新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)・提言「日本人のもうひとつの選択」
2001年11月19日
公益財団法人 日本生産性本部
調査研究・提言活動 資料ダウンロード
小泉首相の進める「聖域なき構造改革」が正念場を迎える中で、21世紀に日本が新しい国づくりへと向かうためには、人々の「生き方」「暮らし方」「働き方」を根本のところから問い直す「生活者起点の構造改革」に取り組むべき時期を迎えている。
今日の経済社会の混迷や教育の荒廃はここ数年の問題ではなく、1970年代以降の目標の喪失と日本人の精神的空白の結果であり、いまや産業、雇用、福祉、医療、教育、家庭、環境などの各分野の領域において国民生活の土台が破綻しつつある。社会を構成しているすべての人たちが「このままでも何とかなるだろうという楽観主義と、多かれ少なかれもっている既得の利益をいちど捨て去り」「利害得失を正直に吐露する議論をはじめること」こそ、すべての改革の出発点であり、それぞれの立場から「タブーなき自己改革」に取り組むことを強く求める。
- 生活レベルで温存される55年体制/官主導のパターナリズムから脱却を
- 生活の現場から「連帯・選択・責任」の政策改革を求める
- 有権者による「静かなる革命」を/「人生を豊かにすること」を新しい国づくりの目標に
「官から民へ」という合言葉とは裏腹に、国民意識の上での「護送船団方式」は官僚主導によるパターナリズム(庇護意識と依存心による仲間内だけの互酬の仕組み)という形でいまなお生き長らえ、「生活レベルでは55年体制が温存されている」。
情報を閉ざしたまま、企業、業界、利益団体、選挙区などの集団や組織を個別に面倒みる官主導の政策手法が、一律削減方式や当座の危機を乗り切るためのルールを度外視した個別介入に結びつき、「体制の凍結」や「先送りの政治」を生み出す一方、中央から地方へと縦割りの体質が持ち込まれることで政策の効果や効率を半減させ、財政事情の悪化をもたらし、さらには、行政サービスの供給やメニューが増えるほど人々の暮らしが縦割りに分断され、連帯感が希薄になるなどの悲劇的な事態を生み出している。生活の現場である「都市」(まち)を新たな政策創造の磁場と位置づけ、「連帯・選択・責任」を合言葉に「生活者の視点に立った制度・政策改革」を推進すべきである。
本提言は、行き過ぎた景気・経済偏重の成長至上主義を脱し、「人間らしい暮らしを営み、人生を豊かにする」ことを新しい国づくりの目標に掲げ、税金の使い方や人々の「生き方」「暮らし方」「働き方」を根本から転換することで、時代を覆う閉塞感を突き破る「静かなる革命」を有権者に呼びかけるものである。
- (1)生活者起点の政策改革
- 1.成長至上主義を脱し「人生を豊かにする」ことを新しい国づくりの目標に
(景気より人生)
日本は毎年100兆円もの予算規模を誇りながら国民生活をどう描くかについての戦略を議論してこなかった。
あまりにも経済・産業偏重で、すべてのインフラが「人生を楽しみ、豊かにする」ためにつくられていない。戦後の成長至上主義を脱し、私たちが人間らしい暮らしを営み、人生を豊かにするための環境整備にカネの使い方を根本から改革すること、日本人の「生き方」「働きかた」「暮らし方」についての考え方や価値観を180度変えてみること、この二つのことが結局は経済のあり方を根本から変えることにつながる。景気、景気と言いながら、いままでのやり方にすがっては、さらに出口が見えなくなる。 - 2.戦後の福祉政策を「まちづくり」の観点から根本転換を
(措置より連帯)
戦後の福祉は対象者を「措置」という行政処分行為によって細かく選別し、行政活動の「客体」として扱ってきた。その結果、サービスや施設などの充実ははかられたものの、ハンディキャップをもつひとたちが個々の尊厳のもと、みずからの生活を自己決定できる仕組みも、彼らの生活を支援する社会の仕組みも、安心して暮らせる環境も十分育てることはできなかった。本来、福祉とは「まちづくり」の問題であるとの認識を確立し、障害をもつひとを含め、あらゆるライフスタイルのひとたちが安心・快適に暮らせるように、物理的な都市空間(住居、中心市街地の設計、学校、病院、公園、街路、交通体系、土地利用)を根本からつくりかえることを福祉政策の一大政策目標にする必要がある。 - 3.都市計画や土地利用などの権限・責任をできうる限り生活に密着した自治体に移譲
(画一より多様)
中央官僚が縦割りの発想を地域に持ち込むから、地域事情にあった個性豊かなまちづくりも、明確なビジョンにもとづく整然とした都市計画も、ハンディキャップをもつひとにやさしいまちの仕組みもつくれない。「都市計画」や「土地利用」などの権限と責任をできうる限り、生活に密着した自治体にゆだねるべきだ。自治体の側に地域を総合的な空間としてまとめあげる権限がなければ、本当の意味での「都市の再生」などありえない。また、従来型の公共事業は極力廃止し、「連帯感あふれる生活空間の創造」「都市のデザイン」を新しい政策目標にすえるべきだ。 - 4.「年金生活者」という言葉を死語に。高齢者でも心身の能力に応じて働ける仕組みの創造を
(年齢よりヤル気)
高齢者ほど同じ年齢でも状況の異なる世代(身体的にも財産の面でも)はないのだから、それをひと括りにして、年齢によって負担者側と受給者側に分けてしまおうとするから支えきれなくなる。壮年期に働いて老年期は年金で暮らすというライフスタイルではなく、心身の能力に応じて働くことができる多世代の連帯と交流に支えられた「新しい働き方の仕組み」をつくりさえすれば、高齢者の生きがいがわくし、社会のあり方や年金の性格も変わる。そのためには、年金生活でゲートボールを楽しむことが人生の到達点であるかのような考え方自体を払拭し、「年金生活者」という言葉を社会から追放し死語にする必要がある。企業の定年制も廃止したほうがよい。 - 5.非営利事業の活動領域を育成し、官が独占してきた領域で「新しい職」の創出を
(既製より新作)
非営利活動は無償のボランティアではなく有償であり、その広がりは新しい「職」の創出に等しい。中央、地方の政府に独占されてきた「パブリック」を取り戻し、まちづくり、健康・医療・福祉分野のサポート、環境、教育、国際交流、起業・産業支援、地域の労働力やノウハウを生かした地域主体の新ビジネスの創造などの分野で、世代間の交流をベースに非営利の事業領域を広げていく必要がある。この目標を「官に独占されてきた領域における新たな職の創出」と「多様性あふれる新しい働きかたの創造」と位置づけ、社会全体で共有していく必要がある。また、そのためにも、産官学協動で地域の事情や個性を生かした地場産業や雇用創出のアイデアを生み出し、NPO活動を支える枠組みを早急につくる必要がある。 - 6.障害者を「保護」するのではなく「働き、納税できる環境」の整備を
(保護より自立)
障害者についても最初から「保護」をするという発想で一般社会の営みや市場から切り離すのではなく、むしろ、働く機会と人並みの給料を得られるような環境を整備することを目標とする必要がある。働く喜びがあり、税金を払い、自立があるから、仲間同士で助け合う連帯が生まれる。それでも足りない部分を行政が支援するという方向に転換すべきだ。
また、正当な理由もなく障害者を雇用しない事業主を厳罰に処する規定を設ける必要がある。障害者を雇用しなくても、お金さえ納めればいいという発想が払拭されないかぎり、障害者雇用に道を開くことはできない。 - 7.正規雇用者と非正規雇用者の均等待遇を/ワーク・シェアリングを推進し「働き方の構造改革」を
(自由に働く)
いままで企業は終身雇用を前提に従業員に時間的な拘束を含めた全面的な献身と家族的な関係を求めてきた。しかし、これからは、企業と従業員は対等な関係で契約を結び、転職がハンディとならないよう、個人が自由に移動できる社会の仕組みを政策目標にする必要がある。再就職や転職の労働市場を育てるために民間の職業紹介を自由化したり、職業訓練や個人の能力開発をうながす仕組みを整えること、「ワーク・シェアリング」を推進し、緊急避難的な雇用維持・確保にとどまらず、社会保障制度や税制のあり方の見直しを含め、正規雇用者と非正規雇用者の均等待遇(同一価値労働・同一賃金)を明確にするための法制化を急ぐなど、仕事の内容に踏み込んだ「働き方の構造改革」を実現する必要がある。 - 8.各種保健法で分断された保健業務をつなぎ直し「生涯を通じた健康管理の仕組み」を
(健康は国の財産)
いままでの健康・医療・福祉は、生活を営む視点から使いやすい仕組みを組み立てるという発想に乏しかった。そのことが財政悪化を招き入れた。個人の健康管理は、母子保健、学校保健、職域保健、地域保健と、世代や職の有無、職の形態によって細かく分断されたままになっている。個人情報保護法制の整備を前提に、各種の保健法で分断された保健業務をつなぎ直し、一種の保健手帳のように、個人の健康状態を生涯にわたってトータルに管理できる仕組みをつくり、「ライフサイクル計画」をたてる必要がある。 - 9.医療機関や医療圏を再編。「ホームドクター」制の導入を
(無駄なし医療)
医療機関や医療圏の機能連携のありかたについても利用者の視点から大胆な見直しをおこない、たんなる圏域としての医療圏ではなく、医療の技術体系に応じた再編成を進める。第1次医療機関は初期診療と医療相談業務を中心とした仕事に徹し、「ホームドクター」制度に生まれ変わるべきだ。第1次医療の診療機関が高価な医療機器を備える必要はない。ホームドクターでだめなら第2次医療、第3次医療と、高次の医療機関との連携を整備する。それは、医療保険制度の財政健全化のための不可欠の条件でもある。 - 10.高齢者の介護・医療・保健施設を再編。「施設福祉主義」からの脱却を
(ハコモノより生き方)
高齢者の介護施設、医療施設、保健施設の機能連携についても見直し、在宅看護、地域での介護、看護を基本にすえながら施設間の再編をおこなう必要がある。すでに特別養護老人ホームと実態が変わらない老人保健施設は、障害を残して退院した際、家庭に戻るまでの期間、リハビリをおこなう場所に純化する。託老所となっているデイケアセンターは自宅から通うためのリハビリセンターに徹する。特養はそれでも自宅や地域で自分の生涯をまっとうできないひとたちを抱える場所に純化する。この意味で、特養などはできうるかぎりゼロにしていく必要がある。ベッド数を増やしたり、予算をつけて特養施設を建設することが福祉の前進であるかのように考える「施設福祉主義」的な発想から抜け出さねばならない。 - 11.学校を地域社会に取り戻し「多世代間の交流」に支えられた教育の実現を
(学校は地域の核)
いま義務教育の現場では、多様な個性、ライフスタイルをもつ人々がともに暮らすための基礎技術、コミュニケーション・ルールが問われている。文部科学省-都道府県教育委員会-市町村教育委員会-学校という官僚による縦系列を廃止し、学校を地域社会のもとに取り戻し、地域社会が子供たちの教育を担う必要がある。地域に根ざした多世代間の交流を教育の現場に取り込み、それを妨げる規制はすべて取り払い、できうるかぎりの権限を地域社会にゆだねる必要がある。 - 12.サマータイムを導入し、夏時間から日本人の「生き方」「働き方」の見直しを
(休暇こそ人生)
これまでサマータイムは省エネの観点から検討されてきたが、むしろ、日本人の「生き方」「働き方」「暮らし方」を根本から変えるための突破口として積極的に活用してみる時期にきている。夏時間を採用し、1ヶ月の長期休暇をとることを新しい目標にすれば、まったく新しい「生き方探し」が日本全国で始まる。狭いわが家、不便な都市の構造。見苦しい街並み。魅力のない生活インフラ。すべての設備、システム、価格体系を変えたいと思えてくる。家も「寝る場所」から「家庭」へと変わる。夫婦のあり方も子供とのつきあい方も変わる。日本は生活パターンを含め、すべてをつくりかえなければならなくなる。夏時間にあわせて勤務時間を4、5時間にする取り組みが各企業で始まれば大規模な「ワーク・シェアリング」も可能になる。消費行動も変わり、新しいライフスタイルにあわせた新しい生活産業やサービスも育つ。
- 1.成長至上主義を脱し「人生を豊かにする」ことを新しい国づくりの目標に
- (2)生活者起点の国・地方の制度改革
- 1.国の役割は基準行政に純化/垂直的かつ多様な分権型社会の実現を
国の役割は国民国家の存立にかかわる機能に純化し、経済機能までを含めて自治体に大胆に権限を移管する。地方の政府である自治体組織のかたちは国が一律に縛るのではなく多様な形態を認め、生活に密着したもっとも基礎的な自治体が住民の生活に責任をもてるようにし、広域的自治体(都道府県とは限らない)はその補完業務に徹する。自己責任原則を徹底し自治体間競争の理念を確立する。そのためにも、市町村合併を急ぐとともに、現在の地方交付税制度を廃止し、ナショナルミニマムを確保するための新たな配分制度を創設、自治体への税源の移転や課税自主権を認めるなど国・地方間の本格的な税財源の見直しや地方財政制度の改革を進める必要がある。
- 2.広域化と並行し中学校区規模で「生活者の政府」(住区協議会)の創設を/地方自治法を改正し「選択憲章方式」へ
暮らしをおおう閉塞感を打ち破る突破口として、市町村合併等の広域行政化を進めるためにも、日々の生活を営む近隣住区を生活に密着する計画や事業の立案、実施の主体として位置づけ、住民自身が新しいパブリックの担い手であることをはっきりと打ち出すことのできる「生活に密着した自治の仕組み」を構想しておく必要がある。たとえば、全国にある中学校区程度の規模(6平方キロ、2万人程度)を目安として「住区協議会」(生活者の政府、徒歩圏協議会、英語ならネバフッド・ガバメント)を創設する。住区協議会にどれだけの権限を下ろすかはそれぞれの自治体で判断し、組織運営や意思決定の方法も全国画一的には定めず、地域事情にあった創意工夫を認める。都市計画も地域の教育問題も介護サービスの実施やリサイクルもより生活に密着した住区協議会で決める。将来的には、地方自治法を「自治体基本法」に改正し、それぞれの自治体がそれぞれの仕組みを選択できる「選択憲章方式」へと移行する。
- 3.自治体行政に「契約」概念を導入し「情報公開」の戦略的活用を
行政サービスは、「住民の選択肢を広げ、自立・自己実現を支援していくために、住民と自治体との間で契約を交わすことを通じて提供されるもの」という新しい「契約」概念を定着させる。自治体はあくまでも住民の選択をサポートする側に徹し、住民にできることは住民にまかせ、行政が直接サービスを提供する場合には「バリュー・フォー・マネー」の視点で契約を履行し説明責任を果たす必要がある。そのためには、「情報公開」を戦略的に活用し、自治体は要求されたから仕方なく情報を開示するのではなく、みずからの意思で積極的に情報を提供し、政策決定のプロセスを透明にしていく必要がある。自治体と住民との間で「情報の共有化」が進めば、行政サービスの説明責任を負わねばならないのは住民の側となり、納税者の自己責任が厳しく問われることになる。
- 4.5年以内にすべての納税を電子化し「源泉徴収制度」の廃止を/寄附制度を拡充し納税と寄附の選択方式を導入
日本人が政府活動の客体として生活をおくることから抜け出すもっとも有効な手だては、納税者意識をもつことにほかならない。IT技術の発達を活用し5年後にはすべての納税の「電子化」を実現するとともに、電子納税を活用することで日本の税制を特徴づけている「源泉徴収制度」を廃止し、選択的な「確定申告制度」に切り替える必要がある。また、選択の自由を高めるため、企業や個人の寄附免税枠を大幅に拡大し、所得の一部を税金として支払うか、寄附というかたちで自分の意思でその使途を決めるかの選択制を導入する必要がある。
- 5.自治体公務員制度の再編と流動化を進め、「自治体の人材バンク」を/部長職以上は首長の「政治任用職」に
すべての行政が特定の県庁・市役所に生涯就職する従来型の生涯職公務員に担われる必要はない。特定の自治体に属さず、ある域内の自治体全体で人材を有効に活用する「都道府県公務員団」(都道府県公務員制度)を創設、「自治体版人材バンク」のように、生涯職公務員、県庁・市役所退職者、民間企業退職者、主婦など様々な人材を登録し、各自治体はそれぞれの事業の必要に応じて登録されている人間とそのつど雇用契約を結ぶ新たな仕組みをつくる必要がある。こうした公務員制度の再編・流動化があって、はじめて予算不足の自治体は人件費のプレッシャーから開放され、事業の硬直化も排除できる。また、さまざまな経験・技能をもつ民間人がパブリックの世界で活躍できる場所も生まれ、NPOとの交流も進む。なお、従来型の生涯職公務員は自治体運営に不可欠な管理中枢部門に限定するとともに、そうした管理中枢部門にはいままで以上に「政治任命職」を増やす。部長職以上をすべて首長の政治任命職にすれば、首長の方針が組織全体に浸透し、自治体から自治体へと移動する「行政のプロ」も生まれる。また、公務員が働く者の当然の権利を手にし、ごく普通の民間の感覚を身につけるためにも、「労働三権」を認める必要がある。
- 1.国の役割は基準行政に純化/垂直的かつ多様な分権型社会の実現を