第5回 中小企業、デジタル投資拡大 商工組合中央金庫代表取締役社長 関根正裕氏

連載「経済の転換点を読み解く」⑤ 中小企業、デジタル投資拡大

商工組合中央金庫代表取締役社長の関根正裕氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、中小企業の経営環境について、生産性向上やデジタル化に向けた投資需要が強まっているとの見方を示した。一方、構造改革の進展具合によって企業間の格差が鮮明になっていると指摘した。

企業間の二極化進む

関根氏は、賃金と物価がともに上昇し、金利のある経済環境に移行するなか、企業の間では、現預金を積み上げるだけでなく、将来を見据えた投資に踏み出す動きが広がっていると分析した。先行きについては不透明感も残る。イラン情勢の緊張が、エネルギー価格や原材料価格、為替を通じて中小企業の収益に影響する可能性があるとして、動向を注視する考えを示した。
企業間の二極化も進んでいる。コロナ禍後に業績が改善した企業がある一方、構造変化への対応が遅れた企業では倒産が増加しているという。もっとも、全体としては「改善している企業の方が多い」と述べた。

価格転嫁力が収益左右

格差は業種間よりも同一業種内で広がっているとみる。関根氏は「飲食業や宿泊業でも、好調な企業と苦戦する企業に分かれている。差を生むのは価格転嫁の力や交渉力、商品・サービスの差別化、経営判断の実行と積み重ねだ」と語った。原価を正確に把握し、具体的な数字を示して取引先と交渉できるかどうかが、収益力を左右するという。
賃上げの原資確保には価格転嫁が欠かせないが、コスト上昇分を十分に転嫁できていない企業も多い。設備投資意欲は強いものの、「投資できない理由」として金利上昇を挙げる声もあり、これも格差拡大の要因になり得るとみる。
賃上げや投資、価格転嫁に対応できる企業と、対応が難しい企業の差は、広がる可能性がある。一方、物価高や人手不足、円安によるコスト増を背景に、資金繰りや事業再生の支援需要は強い。AIやデジタル技術を活用した省人化への関心も高まっている。

完全失業率
出所:商工組合中央金庫「中小企業設備投資動向調査(2026年1月調査)」から転載
◆商工組合中央金庫(商工中金) 中小企業専門の金融機関。2025年6月に政府保有株が全部売却され、民営化が実現。株主は中小企業および中小企業組合等に限定されている。全国約7万先の融資取引先基盤を有し、貸出金残高は約10兆円、総資産は約12兆円の規模を誇る。中小企業金融を支える中核的な存在として、高いプレゼンスを持つ。

新たなファンドで支援強化

こうした課題を踏まえ、商工組合中央金庫は3月6日に長期戦略・変革プランを公表。長期戦略では、中小企業に関わる多様なステークホルダーを「集めて・つなげて・価値を創る」中小企業経済圏の確立と活性化を掲げている。その一環として、4月9日に事業承継ファンド「スターチス1号ファンド」を設立。従来の融資に加え、エクイティ投資を組み合わせて事業承継を後押しする。関根氏は「中小企業は日本企業の99%を占める重要な存在であり、大きな潜在力がある。産業構造の変革や競争力強化の支援に力を入れる」と強調した。


中小企業が持つ潜在力引き出す 商工組合中央金庫代表取締役社長 関根正裕氏インタビュー

”関根 正裕氏
関根正裕 商工組合中央金庫代表取締役社長

日本経済が持続的な成長軌道を描くには、その屋台骨を支える中小企業の活力向上が欠かせない。人手不足や事業承継、賃上げ対応など課題が山積する中、商工組合中央金庫代表取締役社長の関根正裕氏に、中小企業経営の現状と金融機関に求められる役割を聞いた。インタビュー詳報は次の通り。

関根 正裕 商工組合中央金庫代表取締役社長

関根 正裕(せきね・まさひろ)  1981年第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。西武鉄道、西武ホールディングス、プリンスホテル(現西武・プリンスホテルズワールドワイド)を経て、2018年3月に商工組合中央金庫代表取締役社長に就任。

生産性向上とAI活用

中小企業の経営課題の中でも、人手不足と経営人材の不足は深刻だ。現場を担う人材に加え、将来像を描き組織を率いる人材の確保も難しい。これに後継者問題、原材料・エネルギー価格の上昇、人件費の増加が重なり、経営環境は厳しさを増している。こうした課題は個社にとどまらず、地域経済や雇用にも影響する。
課題対応の鍵となるのが、省力化やデジタル化による生産性向上だ。人手不足が常態化する中、省人化投資やDXへの関心は高まっている。設備投資意欲も総じて底堅く、多くの企業が現状維持では競争力を保てないとの認識を強めている。
人工知能(AI)の活用も選択肢の一つで、受発注管理や在庫管理、需要予測など幅広い分野で活用余地がある。ただ、導入すればすぐに効果が出るものではなく、企業ごとの課題に応じた活用が欠かせない。現場や財務の実態を把握する金融機関や支援機関が、適切な導入を後押しする役割が重要になる。

伴走型金融の重要性

商工中金は、融資に加え企業に深く寄り添う伴走型支援に力を入れてきた。経営計画の策定、資金繰り支援、価格交渉の支援などを通じ、現場の課題解決を後押しする。価格転嫁が進みにくい中、原価の見える化や交渉材料の整理といった実務面の支援の重要性は増している。単なる資金供給ではなく、経営課題の解決に踏み込む金融機関の役割は、今後さらに高まるだろう。
賃上げの原資確保は大きな課題だ。大企業では賃上げが続く一方、中小企業では十分な価格転嫁が難しいケースが多い。仕入れ価格やエネルギーコスト、人件費が上昇しても、販売価格に反映できなければ、賃上げの継続は難しい。適正な価格転嫁の定着には、企業の取組みに加え、政府や経済団体を含めた環境整備が求められる。


中小企業の価格転嫁の状況

事業承継は喫緊の課題

事業承継も重要な課題となっている。後継者不在により、黒字企業でも廃業を選ぶ例がある。技術や雇用、取引関係が失われれば、地域経済への影響も大きい。親族や社内での承継に加え、M&Aや外部人材の活用など、状況に応じた手法の選択が重要になる。
M&A支援では、成約後の統合作業(PMI)や資金面の支援まで含めた体制が求められる。事業承継は契約の成立で終わりではなく、その後の成長に繋げることが重要なためだ。商工中金は3月に公表した長期戦略で投資銀行機能の強化を掲げ、事業承継・M&A支援を柱の一つに位置付ける。4月に設立したグループ初の事業承継ファンド「スターチス1号ファンド」を通じ、資本支援や経営人材の派遣にも取り組んでいる。

地域活性化へ広がる役割

地域経済への対応も重要だ。人口減少が進む中でも、地方には技術力や独自性を持つ中小企業が多い。地域金融機関と連携し、こうした企業を支えることが、地域全体の持続力向上につながる。
また、個別企業にとどまらず、商店街や業界団体など面的な連携を通じた支援も重要になる。デジタル化が進む一方で、経営者との対話を通じて課題を把握する対面支援の役割も変わらない。資金や人材、情報を結び付ける機能と併せて、両輪での支援が求められる。
生産性向上や賃上げ、事業承継、地域活性化といった課題は相互に関連している。金融機関の役割も、融資中心から伴走型支援へと広がっている。中小企業の力を引き出す環境整備が、日本経済の持続的な成長に向けて重要になっている。


◇ 本連載では、専門家へのインタビューを通じ、経済の「現在地」と今後の展望を多角的に検証し、次の成長戦略を探る。


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