実践「生産性改革」:廣田 康人 アシックス代表取締役会長CEOインタビュー

今年7月に第67回軽井沢トップ・マネジメント・セミナーに登壇したアシックス代表取締役会長CEOの廣田康人氏は、「実践『生産性改革』」のインタビューに応じ、企業が持続的な成長を果たすためには、グローバルで通用する日本発のブランドを築くことが重要になると指摘した。国内市場で人口減少が進む中で、地球儀を俯瞰したビジネスを展開し、海外市場の成長をどう取り込むかがカギになるとの考えを示した。

海外市場で競い、競争力を磨く 地球儀を俯瞰したビジネス実践

廣田康人 アシックス代表取締役会長CEO

オリンピック・パラリンピックや、メジャーリーグベースボール、サッカーの欧州リーグでの日本選手の活躍とは対照的に、日本企業の停滞が指摘されて久しい。廣田氏は「強くなったスポーツに共通しているのは、選手が世界で競争していることだ」と語った。

その代表例はサッカーで、欧州の強豪チームは多様性に富んでおり、選手の国籍にかかわらず実力が問われる。廣田氏は「世界を舞台に競争している選手たちは体力的にも逞しく、その国の言葉を上手に話すなどコミュニケーション力もつけている」と話した。

廣田氏は「日本企業が競争力をつけるためには、海外市場の成長力を取り込むべきであり、海外の企業と競い合って企業価値を高めることが重要だ」と指摘する。アシックスは海外売上比率が約8割で、主力のランニングシューズに関しては、欧州やオセアニア市場で高いシェアを持っている。

パリオリンピック・パラリンピック2024では、日本選手団がアシックスのオフィシャルスポーツウエアを着用したほか、オランダの陸上チームやパラリンピックのブラジルチームがアシックスのウエアを着て活躍。廣田氏は「日本のブランドが海外でも認められていることを示すことができた」と語った

アシックスは、神戸市で技術開発や商品開発を担うなど、日本に基軸を置きながら、世界各地域の経営は現地の人財に任せる体制を敷いている。スポーツ用品業界は、国・地域でスポーツとのかかわり方が違い、現地の文化に精通した人に任せるのが最適だからだ。

デジタル人財の獲得も、世界で最適な国・地域で行っている。廣田氏も「デジタルとともに生まれ育った若い人財に任せたい。デジタルは英語との相性も良く、海外を含めた若い人財のイノベーション力を生かす」ことを狙っている。

アシックスのデジタル拠点は日本にもあるが、オランダのアムステルダムに基幹システムなどITインフラの拠点、米国・ボストンにアプリ開発の拠点を置いている。

廣田氏は「日本国内でのIT・デジタル人財獲得が難しいこともあるが、アシックスはグローバル企業なので、その利点を生かし、海外の優秀な人財を採用している。富永満之代表取締役社長COOはデジタルに精通し英語も堪能だ。これからの日本企業はグローバル市場でデジタルを武器に競争する能力が求められる」と強調した。

また、海外進出している大手企業だけではなく、国内を基盤とする中小企業にとっても、世界基準で競争できる機会が増えている。インバウンド(訪日外国人観光客)が急速に増えており、廣田氏は「商品やサービスがインバウンドの厳しい目で選ばれるかどうかはとても重要だ」と語った。


(以下インタビュー詳細)

「世界一速いシューズを作れ」 頂上奪還プロジェクト着々進行
廣田康人 アシックス代表取締役会長CEOインタビュー

米ナイキの厚底スニーカーが登場し、ランニングシューズ市場の勢力図が大きく塗り替わった。2021年正月の大学駅伝では、ナイキの厚底シューズを選ぶ選手が続出し、アシックスはほぼゼロになった。かつてはトップシェアを誇っていた自負もあるだけに屈辱だった。
ナイキの新商品は驚異的なスピードで普及し始めた。各種マラソン大会でも、トップ選手が厚底シューズを選び、一般ランナーのシェアも席巻された。ランニングシューズを事業の柱に据えているアシックスにとっては、非常に危機的な状況だった。対抗策として、19年末に頂上奪還作戦「Cプロジェクト」を立ち上げる決断をした。
先頭に立って社長直轄のチームを編成した。これまでの商品開発の手法を変革し、技術、開発、生産、マーケティング、知的財産権の各部門から代表者を集めて、一気呵成に新商品をつくる体制を整えた。「世界で一番速く走れるシューズを作れ」と厳命した。
まずはメンバーの意識改革が必要だった。当初、厚底シューズの社内評価は、「一時的な流れに過ぎない」「けがをしやすい」など、否定的な意見が多かった。「薄底」で勝ってきた過去の成功体験を否定し、競争相手のイノベーションを認めることは簡単ではなかった。速く走るためにはシューズは軽いほうがよく、軽くするためには薄くするのが常識だった。しかし、ナイキは常識をひっくり返し、厚くても軽くすることに成功した。トップとしては「ライバル商品の優位性を認めたうえで、対抗策を考える」ように導くことが重要だった。

総力結集し一気呵成に新商品を開発

2020年に本格的にプロジェクトが走り始めると、スタートダッシュは素早かった。東京オリンピック・パラリンピックが翌年に延期になったため、「その時までには何とかなる」という自信もあった。結果的に2021年の正月の大学駅伝に商品化は間に合わなかったものの、プロトタイプを仕上げることはできた。頂上奪還作戦は創業者・鬼塚喜八郎の名言「まずは頂上から攻めよ」に則ったものだ。トップの選手に履いてもらうことで、そのシューズの技術が評価され、一般のランナーにも波及していくという考えだ。実際に東京オリンピック2020ではトライアスロン男女の着用選手が、パラリンピックではマラソン女子の着用選手が金メダルを獲ってくれた。

通常は2~3年はかかる商品開発を短縮し、1年程度で目途をつけることができた。正月の大学駅伝のシェアも徐々に取り戻している。今年のパリオリンピックでも、マラソン男子のバジル・アブディ選手(ベルギー)が履いて銀メダルを見事獲得し、アシックスの存在感を示すことができた。

今後は頂上を奪還し、一般ランナーのシェアでもナンバーワンになる。来年には、アメリカ、欧州、日本で実現する。先日開催されたシカゴマラソンでは、当社シューズを履いた男子契約選手が見事優勝を飾ってくれた。ニューヨーク、ボストン、シカゴ、ベルリン、ロンドン、東京などの「ワールドマラソンメジャーズ」と呼ばれるマラソン大会で結果を残すということは、やはり大きな意味がある。今後も継続して表彰台に立ってもらうことを目指していく。 生産性向上という観点からCプロジェクトを評価すると、まずはゴールをはっきり示したことが効果的だった。「世界一速く走れるシューズ」という域にはまだ到達していないが、とにかく「頂上を取る」「トップ選手に履いてもらう」という目標へ向けて、社員がベクトルを合わせ、効率的に商品開発を行うことができた。

危機的状況に直面して、トップ自らが関係部署を集め、組織をつくり上げたことも効果的だった。目標を定めて号令をかけることと、仕組みづくりを率先して行うことで生産性を高めることができた。

Cプロジェクトでは、「アスリートの声を聞く」ことを大規模に行った。アスリートに寄り添い、動きを分析し、要望を聞いて、それらを取り入れたシューズを開発することを目指した。

当社独自の設計思想に従い、世界の100人以上のエリートアスリートや多くのテスターの声を聞くことで、各部位の形状や機能構造を進化させた。その結果、さらなる軽量化に加え、反発性やクッション性の向上を実現した。web_asicsshoes.jpg

できあがったランニングシューズ「メタスピード」シリーズは、ストライド走法に合った「スカイ」(写真左側)とピッチ走法に合った「エッジ」(写真右側)の2タイプがある。走法の違いに着目し、ランナーが日ごろのトレーニングで身に着けた走り方を維持しながらパフォーマンスが向上できるよう設計しているのが特徴だ。選手がシューズに走り方を合わせるのではなく、「メタスピード」は選手に合わせてシューズをつくるという全く新しい発想で、イノベーションを起こした。

世界で健康づくりを支援


企業哲学である「健全な身体に健全な精神があれかし」は、アシックスのありたい姿を示している。「スポーツを通して、心身ともに健康な生活を送れるようになってもらいたい」という願いは、時代が変わっても創業から今まで変わらずにある。

トップアスリートに対する商品のみならず、世界の多くのスポーツを愛する人たちに楽しんでもらうことが最大の関心事だ。安心で、安全で、快適な環境で、最高のパフォーマンスを発揮できる商品・サービスを提供していきたい。

平均寿命が延びているが、人の助けを必要とせずに生活できる「健康寿命」と、平均寿命の間に約10年間あることが指摘されている。この10年間をできるだけ短くするためには、運動を日常化して、健康状態を長く保つことが重要であり、商品・サービスを通じてサポートしたいと考える。

シューズやアパレルなどのモノを提供する事業が中心だが、最近はデジタルを使って、トレーニングプログラムなど様々なサービスを提供している。例えば、「ランニングエコシステム」は、ランナーに対する付加価値を提供する考え方だ。それぞれのランナーに合った最適なシューズや走り方の情報をネット上で案内する。また、練習する仲間を見つけて、仮想空間上で誰かと一緒に走ることもできる。

デジタルによってランナー個人との関係性を構築することができる。テニスやサッカーなど様々なスポーツでも、同じような仕組みを提供する。会員サービス「OneASICS」のメンバーは全世界に1,500万人いて、2026年には3,000万人に拡大する予定だ。スポーツを愛する人たちのコミュニティを育てていきたい。

*2024年10月7日取材。所属・役職は取材当時。

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