共振するアートとサイエンス ~ AI時代の新経営 ~ ⑥

複雑な行動パターン発見~データ分析の手法を活用~

データ分析手法の紹介

AIのような汎用型ツールが経営インフラになることで、競争力の向上には人間的な発想=アートの視点が必要になります。その時代において、サイエンスは確からしさの検証を通じて、人間の自由な発想を経営のリアリズムに接合させる役割を果たします。今回は前回から続き、サイエンスを用いた確からしさの検証であるデータ分析を紹介します。


(3)コンジョイント分析「どの組み合わせが一番いい?」

商品開発を考えてください。商品は複数の要素の組み合わせからなります。例えば、パッケージのカラー、ロゴ、ネーミング、価格などの要素に分解できます。それらの要素内にも複数の選択肢があり、開発に携わる者なら、最も購買意向が高くなる組み合わせを望むでしょう。


各要素の開発にはアート的発想が必要ですが、独創性の高いもの同士を組み合わせれば「最高の商品」ができあがるわけではありません。独創性の高いアイデアはユーザーの好き嫌いがハッキリ出てしまうかもしれませんし、個別に見れば素敵でも、合わせた時に互いの良さを打ち消し合うこともあるでしょう。


コンジョイント分析は、こうした組み合わせの悩みに答えます。はじめに、直交表というツールを利用して選択肢の組み合わせパターンを求め、それに沿って質問を組み立てます。例えば、製品を構成する要素が5個で各々の選択肢が4個の場合、組み合わせ数は1024通りにも及び、網羅的に調査することは困難です。しかし、直交表なら組み合わせ数を16個まで絞り込めます。あとは調査結果を回帰分析することで、どの要素のどの選択肢を選ぶことが購買意向を最大化するかが定量的に求められます。


(4)クラスター分析「ユーザーの特徴って、どうやって整理するの?」

マーケティングではクラスター分析もよく使われます。自社の顧客を類似性に基づいて任意の数に分類する手法です。分類した顧客の特徴を分析し、顧客グループごとに適した働きかけを展開します。例えば、購買頻度が高い顧客グループにはプレミアム品のトライアルを促し、取引期間が長い顧客グループには知り合いの紹介キャンペーンを行う、といった具合です。


従業員満足度調査やエンゲージメント調査にも活用できます。これらの調査では通常、「年齢」「性別」「部署」「役職」などの属性が予め用意されています。しかし、これが必ずしも正確に結果を分類できるとは限りません。過去にこんな事例があります。ある会社で、「組織に対して何かしらの不満を抱えている層」がいることは、人事担当者の実感として確信がありました。しかし、データをもとに改善策をとろうにも、前述した属性で平均点をとると、おしなべて満足度は高いのです。そこで私は、エンゲージメントに影響する複数の変数を特定した上で、その変数をどのように保持しているかを条件にクラスター分析で社員特性の分類を行いました。その結果、「入社1年目~3年目」の層において、注視すべき問題の発見に至ったのです。


クラスター分析から得られた気づきをアートに持ち込めば、新しい発想に繋がるかもしれません。


(5)共分散構造分析「間接的な影響を含めて評価したい!」

要素Aが要素Bに影響を及ぼしている(A→B)という関係の分析には、前回ご紹介した回帰分析が使えます。関係が可視化できれば、要素Bを改善するために要素Aの打ち手を考えることができます。


しかし、実際のビジネスには、要素Cが要素Aに影響を及ぼしており、それが要素Bに影響している(C→A→B)ことがあります。この時、影響の大きさがC>Aであるなら、本当に打ち手を考えるべきは要素Aではなく要素Cでしょう。このように、間接的な影響を考慮した分析には共分散構造分析が適しています。同様の狙いを簡略的な分析で実現したものをパス解析と言います。


具体例を挙げましょう。従業員満足度調査を分析したところ、「従業員満足度」の形成には「働きがい」が影響していることが分かりました。そこで配属の見直しや人事制度の改革を進めましたが、思ったほど効果がありません。共分散構造分析を行ってみると、「会社への共感」が間接的に効いていることがわかりました。つまり、「会社への共感→働きがい→従業員満足度」という関係です。会社への共感が十分でないことが、働きがいの向上にブレーキをかけていたのです。


マーケティングであれば、新聞等のマスメディアへの広告出稿が購買行動にどのように影響しているのか?といった可視化しづらい問題も、こうした手法で分析できます。


(6)決定木分析「結局、どこが勝負の分かれ目なの?」

決定木分析は視覚的に分かりやすい分析手法です。ある結果を目的変数として、そこに至る分岐を可視化します。 例えば、顧客がどのような場合にサービス解約に至るかを推定できます。顧客データベースをもとに、「利用頻度が月に3回を下回った場合」、「カスタマーセンターへの問い合わせが累計で2回以上になった場合」、「契約から6カ月が経過した場合」のように、解約に結びつきやすいパターンを導出し、それを末広がりの樹形図で表現します。樹形図の上方に位置するほど影響が大きい条件のため、対策の優先度もわかります。


人間は時に不合理な意思決定を行うので、決定木で精緻な予測ができるかと言えばそうとも限りません。しかし、複雑な行動(例:消費行動など)の中にある種のパターンを発見することは、全くの手がかりなしで相手を理解しようとする場合と比べて、大きな助けとなるはずです。何となく想像していたパターンを確認して仮説に自信を深めたり、想定していなかったパターンを見つけることでインサイトの理解を得られたり、使い所が多い分析です。


データは過去、アートは未来

他にも複数の変数間の関係性を2次元で表現するコレスポンデンス分析、変数の分類に確率を導入することでクラスター分析よりも柔軟な分類が可能なトピックモデルなど、多様な分析手法があり、いずれもアートの起点になったり、アートに対するエビデンスとして役立ちます。


最近、複雑な推論をこなせるAIモデルが登場するなど、AIを仕事に使う環境が整ってきました。AIが計算を安定的に代行できれば、サイエンスのハードルは更に下がり、経営の高度化が期待できます。残念ながら、今のAIモデルではまだ実務に投入するには不安が大きいのですが、そもそも上述の分析であれば、市販のソフトを使えばノンプログラミングで実行可能であり、すでに十分、サイエンスのハードルは低くなっているとも言えます。最大のハードルは、サイエンスに対する苦手意識なのかもしれません。

(次回は11月15日号に掲載予定)




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コンサルタント紹介

主任経営コンサルタント

高橋 佑輔

国会議員公設秘書として、担当選挙区において政策・広報・選挙等の戦略立案・遂行にあたる。
その後、中小企業のマーケティング 担当役員、経営再建担当役員を経て、日本生産性本部経営コンサルタント養成講座を修了。
本部経営コンサルタントとして、企業の診断指導、人材育成の任にあたる。筑波大学大学院修了(経営学修士)。(1978年生)

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