共振するアートとサイエンス ~ AI時代の新経営 ~ ④
デジタルツインの可能性
デジタルツイン=デジタルの双子が注目されています。フィジカルな世界から吸い上げた情報をデジタルで処理し、それをフィジカルに戻すことで価値を生むスキームです。この時、デジタル空間にはセンサー等で収集したデータによって現実世界の写像、すなわちデジタルの双子が生まれます。
フィジカルな世界をデジタル化するメリットは、人力では到底及ばない、極めて強力な情報処理を実行できる点です。スマート工場ではAIカメラが工場の各所を観察しており、それらの情報をシステムが処理することで生産や物流の最適化を行っています。小売店では販売情報や過去の引き合いを元に需要予測のアルゴリズムを回し、最適な発注計画に生かしています。かつてはベテランが勘と経験に基づいて実施していたものを、より速く・正確に行うことができるのです。
生成AIの登場後は、デジタルツインはクリエイティブ領域にも広がりました。広告デザイナーは過去の実績を元にした複数のデザイン案をデジタルに生成し、それをリリースしたときの反響までシミュレーションできます。今後注目されるのはロボットです。壊れやすいものを適切に扱えるロボットが量産されれば、介護や医療のようにフィジカルなサービスが重視される領域でも、デジタルツインが広がっていきます。
新しい探索
人の社会は、デジタルツインのような情報システムの発達に伴い急激に変化してきました。生成AIはその変化を、更に多くの人や企業に広げるとされます。新しいビジネスが生み出される一方で、時間をかけて築き上げてきた優位性が脅かされるかもしれません。多くの企業で「新しい違い」を生み出すことが緊急の課題になり、AIによって退屈な書類作成から解放されたリーダーは、違いを探す冒険に挑まなければいけません。
不確実性の高い問題の解決を論理的アプローチに依存することはリスクです。論理的思考は命題を分類・細分化することで打ち手を発見する構造上、命題が規定した思考フレームの中で解決を図らざるをえず、新しい発見にはむきません。音楽産業におけるサブスクリプションの登場、情報通信業におけるスマートフォンの登場、自動車産業におけるEVの登場とその行き詰まりなどを想起していただければ分かるように、今日の市場では、競争の前提すら瞬く間に変化します。ビジネスの先を読むには、論理的に認知した世界の外側に手を伸ばすことが必要であり、発想を飛躍させ、大胆な構想を獲得しようという努力が欠かせません。
大きな飛躍には頑強な踏み台が要ります。それが固有性=自分らしさ、であることは前回に述べました。自分らしさ、とは抽象的な概念です。明快な答えのないものをビジネステーマとすることに居心地の悪さを感じる方もいるでしょう。しかし、実際のところ、この世界にすっきりと解きほぐすことのできる問題がどれほどあるでしょう。少し大胆に申し上げれば、「問題には答えがある」ことを前提とするビジネスのあり方こそ、おかしいのかも知れません。

身体や言葉への注目
身体や言葉への注目は自分らしさの再発見に繋がる有効なアプローチです。それは私達と世界との接点であり、情報の交換装置であるからです。身体的反応(例えば大勢を前に震える両足)や制約(病院で大声を出しにくい)、自分や他者の言葉の使い方・選び方の違い等を自覚することは、メタ認知の強化を通じて自己理解を促します。
このような身体と言葉、さらに他者との関係を扱う芸術表現に「演劇」があります。ビジネスにおける演劇はコミュニケーション教育や教養の一部として求められることが多く、ビジネスのコアスキルとして認識されてはきませんでした。けれどもAI時代には、ビジネスにおける演劇思考のプレゼンスが高まっていくと予想します。 例えば、優れた役者は舞台上で観客の目を惹きつけますが、すべての役者がそうではありません。人を魅了する役者とそうでない役者は何が違うのでしょうか。
たいていの場合、役者が演じる役は「他人」であり、台詞は「他人の言葉」です。演劇の訓練は芝居の役割を自分の肉体に同居させる試行錯誤であり、赤の他人を自分の内奥に連結させる営みです。違いを生み出す役者は、同じ台本、同じ演出でありながら、「その人だからこそ」演じられたのだと思わせます。それはキメラの美しさなのです。
このことをビジネスに置き換えてみます。役者ほど極端でないにせよ、多かれ少なかれリーダーには、「リーダーの役割」を演じる部分があります。現代のように明快な答えのない時代のリーダーは、「正解」ではなく「ビジョン」でメンバーを牽引しなければいけません。柳井正氏や孫正義氏のようにビジョナリーなリーダーの言葉は魅力的です。しかし、すべてのリーダーがそうであるとは言えません。言葉に自信がない、語るべきビジョンがないと悩むリーダーは、「リーダーの役割」を「自分」に連結できていません。この時、演劇訓練は転機となり得るでしょう
演劇とビジネスの接近
演劇のドラマツルギーは、人の思いや時代の空気といった確たる実態のない概念を表現するために磨かれてきました。それはつまり、人間社会の表現です。
舞台では、論理で割り切れない未知の事象を巡って複数人での「対話」が発生します。対話は会話や雑談と違い、2人以上が理解や交渉のために行います。登場人物たちは変化する日常を理解し、対処するべく、にじり寄ったり、すれ違ったり、反発したりします。
ここにビジネスとの共通項を指摘するのは容易でしょう。演劇がそうであるように、ビジネスも相手を必要とします。市場と企業、あるいは組織と従業員の間で頻繁な対話があり、問題の解決が探られます。マーケターであれば、生活者が言語化できない思いを察知し、共感し、新しい価値提案に繋げるドラマを探します。経営者であれば、不確実な時代の変化に目をこらし、周囲の不満や反発に抗ってでも、組織の行く先を情熱と自信をもって構想しようとします。ビジネスもまた、対話によって駆動する、人間社会のドラマです。
AI時代を迎えて、ビジネスと演劇は大きく接近しています。演劇は、複雑な人間社会の写像を舞台に描きだします。私達は、舞台に生まれた双子を通じて、あらためて現実の人間社会への理解を深めることができます。演劇思考を学ぶ事は、論理的思考に依存したビジネスOSをアップデートし、多くのビジネスマンが抽象的な世界と格闘することを助けるはずです。(研修・セミナーのお問い合わせはコンサルティング部まで)(次回は9月5日号に掲載予定)
◇記事の問い合わせは日本生産性本部コンサルティング部、電話03-3511-4060まで
コンサルタント紹介

高橋 佑輔
国会議員公設秘書として、担当選挙区において政策・広報・選挙等の戦略立案・遂行にあたる。
その後、中小企業のマーケティング 担当役員、経営再建担当役員を経て、日本生産性本部経営コンサルタント養成講座を修了。
本部経営コンサルタントとして、企業の診断指導、人材育成の任にあたる。筑波大学大学院修了(経営学修士)。(1978年生)
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