第1回:顧客支援の起点 事業性評価~商工中金~(2021年10月15日号)

■顧客支援、起点は事業性評価

商工中金では、顧客の事業を理解し、さまざまな提案を行うためのコミュニケーションツールとして、「事業価値を高める経営レポート」(Value Upレポート、以下Vレポ)を活用し、顧客の課題解決を重視する活動を展開している。

全店的な危機対応業務の不正で業務改善命令を受けた商工中金では、2018年10月に「経営改革プログラム」を発表し、組織が一体となって「経営支援総合金融サービス事業」へ転換し、「真にお客さま本位で長期的な視点から、中小企業及中小企業組合の価値向上に貢献」する方針を打ち出した。

経営支援総合金融サービス事業を展開していくための起点となったのが「事業性評価」。事業性評価は、取引先との信頼関係を深め、取引先の事業内容を理解し、将来の成長可能性を把握するための取引先をよく知る活動全般を指す。その際に使われるツールがVレポで、企業概要、財務分析、ビジネスモデルの把握、内部環境の把握、SWOT分析(強みと弱み、機会と脅威の分析)、今後のビジョンなどが記載される。


木村光孝・執行役員経営サポート部長は、「企業は金融機関に『自社を理解してほしい。そのうえで経営課題に対するソリューションを提供してほしい』と期待している。そこで、事業性評価のプロセスは3つのK(共感、確認、共有)をキーワードとしている。企業の実態を確認し、企業の理念や課題に共感して、解決への取り組みを共有していくのが事業性評価であり、それを具現化しているのがVレポだ。お客様とヒアリングを重ねて出来あがったVレポは、必ず、お客様に対してプレゼンしている。お客様と確認して共有しないと事業性評価の意味がない」とその意義を強調する。

事業性評価の取り組みを強化する際に、組織全体として必要となる知識やスキルのレベルアップを図るため、階層に応じた研修も継続的に実施している。日本生産性本部では2018年から、2~4年目の営業窓口(営業店において融資渉外業務を担当する職員)を対象に研修を担当し、Vレポの作成のコツや、戦略策定や財務分析の進め方などを伝えている。また、固変分解や財務シミュレーションの方法など、財務分析の強化に特化した「財務コンサルタント養成講座」(営業窓口対象)も実施している。


Vレポの取り組みを広く職員に浸透させていく施策の1つとして、2018年8月から、毎年春と夏の2回、配属1店舗目の若手を対象としたプロパーコース、中堅職員を主な対象としたマイスターコース、事業再生支援先に限定したBゾーンコースの3コースに分け、作成したVレポを発表する場として「Vレポ甲子園」(任意参加)を開催している。過去5回の開催で累計1,000件を超える応募があった。

さらに、「ZK(全員経営サポーター)計画」という人材育成プログラムも実施している。Vレポの作成を通じて、もっと経営支援のスキルを向上させたいという職員のニーズに対応したもので、昨年の10月から開始した。期間は3カ月で、1回あたり約80人が参加している。参加者は、自分が担当している顧客企業を題材として持ち寄り、顧客とヒアリングを重ねながら、最後は顧客にソリューションを提案する。講師は、ファイナンス本部に所属する弁護士や公認会計士など、再生支援のプロのCrO(審査役)が担う。講師1人に5人程度の参加者がチームを作り、議論を重ねる実践的な研修で、人気も高いという。


今後は「これらの取り組みをさらに深掘りしていくことにつきる。内部に対しては、現在は、再生支援や経営改善支援に取り組む『経営サポーター』を各店に1人以上配置しているが、さらにレベルの高い『上級経営サポーター』を育成していきたい。外部に対しては、地域経済の活性化に貢献する中小企業へのソリューション提供を強化するため、多くの地域金融機関と、事業再生や経営改善支援に関する業務協力契約を締結しているが、これらの取り組みを加速させていきたい」としている。 

■社内に意識改革生んだVレポ

(木村光孝・商工中金 執行役員経営サポート部長の話)


私たちのすべての取り組みの起点は事業性評価にあると考えている。事業性評価の取り組みは、社内の意識改革や構造改革に大きな影響を与えている。

提案商品を起点としたプロダクトアウト型から、お客様のニーズを起点としたマーケットイン型へと、考え方を転換している事例がかなり出てきていると実感している。

具体的には、店舗実査、工場実査がかなり増えてきた。しっかりと生産や接客などの現場を見なければ、お客様の経営課題はわからない、といった意識が若い職員にも芽生えてきた。営窓事務(営業店において主に営業窓口の事務補助を行う職員)が営業窓口に帯同して企業を訪問するといった事例も増えてきており、企業文化として浸透してきていると思う。

研修参加時には、融資の一担当者という意識で参加している職員がまだまだ多いが、それは我々の目指すところではない。お客様とひざ詰めで話をして、お客様のお困り事を聞き、それに対する最適解をご提案していく取り組みなので、研修の入口は融資担当者だが、出口の段階では、経営全般をアドバイスできるコンサルタントの意識になってもらいたい。


事業性評価を起点に、再生支援や経営改善支援に取り組んでいるが、これらは将来的に商工中金の命運を握るキラーコンテンツになると思っている。コロナ禍で経済環境が大きく変わり、今後、企業の過剰債務は大きな問題になる。こうした課題の解決も事業性評価が起点になるだろう。
 

■取引先ごとに個性あるレポート完成

信太哲・日本生産性本部 主席経営コンサルタントの話)


商工中金はもともと、実態把握という非財務的な分析を重視する組織だ。事業性評価を中期計画の柱にするという相談を受けた際に、①長く活動を続けること、②金融機関らしく財務面と非財務面を連動させること、③過去・現在と将来課題を共有レポートとして企業と対話すること、を提案をさせていただいた。役員が取り組む意義を繰り返し発信・対話し、本部職員や部店の役職者がアドバイスし、自発的に取り組む職員を組織をあげて業務内・研修でサポートした。

Vレポには、基本構成・ポイントはあるが、細かなマニュアルはない。したがって、取引先ごとに冷静・客観的かつ情熱的な個性あるストーリーレポートができあがり、企業が「自社のために作ってくれた」と喜んで活用してくれる。若手職員が「こういう法人取引がやりたかった」と目を輝かせて話してくれる。もし私が企業経営者であったならば、このような担当者・金融機関と一緒に長く仕事をしたい。

Vレポのノウハウも組織に蓄積されており、非常に短期間で高レベルなレポートを作成している。時間の経過と共に組織内の幅広い階層に深く、また全国各地に展開している。行動制約のあるコロナ禍でもその活動は休止していない。

事業性評価というツールを使って、相手企業の課題を把握共有し、ソリューションを提案して、企業の事業価値向上に貢献している。原理原則を着実に行い、お客様に貢献し、組織が盛り上がる好事例である。


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