60歳超雇用について考える②~定年延長検討のポイント~

2021年(令和3年)4月1日より70歳まで働く機会の確保を企業の努力義務とする高年齢者雇用安定法の改正が施行されました。今回は、前回コラム(高年齢者雇用を取り巻く環境の変化と対応)に続き、定年延長に伴う人事制度の見直し(再構築)の検討ポイントについて、解説します。

現定年(60歳と仮定)前後での期待する仕事内容と賃金処遇


定年延長においては、これまでの定年(60歳と仮定)を迎えるまでの仕事内容(職務・役割または発揮能力など)と定年延長後の仕事内容をどのように捉えるかを考える必要があります。これは大きく2つのタイプに分かれ、定年の延長による仕事内容の変更はせず継続した運用を行うもの(Aタイプ)と、定年を踏まえこれまでの仕事内容の見直しを行うもの(Bタイプ)になります(図1)。後者のBタイプは、再雇用制度の運用を踏まえつつ、定年延長に伴い、いわゆる現役世代とは異なる仕事を通じての貢献を期待するものを想定します。

また、これに紐づく形で賃金処遇のあり方も2つのタイプに大きく区分されます。60歳前の賃金水準(賃金カーブ)を維持し、連続性のある賃金処遇とするもの(aタイプ)と、60歳前後において賃金水準に差を設けるもの(bタイプ)になります(図2)。後者の運用は、再雇用制度において用いられることが多く、高年齢雇用継続給付金制度(注1)の影響もあり、60歳定年前の60%水準の賃金が適用されるケースが多いと言えます。
基本的には、A×aタイプの組み合わせとB×bタイプの組み合わせが想定されます。他方、長澤運輸事件(注2)や国家公務員の65歳定年延長案(注3)を踏まえますと、当面の施策として賃金水準を60歳前の7~8割程度にすることを前提に、A×bタイプとすることも考えられます。これは、今後の世間動向を踏まえ中長期的な対応を見極める必要があると考えます。

これら2つのタイプ(A×aまたはB×b)においては、それぞれ利点(メリット)と課題(デメリット)があるため、自社の人事理念や制度詳細および業界の動向を踏まえ検討することが求められます。以下は利点(メリット)と課題(デメリット)とその対応策の比較となります。


【A×aタイプ】
60歳前後で仕事内容に変化なし
60歳前後で賃金に変化なし(連続型)
【B×bタイプ】
60歳前後で仕事内容が変わる
60歳前後で賃金が変わる(非連続型)
利点 ①会社としてこれまで通りの期待を示し、活躍することを後押しできる。
②60歳超の雇用において、仕事内容と賃金水準が変わる(下がる)ことでのモチベーションダウンを抑制できる。
①これまでの60歳定年を前提に、異なる期待を示した運用ができる。
②60歳超の仕事内容と賃金の設計方法によって、人件費の高騰を抑制できる。
課題 ①仕事内容の継続に伴い、賃金水準も維持する場合に、人件費の大幅な増加となる。
②60歳超の働き方を変えたい(仕事とプライベートのバランスを図りたい)社員にとって、不都合が生じる可能性がある。
①これまでの再雇用制度との違いを示すことが難しい(65歳定年の場合)。
②60歳超の雇用において、仕事内容と賃金水準が変わる(下がる)ことでのモチベーションダウンが起きやすい。
対応策 ①年功的賃金を是正し、仕事内容と賃金処遇が一致する人事制度に改める。
②定年延長を踏まえた、賃金カーブの引き直しを図る。
③多様な働き方(時短勤務・隔日勤務など)を確保する。
①60歳前後の仕事内容を明確に区分し、それに応じた賃金処遇を設計する。
②60歳前と同等の賃金水準が維持されるような仕事内容の明確化・任用基準について明確化し、優秀者のモチベーションダウンを抑制する。

A×aタイプは、社員への継続的な期待の明確化とそれに応じた連続性のある賃金処遇の組み合わせであり、定年延長のコンセプトとして受け入れやすいものと考えます。その反面、年功的な賃金処遇としている場合は人件費増加の課題が関わってきます。
その対応策としては、そもそもの年功的な賃金処遇となっている要因を明確化し、役割や職務に応じた評価・処遇の体系に改めるといった人事制度の理念に関わる大幅な見直しが望ましいと考えます。または、人事制度の理念は変えずとも、賃金カーブを新たな定年を踏まえたものに見直しをすることが考えられます。例えば、40代以降の賃金カーブを抑制し、そこで捻出した人件費を60歳超の賃金カーブ形成の原資とする方法です。いずれの場合も、定年が延長された部分にのみ着目せず、全体を踏まえた見直しが必要となるでしょう。


B×bタイプは、これまでの定年年齢を境に、雇用は継続するものの社員への仕事内容の期待や賃金処遇を見直すものであり、この差異を明確にする仕組み作りが重要になります。現状、60歳超の雇用においてモチベーションを下げる要因として、同じ仕事内容であるにも関わらず賃金処遇が下がることが指摘されています。こうした状況を改善するためには、賃金処遇が変わる理由を仕事内容の変化の観点から明確にし、納得性のある仕組みとして運用・定着させることが重要となります。


その他の人事施策について


上記では、主に定年延長に伴う仕事内容と賃金処遇に関する内容についてポイントを説明しました。これからは、定年延長に伴い考えるべき人事施策についてご紹介します。


①組織の新陳代謝・活性化の観点は?
定年延長に伴い、仮に定年が60歳から65歳になった場合を想定すると、これまで通りのポストに就き続ける場合に若手・中堅社員の昇格昇進の機会が奪われる、または遅くなる可能性があります。こうした定年延長のしわ寄せが、次世代を担う社員に影響を及ぼすことについても考慮する必要があります。例えば、役職定年制を導入・再構築し、60歳またはそれよりも早い年齢での適用をすることで、昇格昇進のチャンスを確保することができます。
また、昇格昇進とともに降格・降職の運用についても明確に定めておくことも重要であると考えます。今後、より長期的な雇用を踏まえる場合、活躍する社員にはそれに応じた貢献を年齢に関係なく求める一方、活躍が期待できない社員については、仕事内容と賃金処遇を見直すことも求められるからです。一般的に、降格・降職においては慎重な対応が必要ですが、ルールを明確化し(例えば、複数回一定の評価以下となり、改善が難しい場合など)周知し、運用することが可能です。活躍する社員を処遇するのと同時に、そうでない場合の対応を明確することで、会社と社員との間で適切な緊張感のある関係を維持することは望ましいと考えます。


②社員が長期的に活躍してくれるための施策は?
社員が長期的に活躍してくれるための環境を整えることは、人事施策にとって重要となっています。なぜなら、環境変化が激しい中で、一度身に着けた知識やスキル・ノウハウが今後も継続的に役立つとは限らないためです。そのため、継続的に能力を高める機会の提供が求められます。ある企業では、45歳以上を対象としたキャリアチャレンジ制度を導入し、自らの強み・経験・知識を生かし、新たな分野での活躍を実現する機会として、希望する部門に応募し直接アピールする機会を設け、双方が合意した異動を実現する取り組みを行っています。研修参加や自己啓発の補助に加え、多様なキャリアを築き上げる場が重要になってきているのではないでしょうか。


以上、定年延長について考える際のポイントを述べてきました。自社の実態とこれから目指す組織・人事を考えるうえでの参考になれば幸いです。


  • 注1:高年齢雇用継続給付金とは、60歳以上65歳未満の被保険者が、原則として、60歳時点に比べて賃金が75%未満の賃金に低下した状態で働いている場合に、ハローワークへの支給申請により、各月に支払われた賃金の最大15%の給付金が支給されるもの(15%の給付が支給されるのは、賃金低下率が61%以下の場合)。尚、給付金は令和7年4月1日に現行の15%給付から10%給付へ変更となる。戻る
  • 注2:高年齢者雇用確保措置義務を労働契約法第20条の「その他事情」とし、再雇用嘱託社員が定年前と同じ職務である場合に年収ベースで79%とすることは不合理でないとしている。戻る
  • 注3:人事院の申し出により、当分の間、60歳超の職員の俸給は、同一の職務の級において60歳時点の7割とする。戻る

本コラム前編「60歳超雇用について考える①~高年齢者雇用を取り巻く環境の変化と対応~」はこちら

「高年齢者雇用を取り巻く環境の変化と雇用・人事制度のあり方」(賃金事情 2021年12月5日発行号)はこちら(本コラム内容と重複する記載がございます)



※本コラムは、現状で信頼できると考えられる各種資料・判例に基づいて作成されていますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。また、本コラムは筆者の見解に基づき作成されたものであり、当本部の統一的な見解を示すものではありません。

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