論争「生産性白書」:【語る】有富 慶二 日本生産性本部副会長

有富慶二・日本生産性本部副会長(ヤマトホールディングス元代表取締役社長)は、生産性新聞のインタビューに応じ、生産性白書を発刊した生産性本部の次の目指すべき方向性として、生産性運動の各論で実績を積み上げていくことが重要になるとの考えを示した。例えば、産業のインフラとしての物流分野では、共同配送が生産性向上を実現するために効果的であり、国や産業界と連携し、公益財団法人として公正な枠組みづくりに積極的に関与していくべきだと指摘した。

生産性向上へ 配送の「共同化」 多くの評価指標で改善効果を確認

有富慶二 日本生産性本部副会長/
ヤマトホールディングス元代表取締役社長
有富氏は「日本生産性本部は生産性運動の再起動を宣言し、これまでは総論について議論を展開してきた。生産性白書を初めて発刊し、これからは各論に入っていくわけで、どの分野で実績を積み上げていけるかが問われている」と述べた。

そのうえで、サービス産業は形をとらえにくく、商品・サービスの「見える化」がカギを握るため、「どこかを切り取って、定量化する作業が必要になる」と指摘し、それぞれの企業に対し、内部の品質向上を測るKPI(重要業績評価指標)の設定を促した。

一方で、産業のインフラともいえる物流業界が、トラックドライバーの不足やトラック積載などのニーズの多様化、荷待ち時間などの独特の商習慣などの課題を抱え、「物流クライシス」の状況にあると指摘。サービスの標準化や共同配送などによる物流業界の生産性向上の実現が、日本の国際競争力向上を左右するとの考えを示した。

さらに、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)のひとつで、ヤマトホールディングスも参加している「スマート物流サービス」のプロジェクトを取り上げ、その中の大手コンビニ3社が参加して取り組んだ共同配送の実証実験を紹介した。

2020年8月1日から7日にかけて行われた実証実験には、災害対策基本法に基づく指定公共機関にも指定され、インフラの役割を担うセブンーイレブン、ファミリーマート、ローソンの3社が参加。東京都江東区に設置した共同配送センターから、都内湾岸エリアの3社の近接した計40店舗に対し、同じトラックで商品の納入を実施し、共同化による物流効率化の効果を検証した。

コンビニ店舗配送の共同配送化を行うことで、チェーンごとに別々に配送する場合と比べ、配送距離の短縮化や、CO2排出量・燃料消費量の削減、トラック回転率の向上、積載率の改善など多くの評価指標で改善効果を確認できたという。

有富氏は、このほかにも、医薬品や日用品など業界別で取り組む共同配送や、岐阜地域から関東地域への共同幹線輸送などに関する取り組みを紹介。また、共同配送による生産性向上の効果を高めるためには、パレットなどの標準化を進めることの必要性を指摘した。

さらに、トラックの荷台情報や作業情報、貨物の重量・採寸情報など省力化・自動化に資するビッグデータの活用や、効率な輸送を実現するためのデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進も重要になるとの考えを示した。

生産性白書の中でも、産業のインフラである物流の生産性向上が極めて重要であると指摘しており、有富氏は「公益財団法人として、公平公正な立場から、国や産業界と連携して主導的な役割を果たすことが求められている」と述べた。

(以下インタビュー詳細)

「物流クライシス」官民で対処を 企業単体では解決困難

日本生産性本部の歴史を振り返ると、第二次大戦後、経済力の差を痛感し、日本の再興のためには製造業の生産性を上げることが必要だと判断して行動することで、成果を上げてきた。

1955年から65年以上が経ち、生産性改革の舞台はサービス業の世界に移った。日本生産性本部は生産性運動の再起動を宣言し、これまでは総論での議論を展開してきたが、生産性白書を初めて刊行し、これからは議論を各論へと進めなければならない。

サービス業は姿かたちがないので、製造業の生産性向上とは手法が変わってくる。漠然としたサービス業のどこかを切り取って定量化し、「見える化」を行うプロセスが必要になる。

サービス業では「品質を上げると、コストが下がり、生産性が向上する」という考え方が定着することが大切だ。どのようにすれば良いかというと、人がサービスを提供するわけなので、成果を見える形にしなければならない。

個々の企業にとっては、「見えないサービスの可視化」が重要になる。サービス品質の向上を実現するためのKPI(重要業績評価指標)を設定し、見えなかった問題を目に見えるようにすることが大事で、問題が明らかになれば、社員それぞれが具体的な方策で改善できるようになる。

白書を刊行した日本生産性本部の次の役割は、何かの分野、どこかの場所で、生産性向上を実現に導く実績を積み重ねていくことである。

白書第2部第5章では「サプライチェーン、システム化と生産性」をテーマに、物流の生産性向上の重要性を指摘している。物流は産業のインフラであるにもかかわらず、日本の生産性は欧米に比べてかなり低い(参照:労働生産性の国際比較2020)。それを克服するために、国や産業界が連携して、さまざまな取り組みを行っている。

インフラの生産性改革を


内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は第2期に入り、12の議題を取り上げているが、そのうちのひとつに、「スマート物流サービス」がある。

物流クライシスと呼ばれる社会課題に対し、各企業が自助努力を行っているが、企業単体では解決は難しい。Society5.0を具現化する中で、現在のサプライチェーンが抱える様々な課題を、官民連携による物流・商流データ基盤である「SIPスマート物流サービス」で解決を図ろうという試みであり、非常に注目に値する。

生産年齢人口は20年後に約20%減少し、積載効率は20年前に比べ約25%低下している。そうした「物流クライシス」の中で、物流分野でのSDGsを達成するには20~30%の生産性の向上が必要とされているという。

SIPによると、「スマート物流サービス」は、30%の生産性向上を実現するもので、経済インパクトは、物流業界の市場規模(約25兆円)の3割に当たる年間約7.5兆円と試算されている。

スマート物流サービスが目指す姿は、一言でいうと「部分最適から全体最適へ」である。倉庫保管や作業効率の向上など個社単体で達成可能な領域を進める一方で、共同配送や共同倉庫、AI・予測最適化、無人化など個社だけで達成不可能な領域やそれを一気通貫で見える化する「ビッグデータ活用」などについては、国策レベルのシフトが必要になるとされている。

2022年の社会実装とデータ蓄積のスタート、23年からのAIによる蓄積ビッグデータの活用を目指して、2020年から、日用消費財やドラッグストア・コンビニ、医薬品医療機器、地域物流などの分野で実装準備のための実証実験が行われている。

例えば、セブンーイレブン、ファミリーマート、ローソンのコンビニ大手3社が2020年8月1日から7日にかけて実施した店舗配送における共同物流の実証実験は大きな可能性を示している。

東京都江東区に設置した共同配送センターから、都内湾岸エリアの大手コンビニ3社の近接した店舗に対し、同じトラックで商品の納入を実施し、共同化による物流効率化の効果を検証した。配送トラック数はKPI30%削減のところ42%削減、労働生産性はKPI10%削減のところ14%削減できるという。

その結果として、コンビニ店舗配送の共同配送化を行うことで、チェーンごとに別々に配送する場合と比べて、配送距離の短縮化や、納品1店舗あたりCO2排出量削減・燃料消費量の削減、トラック回転率の向上、積載率の改善など多くの評価指標で改善効果を確認できた。

また、実証実験結果を拡張する分析として、納品時間を調整し最も効率の良いルートで配送する場合のシミュレーションを実施した結果、これらの改善効果を大幅に向上できるという。

日通総合研究所が研究責任者となって行った医薬品医療機器などのプロトタイプモデルでは、共同物流における効率化のほか、自動認証タグを使った省力化や一気通貫トレーシングシステムによる在庫の見える化などにも取り組んだ。

自動認証タグによる効率化については、出庫作業時間の77%削減や再入庫作業時間の74%削減、棚卸作業時間の95%削減などを実現し、院内の受け入れ作業時間も75%削減するなど、いずれもKPIを上回る効果があったという。

このほか、地域物流のプロトタイプモデルでは、岐阜エリアから関東など他のエリアへの異業種間での共同幹線輸送に取り組んでいる。

少子高齢化による労働力不足により、一部地域では、これまでの物流網の維持が困難になっている状況にある。荷主側が配車をコントロールするこれまでの共同配送ではなく、物流事業者側が配車をコントロールする初めての共同配送の取り組みとして注目されている。

概念実証では、物流の需給管理システムを活用し、岐阜地域で異業種業態を超えた共同幹線輸送のほか、ダイナミックプライシングなどに向けた取り組みがある。

商流需給や物流需給オープンプラットフォームによる物流需給の見える化や共同幹線輸送による積載率向上、共同幹線輸送化による長距離ドライバー拘束時間の短縮などの可能性を検証すると、幹線トラック積載率は54ポイント向上、幹線ドライバーの拘束時間の18%削減など、KPIを上回る削減効果をはじき出した。

今後は、自動データ収集技術の開発や物流・商流データ基盤の構築などが大きな課題になってくる。ビッグデータのオープン化や取り扱いについては、公平感やセキュリティーを担保しながら、使い勝手の良い枠組みにできるかどうかが問われるだろう。国策レベルでの対応が必要になるが、公益財団法人の立場として、日本生産性本部が役割を果たせる領域ではないかと考えている。

日本生産性本部は、健康保険組合の業務をサポートする「けんぽWeb」を展開し、「生産性」をソリューションとして提供する取り組みに実績がある。こうしたバックグラウンドを持つ立場から、物流をはじめとするサービス産業の生産性向上をサポートすることで、実績をさらに積み上げていく道を考えるべきだろう。

*2021年3月11日取材。所属・役職は取材当時。

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