八ヶ岳地産地消物語 小林 光 東京大学先端科学技術研究センター研究顧問(2023年11月15日号)

連載「サーキュラーエコノミーを創る」⑧ 八ヶ岳地産地消物語

八ヶ岳でVPP(ヴァーチャル・パワー・プラント)を

写真1:ゼロ・エネルギー・ハウス「金山デッキ」

2021年の暮れに、東京都から住民票を長野県茅野市の八ヶ岳麓、標高1020メートルの所へと移した。エコハウスの実践の病が昂じて、最先端の性能のものを検証しつつ、余剰の再生可能エネルギー起源の電力を近隣で融通しあう、いわゆるVPP(Virtual Power Plant:ヴァーチャル・パワー・プラント)を実証してみたく、長年温めてきたアイデアを具現化させたものである。住んでいるのは「金山デッキ」と名付けた、120平方メートル強の平屋(写真1参照)。熱貫流率は0.32、発電能力8.8キロワット、蓄電池容量23キロワットアワー相当の正真正銘のZEH(Zero Energy House:ゼロ・エネルギー・ハウス)である。余剰電力のグリッドへの逆潮を始めて1年間の実績では、電力自給率は263%にもなり、今の技術はすごいと実感している。
金山デッキの新築以来、今まで43%程度の時間を現地で過ごす間に(40数%が東京の羽根木エコハウス、残りは全国各地への出張)、八ヶ岳地域での環境資源、環境人材を多数見て、知ることとなった。環境資源を地域で無駄なく活用している取り組みを紹介する。

栄養の循環

写真2:諏訪湖での菱刈り活動

感心したことの一つは、諏訪湖で繁茂する水草、藻の仲間の有効利用である。

かつての諏訪湖は、周辺の工場からの排水に、流域18万人分の家庭系の有機排水も加わりひどく汚染されていたが、下水道などが行き届き、水質は大きく改善された。しかし、日光が浅い湖底まで届くようになると、水草や藻が繁茂するようになった。水草が水面を覆うと、湖底で芽生えた水草が死に絶え光合成による酸素補給がなくなり、魚や昆虫などが死んでしまう。こうした被害が出てきたので、10年前に長野県が音頭を取って、市民や漁協やトヨタなどの企業も参加する菱刈りの活動が始められた。3回ほど参加してみたが、船を出すと、確かに、水面の相当範囲が菱などの水草や藻に覆われている。そのような場所で、菱の幹をつかんで、根ごと抜き取る作業をする(写真2参照)。水草が盛んに育つ夏、秋には、平日は県の菱刈船、土日は、ヨットクラブなどが船頭をつとめる船に市民が乗りボランティア活動で除去をする。除去された水草は湖岸の空き地で天日に晒して脱水する。こうして1年間で、干した後の重量でも500トン弱の刈り取りになる。県の推計では、この水草除去で、窒素が2トン、リンが0.2トン、湖から取り出され、水底の溶存酸素の保持や富栄養化対策にも役立っているとのこと。実際、窒素やリンの環境基準も近年ようやく達成されるに至っている。

さらに感心するのは、引き抜いた水草の有効活用である。専門企業に頼んで堆肥化をし、自治体を通じて希望する農家に無償配布している。長野県では、化成肥料や化学農薬を5割削減して育てられた作物を「信州の環境にやさしい農産物」として認証しており、地力づくりにこの水草堆肥も使われている。諏訪湖上流の原村などは、セロリなど高級の野菜産地である。コウノトリとの共生のために減農薬などで栽培される「コウノトリ米」は有名であるが、諏訪湖の水草起源の堆肥で栽培されたセロリなどがブランド化していくとよいな、と強く期待する次第である。

エネルギーの循環

もう一つの地産地消の動きとして、再生可能エネルギー起源の電力を盛り立てていく取り組みを紹介したい。
茅野市には、9つの小水力発電所がある。その多くは、自然河川ではなく、農業用水路に流れる水を活用した発電である。八ヶ岳山麓は、伏流水は豊富だが、大きな河川は余りなく、江戸時代後期まで水田耕作は困難だった。そこに現れた人物が坂本養川だ。今の原村にあたる地域の名主で、蓼科山の麓で取水した水を八ヶ岳の等高線を斜めに横切って、今日の富士見町(富士川水系と天竜川水系の分水嶺)まで運ぶ農業用水路を何本も掘削した。
その水は、江戸時代以来水田耕作に使われて現代に至るが、灌漑に使われず、ただ流れているだけだった上流部で、今日では流れ込み式の小水力発電が何か所か行われている。最も直近に竣工し、発電を開始したのは、3V小水力発電株式会社の2つの発電所(100キロワット級と200キロワット級)だが、不幸にして、創業者の社長が急逝してしまった。施設は残っているが、地元金融機関からの数億円規模の借入金も残され悩ましい。この発電資産を活かして事業を継承する形で借入金を返済しつつ、資金の地域循環を続けられないか、真剣な模索が続いており、私も首を突っ込んでいる。
水の循環を駆動させているのは太陽エネルギーであるが、太陽エネルギーの活用についても紹介したい。茅野市立の永明小・中学校の改築工事では、まずは校舎の建築工事を来年度新学期に間に合わせるべく進んでいる。
エネルギー供給の検討は遅れ気味だが、この時代、電気代の高騰化傾向や防災対策を考えると自前の電源を持つべきという声も高まっている。そこで、地元の事業者に太陽光パネルや蓄電池を設置する投資を行ってもらい、市側は、長期契約の下、電力代金を払うだけで、初期投資を免れるPPA方式での、地産再生可能エネルギー電力の活用が検討され始めている。地域の金融機関や地元の公立諏訪東京理科大学の先生方などと一緒に勉強会を起こし、側面支援をしている。
我が金山デッキでの発電と近隣での電力利用の構想だけではない。自然豊かな八ヶ岳地域には、以上のほかにも、温泉、バイオマスなどなど、地域で資源・エネルギーや資金を循環させる地域循環圏づくりのピースがたくさんある。そうした話を取材して、ゆくゆくは「八ヶ岳地産地消物語」として出版することを目論んでいる。乞うご期待。

著者略歴

小林 光 東京大学先端科学技術研究センター研究顧問

工学博士。環境省で環境管理局長、地球環境局長、事務次官を歴任。以降、慶應義塾大学大学院や米国ノースセントラル・カレッジなどで教鞭を執る。2016年から東京大学(駒場)客員教授(~現在)。2020年4月から現職。著書に「GREEN BUSINESS: 環境をよくして稼ぐ。その発想とスキル」(木楽舎)「エコなお家が横につながる」(海象社)等。

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