第7回 人への投資で持続的成長へ 全労生議長・電機連合会長 神保政史氏

連載「経済の転換点を読み解く」⑦ 人への投資で持続的成長へ

人手不足の常態化やAI(人工知能)の急速な普及が、企業経営や働き方を大きく変えようとしている。こうした変化を踏まえ、全国労働組合生産性会議(全労生)議長で電機連合会長の神保政史氏は6月29日、生産性新聞のインタビューで、「人への投資で生産性を高め、その成果を社会全体で分かち合う経済への転換が必要だ」と述べ、生産性運動の重要性を強調した。(肩書きは取材当時)

AI時代にこそ生産性運動

神保氏は、「雇用の維持・拡大」「労使の協力と協議」「成果の公正な分配」を柱とする生産性運動三原則について、「70年前の原則だが、AI時代のいま、その意義は一層高まっている」と述べた。さらに、「生産性向上は効率化だけではない。人への投資を通じて企業と働く人がともに成長し、その成果を社会全体で分かち合うための考え方だ」と語り、「技術が進歩しても、価値を生み出す主体は人であることに変わりはない」と指摘した。

賃上げ定着へ中小企業が鍵

今年の春季労使交渉では、電機連合も要求、妥結とも近年最高水準となり、ベアは平均約1万5000円、各社の賃金制度による昇給などを含めると年間6~7%規模の賃金改善となった。実質賃金も上昇している(=グラフ参照)。神保氏は「物価上昇を上回る賃上げは、成長と分配の好循環に向けた大きな前進」と評価するとともに、「この流れを一過性で終わらせてはならない」と強調した。
持続的な賃上げの実現には、中小企業への波及が重要だ。神保氏は「価格転嫁が十分進まない企業も多い。サプライチェーン全体で適正な価格形成を進めなければ、継続的な賃上げは難しい」と課題を挙げた。

完全失業率
出所:内閣府月例経済報告から転載

AI活用へ学び直し推進

AIについては、「仕事を奪う存在ではなく、生産性を高める道具として使いこなすことが重要」とし、電機連合では、この課題への対応の1つとして、AI活用スキルの向上を労使共通の課題に挙げた。米マイクロソフト(MS)と連携した生成AIのリスキリングプログラムを組合員に提供する準備を進めている。
最後に神保氏は、日本経済を持続的な成長につなげるには、労使の信頼関係がこれまで以上に重要になると指摘。生産性運動三原則にある「労使の協力と協議」は、技術革新が加速する時代にも変わらない基本原則とし、「AIの導入やデジタル化が進むほど、働き方や仕事の内容は大きく変わる。だからこそ、労使が十分に話し合い、働く人の納得を得ながら進めることが欠かせない」と強調。生産性運動の理念が新たな経済ステージを支える基盤になるとの認識を示した。


AI時代、「人」が成長の原動力
全労生議長・電機連合会長の神保政史氏へのインタビュー

”神保政史氏
神保政史 全労生議長・電機連合会長

AIなどデジタル技術の急速な進展は、産業構造や働き方そのものを変えようとしている。この変化を成長にどうつなげていくのか。全国労働組合生産性会議(全労生)議長で電機連合会長の神保政史氏へのインタビュー詳細は次の通り。(肩書きは取材当時)

神保政史 全労生議長・電機連合会長

神保 政史(じんぼ まさし) 全国労働組合生産性会議議長。三菱電機労連出身。2014年より電機連合中央執行委員長。2020年より電機連合会長(取材時)。

「三原則」はいまこそ生きる

企業の競争力は設備や技術だけでは生まれません。新しい価値を生み出すのは、いつの時代も「人」です。一人ひとりが能力を高め、その力を十分に発揮できる環境を整えることが、生産性向上の出発点になります。賃金の引き上げ、人材育成・リスキリング、安心して働き続けられる職場づくりは、未来への投資であり、持続的な成長を支える基盤です。
その考え方の原点にあるのが、生産性運動です。生産性運動が目指してきたのは、効率だけを追い求めることではありません。労使が十分に話し合い、生産性を高め、その成果を公正に分配し、雇用を守る。これが「生産性運動三原則」の精神です。
AI時代を迎えたいま、その価値は一段と高まっています。生産性運動は、「人づくりの運動」だと考えています。働く人が成長し、生産性が高まり、その成果が賃金や処遇の改善として還元される。企業は、その成果を設備投資や人材育成へ振り向け、さらに成長する。こうした「成長と分配の好循環」を社会全体で実現することこそ、生産性運動が目指す姿です。

持続する賃上げの条件

今年の春季労使交渉では、高水準の賃上げが実現しました(=グラフ参照)。これは大きな前進です。しかし、本当に重要なのは、この流れを一過性で終わらせないことです。春闘はゴールではなく、持続的な賃上げと成長に向けたスタートラインだったと考えています。
そのためには、中小企業の成長が欠かせません。多くの企業では、人手不足への対応として賃金を引き上げながらも、十分な収益を確保できず、防衛的な賃上げにとどまっています。その背景には、価格転嫁の難しさや長年の商慣行があります。
適正な利益が確保されてこそ、人材育成への投資や継続的な賃上げ、技術や品質の向上が可能になります。サプライチェーン全体で適正な価格形成を進め、発注側、受注側がともに成長できる環境を整えることが、日本の産業競争力の強化につながります。


賃上げ状況の推移
出所:連合

AIを生かす人づくり

AIとの向き合い方も同じです。AIを「働く人の力を引き出す技術」として活用することが重要です。そのためには、誰もが学び続けられる環境を整えなければなりません。AIリテラシー・リスキリングを支える教育基盤を充実させ、企業規模や雇用形態にかかわらず、一人ひとりが能力を発揮できる環境を整えることが、人への投資の柱になります。
電機連合では、傘下約180労組、約58万人の組合員を対象に、マイクロソフトと連携した生成AIリスキリングプログラムを始動しました。技術革新による産業全体の変化に伴う雇用の安定、電機・電子産業における技術の底上げを目指しています。企業ごとの枠組みを超え、労使が連携した人的資本投資です。
背景には、AIの進化により、従来の事務職や開発現場の業務が大きく変わるという危機感があります。「失業なきタスク転換」(労働移動)を目指します。まずは、生成AIの基礎を身につけられるように、労組としても学べる環境を整えたいと考えています。企業規模によって教育機会の格差があっては、日本全体の競争力は高まりません。

成果を社会全体へ還元する

人への投資は、教育だけではありません。育児や介護、治療と仕事を両立できる職場づくりや、非正規や有期、嘱託で働く人たちの処遇改善も重要です。とりわけ「同一労働同一賃金」は原則であり、雇用主は責任を持って対応しなければなりません。雇用形態にかかわらず、一人ひとりが能力を十分に発揮できる環境を整えることが求められています。
技術は進歩し、時代は変わります。しかし、新しい価値を生み出すのは、いつの時代も「人」です。だからこそ、生産性運動とは、人を育て、人を生かし、人を中心に社会を発展させる運動だと考えています。
人への投資を社会全体へ広げ、労使が信頼のもとで対話を重ね、生産性向上の成果を広く分かち合う。それが、生産性運動三原則を未来へ受け継ぎ、日本経済の持続的な成長を実現する道だと確信しています。

◇ 本連載では、専門家へのインタビューを通じ、経済の「現在地」と今後の展望を多角的に検証し、次の成長戦略を探る。

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