共振するアートとサイエンス ~ AI時代の新経営 ~ ⑦
変化は可能性の余白~「アート」「サイエンス」で相互補完~
現代経営はサイエンスを重視し、数字と過去実績を根拠とした意思決定は、パフォーマンスの再現性と漸進的な改善に効果を発揮してきました。一方で、「急な変化」を意思決定に反映させる柔軟性に欠け、過去の成功が次の成功の足かせになるケースも見られます。
「変化」は時代のキーワードです。特にAIは技術的な側面から変化を生み、影響は社会・ビジネスに広く及びます。変化とは可能性の余白であり、余白に新しいビジネスを描きだすことは、主要な経営命題になっています。
余白と向き合うにはアートの力が求められるため、AIは、ビジネスにおける人間のアート的側面に光を当てたとも言えます。アートとサイエンスは二項対立で語るべきではなく、本来、相互補完的です。アートには構造的に解消しえない再現性の欠落があるため、間違いを最小化すべき「経営のリアリズム」の中で生かすには、サイエンスの助けが要ります。サイエンスもまた、不確実な時代の先を読み解くには、アートのもたらす直感が要ります。サイエンスとアートは重なり合い、共振するのです。
アートとサイエンスの反復横跳び
サイエンスでアートの確からしさを補強する。または、サイエンスで定めた方向をアートで具体化し、膨らませていく。こうした仕組みを組織の各部署、各階層に組み込むことで、意思決定の質が自律的に高まります。この実現には、AIが大きな助けになるでしょう。
AIにアートの発想を手伝わせるには、「アイデアを100個出して」と指示するだけで良いですが、メタファー(命題からアイデアを連想し、それを組み合わせることで新しい発想を獲得する)やアナロジー(他業種・他企業の成功事例を抽象化して自社の問題解決に応用する)の手順をプロンプトに持ち込めば、より自分の意向を反映できます。
AIにサイエンスを手伝わせるには、論点整理のスキームを提示させたり、統計的な調査の設計をさせることが考えられます。簡単なデータ分析も今後は任せていけるでしょう。
AI時代には、一般的な問いに対する一般的な解はAIがたちまち示します。かつてのビジネスでは情報処理のスピードが重要な評価項目でしたが、今後は、処理スピードではなくユニークさが求められます。ユニークなアイデアを生み、速やかに実行に移す。課題を発見してもくじけずに新しいアイデアを創造する。そしてまた実行する。アートとサイエンスを何度も反復横跳びできる足腰を鍛えるべきです。
共振の可能性(ケース)
アートとサイエンスの共振を意思決定プロセスに組み込んだ例として、製品開発のケースをご紹介します。東北地方にあるA社は従業員10名ほどの菓子製造会社です。観光需要の高まりを受け、新しい土産品の開発に乗り出しました。自社は煎餅製造に強みがあり、また当地は米どころでもあるため、米を使った観光土産を作ることはすんなり決まりました。あとは、どんなお土産にするかです。
社長は若者から人気が出るように「都会的でおしゃれなデザイン」にすることを思いつきました。ネットで煎餅を検索すると、ちょうどそういう方向性のアイテムが大ヒットしており、狙いは悪くなさそうです(①)。
けれども企画担当者は不満でした。米を使った煎餅、というアイデアは自社設備の都合ですし、デザインの方向性も競合の真似です。それに、そもそも、この決定には、「お土産を探しているお客様」の視点が欠けているように感じたのです(②)。
担当者は駅、空港、道の駅に足を運び、そこで観光土産を探すお客様が何を見ているか、どこで足を止め、どんな会話をしているかを観察しました。この調査からは多くの情報が得られました。何より重要だったのは、観光土産を探しているお客様は、「おしゃれなデザイン」を必ずしも欲していない、ということでした(③)。
担当者は社長を説得して、観光客にアンケートを実施しました。その結果にコンジョイント分析を施したところ、デザインとしては「おしゃれ」よりも「素朴」が好まれること、価格帯は1000円以内であれば需要の価格弾力性が小さいこと、名称は英語よりも日本語の方が良いこと、などを突き止めました(④)。
担当者は分析結果を製品開発の責任者と梱包材のデザイナーに共有し、製品設計を見直しました。製品の構成要素を「ロゴ」「パッケージ」「味」「価格」に分け、AIも活用して調査結果を踏まえた複数のアイデアを出し、その試作品を作って何度もお客様の反応を確認しました(⑤)。
結果、でき上がった新製品は米で作った煎餅ということを除き、当初の構想から大きく変更されました。そして、見事に大ヒットしたのです!
共振の可能性(解説)
社長の初期構想(①)はロジカルでした。市場で実績のあるものを模倣することはフォロワー戦略と言い、大ヒットは無理ですが、ある程度の売れ行きを見込めます。ただ、担当者は納得できませんでした(②)。「顧客目線が欠けている」という考えはもっともですが、それにしても、社長に異論をぶつけるのだから勇気があります。担当者にとって、「顧客が喜ぶものを作る」というのは、ぶれない「問い」だったのです。
担当者は実際の売り場に足を運び、丁寧に顧客を観察しました(③)。観察はアートの重要な手法です。情報がないところに新しいものを発想することはできません。観察を通じて担当者の顧客理解が進み、必ずしもおしゃれでなくても良いという発見がありました。観光客が欲しているのは「贈った相手と地域の魅力を語り合える商品」であり、見映えは二の次なのです。
ただ、この段階ではまだ、「観察中のたまたまの出来事」を一般化している可能性を否定できません。そこでサイエンスの出番です。コンジョイント分析は前回説明したデータ分析の手法ですが、これによって、発見の確からしさを統計的に検証し、製品開発の方向性を固めることができました(④)。
最後に、サイエンスで固めた方向性をもとに、再度アートでアイデアを膨らませました(⑤)。製造やデザインといった、自分とは専門の違うメンバーを引き込んでいるのがポイントです。多様な視点はアイデアに膨らみをもたらします。また、議論を元にした商品イメージはAIがすぐに生成してくれるため、製品開発とAIの相性は良いです。
人の価値と可能性
先日の新聞に、人間の代わりにPCを動かしてくれるエージェントAIの記事が載っていました。まだエラーが多いようですが、着実にAI技術は進歩しています。すでにIoTの普及によって、世界のあらゆる箇所にデジタルセンサーが張り巡らされ、現実の写像がデジタル世界に投影されるようになっています。エージェントAIの実現は、それらデジタル世界とフィジカル世界の境界を取り除き、私達の生活・価値観・社会を大きく変える可能性があります。安全保障やエネルギーコストなど解決すべき問題は山積ですが、それらは世界にとって、「変化を前提とした」問題であるでしょう。
魔法のランプのようなAIが実現した時、人間は何をもって自らの価値を証明するのでしょうか。その問いを巡って展開してきた本連載をこれで閉じます。記事をきっかけに講演や研修の機会を頂戴するなど、たくさんの出会いに恵まれ、多くの示唆を得られたことは幸いでした。お読みいただきました皆様に、心よりの感謝を申し上げます。ありがとうございました。(終わり)
◇記事の問い合わせは日本生産性本部コンサルティング部、電話03-3511-4060まで
コンサルタント紹介

高橋 佑輔
国会議員公設秘書として、担当選挙区において政策・広報・選挙等の戦略立案・遂行にあたる。
その後、中小企業のマーケティング 担当役員、経営再建担当役員を経て、日本生産性本部経営コンサルタント養成講座を修了。
本部経営コンサルタントとして、企業の診断指導、人材育成の任にあたる。筑波大学大学院修了(経営学修士)。(1978年生)
お問い合わせ先
公益財団法人日本生産性本部 コンサルティング部
WEBからのお問い合わせ
電話またはFAXでのお問い合わせ
- TEL:03-3511-4060
- FAX:03-3511-4052
- ※営業時間 平日 9:30-17:30
(時間外のFAX、メール等でのご連絡は翌営業日のお取り扱いとなります)