提言活動その他の調査研究・提言

新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)・緊急提言「政治家と有権者の共同作業~総選挙を意義あるものとするために~」

2000年6月6日
公益財団法人 日本生産性本部

新しい日本をつくる国民会議

緊急提言
「政治家と有権者の共同作業」
~総選挙を意義あるものとするために~

はじめに

衆議院が解散した。今回の総選挙は、二十一世紀をまたぐ歴史的な選挙である。そして、前回総選挙後の政権の業績や政党・政治家の活動を検証し、選挙のサイクルを完結させるとともに、次の政党政治のサイクルをよりよいものとして始める大切な意義をもっている。二十一世紀を目前にして、日本の将来を左右する大切な政策も山積しているが、それらの政策もその実現に責任をもつ政権の選択と結びついてこそ、はじめて意味をもつ。まさに、政治家と有権者の共同作業が必要である。

この共同作業には、一定の信頼関係があらかじめ必要である。有権者の側からすれば、それを困難にしている責任の大半が、有権者よりも政党や政治家の側にあることは否定できない。自分の選挙区で選出された議員が現在どの党に属しているのかもわからなくなるような目まぐるしい政治家の移動や政党の離合集散、名前をおぼえきれないほどの新党の結成やその後の分裂や解党。たしかにこれでは、前回総選挙での公約を誰にどのように問うべきかすら分からなくなる。

しかし、お互いに愚痴をこぼしあっている贅沢は許されない。とにもかくにも、政治は政治主導体制にむかって動き出した。他方で、重要な政策課題も山積している。いま必要なのは、新たな小選挙区制型の民主政治のゲームに照らして、日本の政党政治を新しいルールにそったものへと成熟させるための試みを、政治家の側と有権者の側との共同作業として始めることではないか。

わたしたちは、以上の認識に立ち、「政権選択選挙」と「業績投票」をキーワードに、今回の総選挙を少しでも意義あるものとするための新しいルールの確立を、政治家の側と有権者の側の共同作業として始めることを提案するものである。

提言(政治家と有権者に提案したいこと)

一 政党と政治家の責任

ア・「政権選択」の土俵を明確にしよう

  1. <1>総選挙は、有権者に「政権選択」「首相選択」を求める場であるから、政党は、選挙後の「政権の枠組み」と「首相候補」を事前に提示して選挙に臨むべきである。そうでない場合は、単独で政権を獲得するための具体的な道筋を有権者に示すべきである。
  2. <2>政党政治を基盤にしなければ議院内閣制を運営できないのであるから、政党の公認候補者は政党を離れた形での運動は差しひかえるべきである。また、政党が選挙後追加公認をおこなうことや、政治家が当選後の入党をめざして無所属で立候補したり、当選後に政党を変えるのは、ルールに反する。少なくとも双方は、それに対しては厳しい「説明責任」を背負うべきである。
  3. <3>前回の総選挙以後に、政権をめぐる立場を変えた(与党から野党に、あるいは野党から与党へ)政党や政治家は、その理由を有権者にはっきりと説明すべきである。

イ・「政策選択」に必要な条件を整備しよう

  1. <1>与党は、前回総選挙以降の実績を踏まえた政策構想を有権者に訴えるべきである。過去の実績とは無関係に将来の構想を述べるのは、政権を担当していながらその責任を果たしていなかったと思われても仕方がない。
  2. <2>政治家は、所属する政党とは異なる公約を掲げて戦うのは政党政治のルールを破る行為であるとの自覚をもつべきである。もし、公約が異なるのであれば、その集団や個人は離党してから選挙を戦うのがルールというものではないか。
  3. <3>また、将来の政策構想については、与野党ともに、次の四年間の任期中に、どのような「手順」と「期限」で実現するかを明確な形で示すべきである。野党の掲げる政策については、なぜ、現在の連立与党では実現できないかを具体的に説明すること。
  4. <4>政党が選挙で掲げた政策の実行に責任をもつためにも、安定的な閣僚人事と充実したスタッフ体制を整えるとともに、選挙のサイクルと政権や党内人事とを整合させる、新しいルールを明らかにすべきである。

ウ・「首相候補」の直接討論を実現しよう

  1. <1>政党は、国会での実績をいかし、与野党の首相候補同士による直接対決型の討論を実現すべきである。公示後でも、「共同の政党演説会」としてなら実施できる。また、選挙区レベルでも候補者同士による直接討論の機会を積極的に設けるべきである。

二・有権者の責任(有権者が勝利するために)

ア・悩み、考えぬいて、かならず投票しよう

  1. <1>投票は、有権者が果たさねばならない最低限の責務である。政治において、理想的な選択肢というものは必ずしもないことを知りつつ、悩み、考えぬいて、与えられた選択肢の中から考えうる最善の選択を試みるべきである。それほど、「政権選択選挙」の意味は重い。とにかく、投票に行こうという意欲からすべては始まる。投票しなければ何も始まらないし、棄権をしても政治から逃れることはできない。
  2. <2>若い世代には、投票を棄権する人が多い。しかし、今回の総選挙は二十一世紀を担う世代の選択こそ生かされねばならない。若い世代は、投票を棄権するということは将来の選択権を他の世代に委ねることだという自覚をもってほしい。

イ・与党は「業績評価」で、野党は「将来構想」で

  1. <1>政権を争う衆議院においては政権の行方がもっとも大切なテーマである。とくに、新しい選挙制度は政権の選択を問うものであるから、有権者が投票するにあたっては、候補者よりも政党がつくる政権の枠組みで判断するのがルールにかなっている。
  2. <2>有権者が投票するにあたってもっとも大切な判断基準は、与党の過去の実績である。それを評価するか、しないかで、投票態度を決めるべきである。野党については、政権待機政党としての将来構想を中心に判断すべきである。その結果、いまの政権が続くほうが好ましいと思えば、与党連合に投票すべきであるし、変化を臨むのであれば、野党のいずれかに投票するのが筋である。それが、「政権選択」を求める新しい制度のルールである。

ウ・選挙をもっと有効に活用しよう(選挙の規制緩和を公約させよう)

  1. <1>現在の公職選挙法には、有権者が選挙の主役となることを妨げるさまざまな規制が存在している。有権者が政権や政党の業績を評価できる仕組みをととのえるためにも、公示後でも第三者が党首討論等を主催できるようにしたり、普及著しいインターネットを利用した選挙活動を自由化するなど、「有権者主役」の選挙を妨げる諸々の規制の抜本緩和を、この際、すべての政党、政治家に公約させようではないか。
  2. <2>有権者の役割は一票を投じることだけではない。たとえば、選挙の場をもっと有効活用し、候補者や政党代表の直接討論を働きかけたり、政策に関する公開質問書を送付しようではないか。その結果、もし、主要な政党がともにある政策に合意したとすれば(たとえば、選挙の規制緩和など)、その政策の実施が選挙期間中に確定したという意味において、それはすでに有権者の勝利である。

平成十二年六月六日
新しい日本をつくる国民会議

提言の前提と解説

わたしたちの基本認識(総選挙の前に再確認したいこと)

  1. 一・変革期における政治
    世界も動き、日本も動いている。まさに変革期と呼ぶにふさわしい。しかしながら、日本の政治は、そうした変化に十分に応えているとは言い難い。そこに有権者の政治不信、政治離れの原因があり、小手先の対策ではなく、政治のあり方を基本的なところから見直していく努力が必要とされている。そして、そのもっとも大切な要素が、有権者と政治家とをむすぶ選挙であることはいうまでもない。
  2. 二・政党政治の大切さ
    国会における政策の具体化は最終的には多数決による。ことに議院内閣制のもとでは、議会内多数派と議会内少数派との対抗関係の中で、総選挙から次の総選挙までの間、多数派=与党主導で政策運営がなされるのがあるべき姿である。そのとき、有権者と政治家との関係を安定的に保証するのが、政党政治の枠組みである。政党が政策の点でまとまっていなければ、選挙が終わったとたん、個別の議員は自由に活動できることになり、選挙結果と国会の議決との関係が薄くなってしまう。もちろん、個別議員の公約を問題にすることはできるが、政党政治の枠組みがしっかりとしなければ、絶え間ない多数派工作によって、国会の場は一般の有権者が理解できない不可解な事態に陥ってしまう。
  3. 三・政党強化の必要性
    ところが、現実の日本政治においては、政党政治がうたわれながら、実質的にこの政党政治の仕組みが貫徹されていない。それは、選挙においては、きわめて個人的な選挙運動がなされながら、国会においては強い党議拘束がかけられているため、選挙運動と国会活動との間に一貫性が保ちにくい状況があるからである。そのため、個別の政治家は国会外に活動の重点をもっており、立法活動というよりも行政活動への介入を主たる活動としている事例がまま見られる。しかしながら、このような状況では、大きな政策体系レベルで有権者が選択できないために、国の方向を決めるような重大決定が宙に浮く反面、個別利益による縛りが政治家の活動をゆがめる事態が起こっている。
    本来、政党が政策を掲げて選挙を戦い、その結果として政権が選択されたならば、個別の政治家は政権の枠組みにそって活動することにより、政治は運営されるべきである。そのためにも、選挙における政党政治の地道な強化に取り組むべきであると考える。
  4. 四・政治改革の課題
    数年前、選挙制度の改革につながった政治改革の動きは、こうした問題に正面から答えようというものであった。選挙を通じて、有権者の選択が「政権選択」や「政策選択」につながることをめざすのであるから、選挙の条件である選挙制度が焦点となったのは当然であった。しかし、改革はそれだけで終わるのではなく、選挙における暗黙のルールや、選挙後の政治家の行動についてのルール、政策の立案・決定・執行それぞれの段階における政治家と行政官との関係の整理、国会における行動のルールなど、さまざまな問題が順に処理されて、はじめて全体としての望ましい政治的競争のルールが形づくられるべきものであることを忘れてはならない。その意味で、政治の改革はいまなお未完の課題なのであって、性急にその成功、失敗を論じる以前に、どうすればよりよい方向に進むことができるか、党派を超えて、政治家と有権者の違いを超えてさらなる努力が傾けられるべきである。
  5. 五・小選挙区制と政権選択
    そこで、あらためて政治改革の中で採用された並立制の原理を確認しておく必要がある。衆議院に導入された新制度の眼目は、小選挙区制を導入して選挙区における選挙運動が政権を選択する形に変わるきっかけを与え、補完的に比例代表制によって少数者の発言を保証するというものである。この仕組みでは、選挙を機会に有権者の多様な意見を政権選択という形で変換するという作業が予定されている。そこで、政権をねらう政党(ないし政党連合)は、次の任期中に実現できる政権政策とその最高責任者としての首相候補を明示して選挙に臨み、選挙によって選択された枠組みに従って行動しなければならない。これを有権者の側から見ると、現に政権を担っている政党の業績を評価し、それを継続するか、それとも変化を求めるかの選択を重視する「業績投票」が求められることとなる。こう考えると、与野党関係に基本的な変更が起こった場合には、重大な政権構成の変更が起こっているわけであるから、直ちに総選挙に訴えるのが筋である。
  6. 六・九六年総選挙の検証
    以上を踏まえつつ前回の総選挙を検証すると、まず、与党自民党と野党第一党の新進党がほとんどの小選挙区で候補者を立て、党首を首相候補にすえて政権を争ったことは、政権選択選挙の条件を基本的に充たす動きとしてあらためて評価されてよい。一方、二大政党が政権選択の構図を提示して争ったにもかかわらず、小選挙区候補者の選挙運動では、中選挙区制時代の発想や手法をひきずる事例が見られたのは残念なことであった。直前に結党された旧民主党が百数十の候補者を立てながら選挙後の政権について明確な立場を表明しないまま戦ったことも、政権選択の機会を有権者に提供する観点からすれば首肯しかねる点であった。
    総選挙後の政党、政治家の行動にも問題があった。なによりも、選挙後、野党から与党への「くらがえ」や自民党の側の「一本釣り」が起こり、結果として、二三九議席しか獲得できなかった自民党が過半数を達成したことは、ルールを逸脱する行為であったといわざるをえない。小沢政権を主張して当選した議員が選挙後に一転して与党に加わったのでは、政権選択選挙は正面から否定されたに等しいからである。新進党の解党から生まれた自由党や公明党が与党側の連立に踏み切ったケースも同様である。参議院での多数派形成等の事情から連立政権を形成する必要があったにしても、そうであれば、その後できるかぎり早急に総選挙をおこない、あらためて民意を問うのが筋であった。
    そもそも、このような問題が起こった最大の原因は、前回の総選挙で自民党と政権を争った野党第一党の新進党が九七年末に解党してしまったこと自体にある。首相候補を明示し、五つの契約という言葉で政権政策を掲げて有権者の審判に臨んだ政党が選挙後一年ほどの間に消滅したのでは有権者が政権選択の結果を検証する前提すらなくなってしまう。新進党の解党はこの四年間の政治の混乱の最大の原因といわれても仕方がない。
  7. 七・新しい変化への胎動
    もっとも、選挙制度が改革され、第一回目の総選挙を経て、第二回目の総選挙を目前にひかえた現在、政治改革がめざした好ましい変化も、少しずつではあるが現れている。
    有権者の側では、もはや官主導では日本は動かないという認識の深まりとともに、「業績投票」という政権の業績を問う形での投票行動が広がりを見せている。選挙を通じて政権を選択しようという意識の変化は、「政治は誰がやっても同じ」というこれまでの俗説の終わりを告げるものである。ひところ指摘された投票率の低下もここにきて下げどまり、有権者の投じる一票で政治は変わるのだという機運も高まっている。
    政治家の側も、自己の責任を認識して、国会における政府委員制度の廃止や、内閣強化のための副大臣制導入など政治主導の枠組みづくりに力を傾けている。また、国会の討論を選挙における政権選択につなぐものとして、与野党の党首討論が実施されるようになったのも画期的なことである。また連立政権側に、統一公約や統一首相候補を明示する動きがあらわれたり、離合集散という印象を与えている恨みはあるものの、野党が常に再編の努力をしているのも、旧来の選挙制度では考えられなかった現象として評価することもできる。このように、萌芽的に現れた好ましい変化を大切にする中から、政治改革が着実に実現へとむかう道筋がつくはずである。