第6回 日本経済に3つの課題 かんぽ生命保険エグゼクティブ・フェロー 中空麻奈氏

連載「経済の転換点を読み解く」⑥ 日本経済に3つの課題

かんぽ生命保険エグゼクティブ・フェローの中空麻奈氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、日本経済について「株価や物価上昇だけで本格的な成長軌道に乗ったと判断するのは時期尚早」と指摘。日本経済を考える上で、「エネルギー、財政、円安の3つが重要な課題になる」との認識を示した。

エネルギー供給不安、企業活動に影響

中空氏がまず警戒するのが、中東情勢の悪化によるエネルギーリスクだ。「原油価格の高止まりが長引けば、米国ではインフレ再燃と消費減速が進み、日本でも景気悪化圧力が強まる可能性が高い」との見方を示した。
企業現場ではすでに影響が出始めている。食品メーカーでは原材料節約の動きが広がり、不動産業界では資材不足を背景に工期調整も進む。「エネルギー価格や物流混乱の先行きが見通せないため、2027年3月期の業績見通しを示せない企業も出ている」と述べた。
物価上昇と家計への影響についても言及。中空氏は「企業はコスト上昇を販売価格に転嫁せざるを得ないが、賃金の伸びが追い付かなければ家計負担は重くなる」と指摘。「家計が節約志向を強めれば消費は鈍化する。消費が弱くなれば企業収益にも影響し、景気全体の重荷となる可能性がある」と分析し、「個人消費の動向を注視している」と語った。

財政の持続可能性が重要

一方、中空氏は「現在の日本財政は、いわば『財政ボーナス期』にある」と指摘する。長年の超低金利政策で国債の利払い費が抑えられ、インフレによる名目成長で税収も増えているためだ。しかし、国債の平均償還年限を考えれば、数年後には高金利下で発行した国債の借り換えが本格化する。「利払い費が膨らむ可能性があり、財政運営の自由度が低下することも考えられる」と述べた。
さらに「エネルギー、財政、円安の3つの問題は密接に結び付いている」と説明。「エネルギー価格が上昇すると輸入額が増え、円安圧力が強まる。円安が進めば輸入コストはさらに上昇し、企業や家計の負担は重くなる」と指摘。その結果、「消費が弱くなれば景気対策を求める声が強まり、財政支出拡大につながる可能性もある」と語った。

輸入物価
内閣府月例経済報告資料から転載

円安解消は生産性向上が鍵

円安については「輸入品価格の上昇によって生活費は上がる一方だが、海外投資家は円に魅力を感じておらず、積極的に買う状況にはない」と分析。背景については「日本経済の将来像が十分に見えていないこともある」との見方を示し、「人口減少が進む中で、どのように成長率を高めるのか。その道筋を示すことが重要だ」と強調した。
また、「海外投資家は足元の株価だけでなく、日本経済が10年後、20年後にどのような姿を目指しているのかを見ている」と指摘。持続的な成長には生産性向上が欠かせないとして、「AIやロボット、自動化技術を活用し、より少ない人員で高い付加価値を生み出せる経済への転換が必要だ」と語った。


株高の先に問われる実体経済 
かんぽ生命保険エグゼクティブ・フェロー 中空麻奈氏インタビュー

”中空氏
中空麻奈 かんぽ生命保険エグゼクティブ・フェロー

かんぽ生命保険エグゼクティブ・フェローの中空麻奈氏は「金融市場は、実体経済以上に強気の評価を受けている」と指摘し、持続的成長には技術革新による生産性向上が必要との見方を示した。詳報は次の通り。

中空麻奈 かんぽ生命保険エグゼクティブ・フェロー

中空 麻奈(なかぞら・まな)野村総合研究所を経て、郵政省郵政研究所出向。1997年より野村アセットマネジメントでクレジットアナリストとして金融セクター、ソブリンを担当。2000年モルガン・スタンレー証券、2004年JPモルガン証券、2008年BNPパリバ証券にて、クレジット調査部長やチーフクレジットアナリスト、チーフESGアナリストなど要職を歴任。経済財政諮問会議議員や財政制度等審議会財政制度分科会起草委員、税制調査会委員など政府の要職も歴任。著書に『早わかりサブプライム不況』(朝日新聞出版)、『グローバル金融規制の潮流』(きんざい)など多数。

金融市場を押し上げる大量の資金

世界の金融市場は堅調に推移しています。株式市場は高値圏を維持し、信用市場も比較的安定した状態が続いています。しかし、その背景には企業業績や経済成長だけでは説明しきれない要因があります。現在の金融市場は、実体経済以上に強気の評価を受けていると見ています。 最大の要因は、新型コロナウイルス禍以降に各国の中央銀行が景気下支えのため世界へ供給した大量の資金です。現在も世界の株式市場や信用市場を支えています。相場が下落して割安感が生じれば買いが入り、信用市場が緩めば、企業や個人が資金を調達しやすくなり、その結果、新たな資金が流入します。こうした循環が市場全体を支えています。
ただ、資金が豊富に存在することと、投資対象の価値が適正であることは別問題です。市場価格の上昇が必ずしも健全な成長を反映しているとは限りません。大量の資金が価格形成に大きな影響を与える局面では、金融市場と実体経済のかい離が広がる可能性があります。

AI関連投資に過熱リスク懸念

特に注視しているのが生成AI関連分野への投資です。生成AIブームを背景に、関連企業への資金流入は急速に拡大しています。スタートアップから大手テクノロジー企業まで、大型の資金調達が相次いでいます。1社で数十兆円規模の資金調達も起きているといわれます。ただ、急成長分野では必ず成功企業と失敗企業が生まれます。現在進行している全ての投資案件で、企業や個人が資金を調達しやすくなっても、必ずしも期待通りの成果を生むわけではありません。技術革新のスピードが速い分野では競争環境も急速に変化します。近年は低コスト型AIモデルの登場によって参入障壁が低下しつつあります。
これまで高い収益性が期待されていた事業モデルが、想定通り機能しなくなる可能性もあります。市場全体として成長が続いたとしても、個別企業の収益化には大きな差が生じるとみています。投資判断に当たっては、AI関連というだけで評価するのではなく、収益モデルや競争優位性を慎重に見極める必要があります。

日経平均株価と経済の出来事

投資ファンド融資への警戒必要

警戒するのは、投資ファンドが投資家から集めた資金を企業に直接融資する「プライベートクレジット市場」です。この市場は、2008年のリーマンショック後に銀行の自己資本規制が厳しくなり、銀行がリスクの高い企業への融資を減らしたことで成長しました。その結果、投資ファンドが投資家から集めた資金を企業に貸し出し、企業が支払う利息を投資家に還元する仕組みが広がりました。つまり、銀行を介さずに、投資家のお金が企業に直接流れる市場です。高い利回りが期待できるため、年金基金や保険会社などの機関投資家だけでなく、個人投資家にも投資先として広がっています。
現在は解約制限などの仕組みによって価格変動が抑えられており、市場は安定しているように見えます。しかし、それはリスクがなくなったことを意味しません。市場での取引が少ない流動性の低い資産に大量の資金が集まっている構図は変わっていません。市場環境が良好な間は問題が表面化しにくいものです。しかし景気後退や信用不安が発生した場合には、流動性の低さが大きな課題となる可能性があります。表面上は安定していても、流動性リスクには十分注意する必要があります。

経済の持続的成長に技術革新必要

日本経済はデフレ脱却に向かいつつありますが、実質賃金の伸びは依然として弱い状況です。足元の物価上昇についても、輸入価格上昇の影響が大きいと見ています。株価が上昇しているからといって、実体経済が同じペースで改善しているとは限りません。消費者態度指数や設備投資、IPO(新規株式公開)、M&Aなど幅広い指標を確認しながら、実体経済の動向を見極める必要があります。
金融市場の動きだけでなく、生産性向上や技術革新、エネルギー政策といった長期的な課題への対応が、日本経済の将来を左右すると考えています。


◇ 本連載では、専門家へのインタビューを通じ、経済の「現在地」と今後の展望を多角的に検証し、次の成長戦略を探る。


お問い合わせ先

公益財団法人日本生産性本部 コンサルティング部

WEBからのお問い合わせ

電話またはFAXでのお問い合わせ

  • 営業時間 平日 9:30-17:30
    (時間外のFAX、メール等でのご連絡は翌営業日のお取り扱いとなります)