論争「生産性白書」:【語る】松浦 昭彦 日本生産性本部副会長

日本生産性本部副会長で全国労働組合生産性会議(全労生)議長(UAゼンセン会長)の松浦昭彦氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、生産性運動を推進する上で、生産性運動三原則(雇用の維持・拡大、労使の協力と協議、成果の公正な分配)に加え、さまざまな働き方をしている人たちも含めて「仕事に対する尊厳」が持てるような労働環境の整備が重要になるとの考えを示した。

三原則に加えて「尊厳ある仕事」を 運動加速へ労働側の視点が重要に

松浦昭彦 日本生産性本部副会長/
全労生議長/UAゼンセン会長
松浦氏は生産性白書の発刊について、「第4次産業革命を経て世界が大きく変わろうとしている中で、生産性白書生産性運動三原則の今日的意義を示したことは極めて重要であり、労働組合側としても、産業構造の転換に対応するための一つの方向性が出されたと考えている」と話した。

日本の産業界では、生産年齢人口の減少に対応し、さまざまな仕事が機械化され、AI(人工知能)やロボティクスが代替する方向に進むと見られている。松浦氏は「労働組合としても、最新テクノロジーの導入は生産性向上につながるものとして理解している」と話す。

その一方で、機械ではできない仕事や、機械に置き換わるまで時間がかかる仕事に関しては、「人が行う仕事としての尊厳を確保することが重要で、生活を支えるための一定の労働条件が担保されるべきだろう」と指摘する。生産年齢人口の落ち込みによって社会保障負担が1.5倍以上重くなることなどを見据え、生産性の向上とともに最低賃金もこれまで以上のペースで引き上げることが重要だとの考えを示した。松浦氏は「最低賃金を先行的に引き上げることで、生産性向上につながることも期待できる」と述べた。

また、プラットフォーム型労働(ウーバーイーツのようなオンラインプラットフォームを活用した労働)をはじめとする働き方の多様化が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で進んできている問題に懸念を示す。生産性運動を進めていくうえで、雇用契約を持たない人たちにも「尊厳ある仕事」の環境を確保していく仕組みづくりが大きな課題になるとした。

そのためには、プラットフォーム型で働く人たちが年金や健康保険など社会保障の枠組みに参加することも必要になる。すべての働く人から「薄く広く」集めることを基本スタンスに「社会保障の抜本改革」の議論を進めていくことが欠かせないとの考えを示した。

松浦氏は「高度な技能を必要とする仕事だけでなく、機械では代替できない人間が行う仕事にも尊厳があるべきだ。流通業や外食産業で働くパートやアルバイトが、一生懸命働いても貯蓄もできず、なんとか生活していく程度というのでは、ディーセントワーク(尊厳ある仕事)とは言えない。生産性運動を推進する上で、経済格差の是正は極めて重要になる」と述べた。

さらに、生産性運動の中で人材育成の重要性が高まっていることを指摘。白書では人材育成の重要性には触れているが、計画に落とし込むには至っていないという。日本生産性本部に対し、「当事者意識を持って、人材育成のプランづくりを先導する」役割に期待を寄せた。


(以下インタビュー詳細)

最低賃金アップが生産性向上につながる 人材教育、企業も当事者意識を

日本の人口減少に歯止めがかからない。生産年齢人口が4000万人台に落ち込む時代を想定すると、高齢者の生活保障のための負担は、今の1.5倍以上重くなってくる。つまり、日本経済を回していくには生産性を1.5倍に引き上げなければならない計算になる。

日本の労働生産性が低い(参考:労働生産性の国際比較2020原因の一つとして、最低賃金が低いことが指摘されている。

製造業からサービス業を主体とした産業構造に転換するなかで、海外でも最低賃金の引き上げを経済政策として活用する動きが広がっている。先進国の政策では1500円程度をターゲットにする方向に進んでいる。

日本でも2010年の雇用戦略対話以降「全国平均1000円」を目指す政府方針が今日まで続いている。それは当然の流れであり、もっとその動きを加速していくべきだ。最低賃金と生産性向上の連動が基本であることは言うまでもないが、最低賃金を先行的・中長期的に現在の1.5倍の水準を目指して引き上げることで、生産性向上を後押しすることも期待できる。さらに、最低賃金の引き上げはコストプッシュ要因によるデフレの脱却にも効果が期待できるのではないか。

ICTの発展とコロナ禍でのEコマース需要の拡大で、オンラインプラットフォームを活用した「プラットフォーム型労働」など多様な働き方が広がっている。

食事の出前サービスなど「一日で1万円稼げる」といった触れ込みで、若い人たちがプラットフォーム型労働を選択する動きがある。しかし、そこには健康保険や年金などの負担分が含まれていないので、すべての働く人々が薄く広く負担するという社会保障の根幹が揺らぐ。

今後、新型コロナウイルスの感染拡大の対策としての財源をどう補填するかが喫緊の課題として浮かび上がってくるのは間違いない。その中で、社会保障の抜本改革も避けては通れない。

社会保障が今の延長線上では行き詰まるという危機感は共通しており、「社会保障の抜本改革」は総論では足並みが揃うだろう。「応能負担」の感覚は労使ともにある程度は共通している。しかし、給付については労使の感覚はかなり違っており、この部分をすり合わせていく作業が必要だ。

Eコマースの利用者が増えると、プラットフォーム型労働をはじめとする雇用契約を持たない働き方の人たちも増えてくる。最低賃金引き上げの恩恵と、社会保障の仕組みの中に、こうした人たちをどう巻き込んでいくのかも課題になる。

仮に働く人たちの努力の結果、1.5倍の生産性が実現したとしても、賃金の引き上げが1.2倍にとどまるならば、持続可能な社会にはならないだろう。社会保障の負担も賄えないし、給付を減らす一方の社会保障改革にしかならない。

そうならないためにも、生産性向上の成果として最低賃金の上昇に反映していく、あるいは、最低賃金の引き上げを先取りして行い、生産性向上を促していく姿勢が求められる。

労働組合側も危機感共有


全国労働組合生産性会議(全労生)をはじめ労働組合側は、第4次産業革命がもたらす大変革を受け入れ、産業構造の転換という形で対応していかない限り、国際競争力の低下は止まらないという危機感は共有している。生産性白書の内容を共有し、白書を指針にして生産性運動を推進していくことの重要性も理解している。

ただ、全労生としては、産業の構造改革や生産性運動を進めていく中で、働く人たちの視線で「世の中が良くなっているのかどうか」については厳しく見ていくつもりだ。是々非々の姿勢で検証しながら、必要なことがあれば提言をしていく。

労働組合の関心事の一つに、2050年のカーボンニュートラルの実現に向けた動きがある。2030年代にはガソリン車の新車販売をなくすなどの話が持ち上がり、エネルギーや自動車など関係する業界の労働組合も先行きに関して心配する声が多い。

生産性白書が発表された後に浮上した問題であり、生産性運動は新たに大きな課題を抱えた。カーボンニュートラルが実現しているはずの2050年から逆算して、30年代のガソリン車の新車販売禁止の話が浮上しているのだろうが、どのようなタイムスケジュールで対応が迫られるのかがわからない。

知恵者を集めて、カーボンニュートラルを実現するための方策、達成に向けたマイルストーンと時間軸など、全体像を示してもらいたい。また、カーボンニュートラルと第4次産業革命がどう絡んでくるのか、こうした産業の構造転換をどう進め、雇用をいかに守るのか。2030年までに残された時間はあまりにも短い。

生産性白書では人材育成の重要性も指摘している。企業の競争力強化のための人材育成の重要性を指摘する政府や民間の提言は少なくない。しかし人材育成といった場合、どう進めていくかという課題に対する当事者意識が薄く、具体的な計画に落とし込む取り組みはほとんどみられない。

これからは「誰が」「どのように」人材を育てていくのかが問われる。外部での教育やリカレント教育も大事だが、日本企業が行ってきたOJTやOff-JTのメリットも再評価してみることも重要だ。

「ジョブ型雇用」の必要性が取りざたされているが、経営者によっては「使える人を使いたい」と捉えている方もいるように思う。そうではなくて、自社の従業員を「使える人」に育てていく姿勢を忘れないでもらいたい。

「自分の能力を生かせる仕事が与えられないから、転職してチャンスをつかみたい」という従業員がいるのは大いに結構だ。その一方で、「自分の仕事は陳腐化してしまった。新しい能力を身に付けたい」という従業員の要望に対し、会社が能力開発の場を用意することも引き続き重要になる。

日本のモノづくりを支えてきたのは人材だ。工夫に工夫を重ねて、他社にはできないオンリーワンのモノづくりを実現し、競争力を高めてきた。中小企業の多くは、今でも同じ姿勢でモノづくりに取り組んでいる。

そうして培ってきた日本の技術力を、どの方向にもっていけばいいのかを考えなければならない。業種によっても違うので、十把一絡げには言えないが、これまで築いてきた伝統やお家芸を捨て去ってしまうのはもったいない。

デジタル化が進む中で、新しい便利なツールをみんなが使えるようになるような教育は必要だと思う。しかし、みんなが同じものを使えるようになるだけで、生産性向上の実現や技術革新が起こるとは思えない。

コロナ禍では、公的部門の脆弱性が浮き彫りになり、DX(デジタルトランスフォーメーション)の遅れなど多くの課題を見せつけられた。今後も、今のワクチンが効かない変異種の登場や新たな感染症のリスクはつきまとう。ポスト・コロナにおいても、改革の手を緩めず、日本の経済社会が抱える課題の解決に取り組んでいくことが重要だ。

*2021年5月12日取材。所属・役職は取材当時。

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