組みでの取り組みを追求している。それに加えて、関東労生を通じた産業の枠を超えた異業種交流は、他業種の斬新な好事例を知る貴重な機会となり、自組織の活動充実にもつながっている。
また、「研究・調査・交流活動」においては、基礎講座から中堅役員を対象にした講義に加え、工場を中心に会員組織の国内外の事業所視察を行うなど、役員のレベルアップにつながるメニューがある。外部講師の講演では、政治・経済・社会動向の有識者を招いている。知識の深まりと視野の拡大につながり、労使課題への対応や組合組織の強化に役立っている。 関東労生の24年度の活動の統一テーマは「変革の時代における創造的労働組合運動の展開」とした。今年度も、産業や業種の垣根を越えて多くの労働組合が参画する関東労生の特性を生かし、情報交換・経験交流を図りながら、労組活動の質的強化の方策にむけた議論や労組役員のネットワークの形成に資する活動に引き続き取り組んでいきたい。
*2024年7月24日取材。所属・役職は取材当時。