ジョブ型の人材マネジメント~今日的な論点と実務への展開

ジョブ型の概念


    • (1)「ジョブ型」とは

人材マネジメントを巡るキーワードの一つとして「ジョブ型」という言葉を耳にすることが増えています。「ジョブ型」とは、もともとは欧米などで広く見られる「ジョブ=職務」を基軸とした人材マネジメントの考え方ですが、近年、我が国で語られる「ジョブ型」は「世界の諸社会に現実に存在するさまざまな雇用システムを分類するための学術的概念であり、あくまでも欧米の労働社会と日本の労働社会の特性を浮かび上がらせるためのもの」(出所:独立行政法人労働政策研究・研修機構 濱口桂一郎氏)と想定されています。すなわち、我が国の正社員に特徴的な、職務や勤務地などを限定しない雇用形態を「メンバーシップ型」と呼称するのと対比的に、職務、勤務地ならびに労働時間を明示的に定める雇用システムの分類概念と定義されます。


  • (2)規制改革会議における考え方

ジョブ型の概念自体は、特に新しいものではありませんが、2013年1月に設置された規制改革会議における雇用分野の主要テーマの一つとして、その考え方が改めてクローズアップされました。

同会議においては、ジョブ型正社員の雇用ルール整備による効果として「専門性に特化したプロフェッショナルな働き方、子育てや介護と両立する働き方など多様な働き方が広く社会に普及・定着していく」(出所:2014年6月規制改革会議第2次答申)ことをあげています。具体的には、非正規社員の雇用安定、ワークライフバランス、女性の積極的な活用、雇用の流動性と外部労働市場の発達などが、ジョブ型正社員の普及の必要性として指摘されています。


  • (3)日本経済団体連合会(経団連)の考え方

経営側からも、ジョブ型への要請が強まる傾向にあります。2020年版の経営労働政策特別委員会報告では、「企業活動のグローバル化が進み、人材獲得をめぐる競争が激しくなっていること」、「経済や産業の大きな構造変化が見込まれ、企業では安定的な収益の増大が見通しにくくなっていること」などを背景として「日本型雇用システムは、その特徴である新卒一括採用や長期・終身雇用、年功型賃金を前提に企業経営を考えることが必ずしも時代に合わないケースが増えている」との基本認識のもと、「メンバーシップ型社員を中心に据えながら、ジョブ型社員が一層活躍できるような複線型の制度を構築・拡充していくことが、今後の方向性」として示されています。

その内容として「最先端のデジタル技術などの分野で優れた能力・スキルを有する高度人材に対して、市場価値も勘案し通常とは異なる処遇を提示してジョブ型の採用を行うこと」、「長期・終身雇用を維持しつつも、企業と社員双方のニーズを踏まえ、雇用の柔軟化・多様化を検討していくこと」、「社員のキャリア形成・能力開発を、企業主導型から社員自律型へ移行していくこと」、「仕事や役割および貢献度と賃金水準との整合性を高めるべくジョブ型社員には職務給や仕事給、役割給の適用を検討すること」、「メンバーシップ型とジョブ型社員の双方から、経営トップ層へ登用していく実績をつくり、自社における複線型のキャリア発展空間を感じてもらうこと」をあげています。

実務的な論点


    • (1)人基準と仕事基準

ジョブ型の議論を巡っては、これまで我が国の雇用システムにおいて特徴的であった長期・終身雇用や年功制のメリットを認めつつも、経営環境の変化を受けて人材マネジメントの規範を見直していくことの必要性が総論として示されています。ジョブ型そのものは、職務や勤務地または労働時間の限定性を直接的な分類概念としていますが、そのなかでも中核となる要素である「職務」について実務に展開していく上では、根底にある「人基準」と「仕事基準」の考え方を明確にしておく必要があります。

以下は、賃金面から見た我が国における人事制度の変容ですが、ここ20年の間に「仕事基準(役割・職務)」の導入が急速に進んでいることが見てとれます。一方で、「人基準(年齢・勤続・職能)」を採用している企業も少なからず存在しており、特に非管理職層については「職能給」の導入割合が依然として8割近くを占めています。

出所:「日本的雇用・人事システムの現状と課題 2019年調査版」日本生産性本部

少子高齢化に伴い、個々の企業における年齢構成比が急速にトップヘビーとなっていくことが予想されるとともに、国内外の競争環境は間断なく専門分化し続けていることを踏まえると、「人基準」の合理性を実質的に担保してきた「年功=熟練=高い貢献」という前提がもはや成立しなくなっており、現実的な要請から「仕事基準」の導入が進んできたことが、これまでの全体的な動向であり、かつ今後の方向性として想定されます。


  • (2)職務の限定性について

我が国における人材マネジメントの方向性として、仕事基準への相対的な比重の移行は異論のないところと思われますが、仕事基準の前提のもとで「職務の限定性」をどこまで重視するかは、ジョブ型の論点に応じて分かれます。例えば、製薬会社における最先端の創薬研究者は、採用から育成、活用、処遇までの一貫したキャリア戦略のもとで「限定性」が人材マネジメントの基本となります。あるいは、有期雇用から無期雇用に転換する社員に対応する社員区分としてコース設定をする場合には、「ジョブ型社員」と「限定正社員」とが略同義で語られる場合が多く見られます。


  • (3)ジョブ型の本質と真のねらい

今日的な文脈の中で語られるジョブ型の真のねらいを、組織力強化に向けた人材マネジメントの革新と捉えれば、その具体的な内容は、漠然としたマネジメントから職務や役割を明確にしたマネジメントに変えていくことにあると想定されます。前述(2)のように限定性が重視されるケースを含めて、「限定」と言うよりも、多様化と平仄を合わせた「明確化・具体化」が、ジョブ型の本質と思われます。

そのねらいはシンプルであり、また、従来から仕事基準の人事制度導入や目標管理などによる取り組みがなされてきました。にもかかわらず、運用の実効性を伴ってこなかったことが今日における問題の本質と言えます。敢えてステレオタイプな捉え方をすれば、日本的な組織文化や社員意識の全般的な特徴として、「チームワーク」の名のもとに「個々の職務・役割と責任」を突き詰めることなく曖昧にする傾向が強いことが、今日の経営環境下ではマイナスに働いていることが少なくないものと想定されます。


  • (4)「個」に目を向けた人材マネジメント

マクロ経済が安定して成長軌道に乗っている時代には、人材マネジメントの関心事は、労使協調を主とした集団的管理にありました。細かいことを言わずとも、均質的な人材群を擁しながら皆がまじめに働けば組織としての結果がついてきた時代です。

現在の国境を越えたボーダレス競争下で闘っていくためには、個々人が自身に期待される職務や役割を正しく認識し、その達成と遂行に向けた強い目的意識をもって業務に取り組むことが求められます。これまでも、高度な専門性が求められる技術開発など一部の分野では、複線型コース区分を設けて、一人ひとりの職務内容やキャリアプランなどを明示的に管理する個別的なマネジメントが実践されてきましたが、全体としては「専門職コース」の名を借りた「年功職コース」が散見されるなど、個々の職務内容を明確にした個別的管理が十分に機能しているとは言えない状況が続いてきました。

右肩上がりの成長が確約されない国内環境や、ジョブ意識がもともとベースにあった海外の競合相手と少なくとも対等に闘っていくこと、さらには労働力人口の減少を踏まえた高年齢者や女性の積極活用及び均等・均衡処遇の確保など、現在の我が国が抱える諸々の状況を勘案すれば、不確実な環境変化への対応力が高い多様な人材集団を形成していくことと、それら全ての多様な人材が個々に期待される職務・役割を明確にし各人が主体性をもって責任を果たす組織体制を定着させることが、人材マネジメントに改めて課された今日的な課題と言えます。


  • (5)ジョブ型とジョブ・グレード制度

ジョブ型を論じる際に、ジョブ・グレード制度と一体的に論点が混同されることがあります。ジョブ型の概念を人事システムに具現化する方法論として、ジョブ・グレード制度は検討対象の一つとなり得ますが、ジョブ型の本質はジョブ・グレード制度構築に向けた技術論ではありません。

ジョブ型の検討対象となる領域は、いわゆる人事コア制度(コース・等級、評価、賃金)にとどまらず、人材マネジメントの全体にまたがります。なかでも、キャリア・タイプやキャリア・チャレンジ制度など、キャリアマネジメントのあり方は、ジョブ型をめぐる重要な論点となります。


  • (6)職務記述書は必要か

ジョブ・グレード制度に関わる技術論の一つとして、職務記述書の要否や運用負担などが論点となることが少なくありません。結論から言えば、その要否と内容については、会社毎の目的に照らして判断すればよい(しなければいけない)ということです。

多くの国々で採用されてきたジョブ・グレード制度の原点は、賃金管理の合理性確保にあります。その基本的な仕組みは、個々の「職務(Job)」を詳細に定義した「職務記述書(Job Description)」を作成し、記述書に基づいて職務を評価(「職務評価(Job Evaluation)」)して、その結果を点数化(「職務評点(Job Point)」)することで、点数に応じた賃金水準を決定することにあります。特に、米国のように多様な人種が共存し、賃金格差が人種差別として訴訟になりやすい国では、属人要素(=人基準)を排除した仕事基準による賃金根拠の定量的な客観性が強く求められたことが背景にあります。

今日的に我が国で要請が高まっているジョブ型の主眼は組織力強化にあることに鑑みれば、ことさらに詳細な職務記述書を作成することが制度要件とはなりません。職務評価に向けた「ための」記述書ではなく合目的な記述方式を選択する、あるいは必要がなければ職務記述書は作成しないこととなります。


  • (7)職務基準と役割基準

ジョブ型のマネジメントシステムを構築する際に「職務」として想定される概念には、「職務(ジョブ)」と「役割(ロール)」とがあります。いずれも仕事基準の範疇にある点では共通していますが、その基本となる考え方が異なります。


職務基準の人材マネジメントが、個々の職務に焦点を当てた内容記述と点数化を主眼とするのに対して、役割基準の場合には、組織力強化を目的としたマネジメントの実践的な視点から、組織論をベースとして展開されます。

また、役割概念の本来として、職務を過度に硬直的に捉えることはしませんので、欧米等において職務基準のデメリットとして一般に指摘される、① 職務記述書に書いてあることしかやらない、② 社内的なポスト争奪に目が向きがち、③ 担当する職務がなくなれば解雇されるなどの特性を内包しません。さらに、役割基準については、人材マネジメントの方向性として個別的管理の強化を目指しつつも、あくまでも組織の中での「個人」としてチームマネジメントの考えが基本となります。

ジョブ型の実務展開にあたり、真に組織力の強化を目指すのであれば、役割概念を基軸としたトータルな人材マネジメントシステムを検討していくことは有意と考えられます。


*2021年2月2日掲載

日本生産性本部では、人事制度に関するご相談も実施しております。ご希望の際には以下のお問い合わせよりご依頼ください。


筆者略歴

川崎 信彦(かわさき・のぶひこ)
日本生産性本部 コンサルティング部 主席経営コンサルタント

大手金融機関海外拠点次長(非日系コーポレートファイナンス統括)を経て、2000年3月に日本生産性本部「経営コンサルタント養成講座」修了。国内外のマネジメント経験を活かした実践的な立場から、20年以上にわたるコンサルティングの中で、組織力の強化に向けたコア人事制度およびキャリアマネジメント制度の導入・運用支援実績を多数有する。


※本コラムは筆者の見解に基づき作成されたものであり、当本部の統一的な見解を示すものではありません。

お問い合わせ先

公益財団法人日本生産性本部 コンサルティング部

WEBからのお問い合わせ

電話またはFAXでのお問い合わせ

  • 営業時間 平日 9:30-17:30
    (時間外のFAX、メール等でのご連絡は翌営業日のお取り扱いとなります)