共振するアートとサイエンス ~ AI時代の新経営 ~ ⑤

「確からしさ」を検証~サイエンスに期待される役割~

アートのビジネスへの着地

AI時代の到来はマネージャーのKPIリストを更新します。定型的な仕事をミスなく迅速に処理する=情報処理能力は指標の最上位グループから弾き出され、代わって「価値創造への挑戦」が書き込まれると予想します。その挑戦は、アートの発想を求めるでしょう。


しかし、組織内でアートを発揮することには困難が伴います。自然の生態系に着想を得て発想された組織エコロジー論では、「組織は変わらない」ことが前提とされます。独創的なアイデアは称賛よりも多くの反発を集めるのです。ルーティンから離れたものを拒むのは、過去の成功に鍛えられた経営的リアリズムの健全な発露であるとも言えます。


アートを現実のビジネスに着地させるには、組織の反発を突破する新しい仕組みがいります。それを組織構造に求めれば、ジェフリー・ムーアが提言した「ゾーン・マネジメント」(新しいことに挑むセクションの指揮系統やKPIを本業セクションから明確に切り離して運営する)のような形が有効でしょう。本稿では機能に注目し、アートを組織的に活用するための「サイエンス」の働きについて述べます。


サイエンスを仕組み化する

本稿ではサイエンスを、「ビジネスを分析することで法則の発見や原理の解明に繋げる手法であり、そうして発見された法則や原理を構想に反映する姿勢」とします。分析にはデータが重要な役割を果たすため、「データからビジネスの法則や原理を解明したり、ビジネスに活かしたりする姿勢」と言い換えても良いです。


データ活用には四つの段階があります。可視化、比較、原因分析、予測です。決算書から経営状態を分析したり、昨対比で評価したりすることは、可視化と比較に該当します。このように、ビジネスにおけるサイエンスの役割は既に巨大ですが、アートをビジネスに着地させるには、機能の面的な拡大が必要です。組織の部署・階層を問わず、「アートのあるところにサイエンスがある」状態を目指すのです。


アートは不確実性を内包するため、サイエンスに期待される役割は「確からしさ」の検証です。例えば、製品開発ならアイデアの妥当性を検証する目的で統計的手法が活用できます。エンゲージメントの改善であれば、意識調査のデータ分析で打ち手と結果の因果関係を推定できるでしょう。ブランディングの議論でアイデアがあふれ出すようなら、ロゴやカラー、タグラインなどのブランド資産が想起度にどれだけ貢献しているかを推定することで、冷静な議論を行えます。これらは打ち手を発想するためのアートとセットで仕組み化されたサイエンスであり、各機能(企画や人事、宣伝等)を担う部門ないし課が実施し、現場レベルでアートの信頼性が検証されます。その結果を経営が吸い上げ、戦略に反映します。


このため、アートを経営に導入しようという組織は、「部長級」および「経営層」にもサイエンス、とりわけデータサイエンスの知識が必要です。現場にサイエンス系人材を増やす動きは活発ですが、経営側にも同じことが言えます。社会人が経営学とサイエンスを学べる場に筑波大学社会人大学院(GSSM)があります。経営幹部・経営幹部候補者向けにリスキリング機会を確保することは、我が国にとって優先的な課題です。

サイエンスとAI

アートでは創造の機能的側面を生成AIに任せることができました。サイエンスでも、データ分析をAI、特に使用ハードルが低い生成AIに任せられるのでは?(是非とも任せたい!)と考えるのは自然です。ところが生成AIは数学的処理が得意ではなく、現段階では安心して分析を委ねられる水準にはありません。


それでも試したい!という場合、次のことに配慮してください。

①無料版は使わない。同じAIであれば、有料版の方が優秀です。
分析手法やデータを指定する。手法やデータの選択を任せると、あらぬ分析をする可能性が高まります。
同じ分析をx回の独立試行をする。AIには何回か同じ分析をさせ、結果を比較することでエラーに気づきやすくなります。xは任意で、私は3回にしています。

 数学的能力が高い生成AIの開発は今も進んでおり、今後も注目です。


サイエンス手法の紹介

製造業には統計的品質管理の発想があり、我が国の経済的発展を牽引してきました。しかし、製造業のケースは全体から見れば例外で、多くの産業では勘と経験が優位でした。そのため、サイエンスと言われても直感的にイメージが湧かない方も多いはずです。そこで、今回と次回(第6回)ではいくつかのデータ分析手法をご紹介します。


(1)検定「このアイデアで本当に売れる?」

開発会議で投げかけられる冷酷な質問ですが、実際のところ、誰にも保証はできません。こんな時は会議室を飛び出し、試作品を作ってテストマーケティングします。そして、反応を「サイエンス」で検証します。


具体的には「検定」という手法を使います。検定は、「差」が有意であるかを判断する分析です。有意とは、統計的に確からしいことを意味します。例えば、人気投票を行ったところ、案Aの支持が多かったが、案Bとの間に大きな差はつかなかった。あらためて投票をすれば、別の結果が出るかもしれない。上司からそんな「もしも」を問われて窮する場面はないでしょうか?検定を行えば、結論の確からしさに自信がもてます。 検定はExcelで実行可能です。分析アドインを有効にするか関数を使います。実行は容易ですが、データセットに応じて検定の手法を選択しなければならないので、そこは少しだけ学習が必要です。


アートの組織的活用にはアートとサイエンスの反復的な試行錯誤が前提となることを前回述べました。
≪アートでユニークなアイデアを出す⇒検定によって市場反応を統計的に確認する⇒選別されたアイデアをアートで発展させる⇒再度検定を行う≫
・・・のようなプロセスを開発計画に組みこんでおくことが大事です。


(2)回帰分析「で、何から手をつける?」

ビジネスで解決を迫られる問題は多様です。売上アップ、コスト改善、満足度向上…。さらに、それらの問題を論理的に分解していけば、複数の原因が見えてきます。どれを優先して解決すべきでしょうか?


このような時に用いるのが「回帰分析」です。飲食店であれば、顧客満足度を改善するにあたって、接客・価格・清潔感のどれから着手すべきだろう?のような問題に定量的な解を得られます。計算を行うと、顧客満足度への接客の影響度は10、価格は0、清潔感は5というような結果が求められます。ここから影響の大きさは、接客>清潔感>価格ですので、優先的に改善すべきは接客と考えられます(その効果は清潔感の2倍です!)。逆に、価格は影響がゼロなので、施策を講じても意味がなさそうです。(手法の紹介は次回に続きます)(次回は10月15日号に掲載予定)




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コンサルタント紹介

主任経営コンサルタント

高橋 佑輔

国会議員公設秘書として、担当選挙区において政策・広報・選挙等の戦略立案・遂行にあたる。
その後、中小企業のマーケティング 担当役員、経営再建担当役員を経て、日本生産性本部経営コンサルタント養成講座を修了。
本部経営コンサルタントとして、企業の診断指導、人材育成の任にあたる。筑波大学大学院修了(経営学修士)。(1978年生)

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