論争「生産性白書」:【語る】酒見 俊夫 九州生産性本部会長

九州生産性本部会長で西部ガスホールディングス代表取締役会長の酒見俊夫氏は、生産性新聞のインタビューに応じ、「新しい資本主義」を掲げる岸田政権の分配戦略が生産性運動三原則の精神と同一線上にあると指摘した。その上で、デフレからの脱却のため、日本の産業界がもう一度、賃上げに向けてアクセルを踏み、生産性運動を加速させていくことが重要だとの考えを示した。

デフレからの脱却へ、賃上げにアクセル 従業員満足度アップが好循環生む

酒見俊夫 九州生産性本部会長/
西部ガスホールディングス代表取締役会長
酒見氏は「日本経済はバブル経済の崩壊からリーマン・ショックなどの苦境を経て、これまでの間、物価も賃金も上がっておらず、現状としてはデフレから脱却できていないと感じている」と述べ、日本経済の国際的地位が低下している背景についての見解を示した。

そのうえで、「雇用の維持拡大、労使の協力と協議、成果の公正な分配を謳う生産性運動三原則の今日的意義は強まっている」と述べ、公正な利益の分配を通して、中間層の拡大を図る岸田政権の「新しい資本主義」の実現と歩調を合わせ、生産性運動を推進するチャンスであると指摘した。

岸田首相は、経団連幹部らとの会合のあいさつの中で、成長と分配の好循環による「新しい資本主義」の実現に向けて、賃上げに積極的な企業を支援する「賃上げ税制」を抜本的に強化する方針を示し、「分配戦略の柱は企業による賃上げと人への投資だ。あらゆる手段を講じて、企業が賃上げをしようと思える雰囲気を醸成する」と述べ、多くの企業に賃上げを実施するように求めている。


酒見氏は、「賃上げの効果が経済全体に波及し、安売り経済の脱却につながることが理想であり、政府の掛け声に合わせて、企業側も『よし、やろう』という機運が盛り上がっていくことが大事だ。デジタル化や働き方改革を推進する中で、雇用を維持し、利益を分配していくという大きな課題が労使に突き付けられている」と述べた。

一方で、西部ガスは、2021年度の日本版顧客満足度指数調査「ガス小売部門」において、初めて顧客満足度第1位に輝いた。サービス力向上の秘訣について、酒見氏は「社長時代から言い続けていることだが、お客様価値を向上させることが、最終的に業績に跳ね返ってくる」と述べ、顧客価値向上の重要性を指摘した。

さらに、「お客様価値を向上させていくためには、サービスの担い手である従業員満足度を高めることが大前提であり、そこが根本である」と述べ、生産性白書でも指摘している従業員のエンゲージメント強化の重要性に共感を示した。

そのうえで、コロナ禍で課題が浮き彫りとなったデジタル・トランスフォーメーション(DX)や働き方改革の推進を担う従業員が、働きがいを見出し、会社に対するロイヤルティを高めることで、顧客価値向上のためのアイデアや、イノベーションを創出していくという好循環を創り出すことが重要であるとの考えを示した。

酒見氏は「経営層が方向性を共有し、それを各部門の管理者に伝え、管理者が日々のマネジメントにおいて実践する。また、DXの場合は、現場のリーダーが研修を受け、それをチームで共有し、従業員一人ひとりに理解してもらえるような取り組みが効果的だ」と話した。

(以下インタビュー詳細)

脱炭素実現は大きなチャレンジ 産学官が総力結集してこそ

失われた20年から30年を経て、日本経済は物価も賃金も大きくは変わっていない。多くの日本企業は良いものを安く提供することを愚直に続けてきたが、その安売り経済によるデフレの悪循環に陥り、なかなか抜け出せない。その結果、一人当たりGDPや労働生産性の国際比較において、日本は先進国の中で低位にあえいでいる。

しかし、自信を無くし、下を向いていては何も始まらない。目の前に立ちはだかっている課題に、しっかりと取り組んでいくことが大事であり、それができれば、結果はついてくるはずだ。

諸課題のひとつに、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの中で浮き彫りとなったデジタル化の遅れがある。DXへの対処は緒に就いたばかりだが、これから官民挙げて推進していくことができれば、生産性の分母を減らすことにつながる。

一方で、働き方改革を通じ、従業員のエンゲージメントを高めることで、顧客価値の創造につながり、サービスやイノベーションを生み出し、付加価値を高め、生産性の分子を増やしていくことも可能だ。

脱炭素実現への期待を自覚


こうしたさまざまな課題の中で、カーボンニュートラルの実現は、日本の産業界にとっては大きなチャレンジであり、産学官が総力を結集し、乗り越えていかなければならないと考えている。

脱炭素社会の実現について言えば、われわれエネルギー業界に対して、2050年に向けて大きな期待をかけられていることは自覚している。しかし、カーボンニュートラルは、どの業界にとっても、単独では解決できない高いハードルである。他業界を巻き込みながら、技術開発やコストダウンに立ち向かい、それぞれがメリットを享受できるウィン=ウィンの関係を構築していくことが大事だ。

一般的に、国内の民生産業部門のエネルギー消費量の約6割は熱需要であると言われている。当社が担っている都市ガスやLPガスなどのガス体エネルギー(化石燃料のなかで最もCO2排出が少なく、また、窒素酸化物や硫黄酸化物も少ない燃料)は、日本のモノづくりを支えているわけで、このガス体エネルギーのカーボンニュートラル化を実現していくことが私たちの使命である。

言葉が先行し、現実に追い付いていないところは多くあるが、できるところから一歩ずつでも着実に前進することが大事だ。当社グループは2021年7月、九州大学と、「カーボンニュートラル化社会実現を支える技術の開発」に関する組織対応型連携契約を締結し、取り組みを開始している。この連携は、西部ガスの研究開発力強化と九州大学の学術研究・教育活動の活性化を図ることを目的としている。

これまでも、九州大学とは水素活用に関する研究などを行ってきたが、今回は、「西部ガスグループカーボンニュートラル2050」達成に必要なメタネーション技術やCO2回収技術などの研究を共同で行うほか、その実現に寄与する有望技術を発掘していく。さらに、両者の技術レベル向上を目的に、共同勉強会なども実施する。

「西部ガスグループカーボンニュートラル2050」では、メタネーション技術の導入や水素・バイオガスの活用などにより、ガス体の脱炭素化にチャレンジすることを掲げており、九州大学との連携で、こうした取り組みを加速させたい。

メタネーションの実証では、西部ガスグループの事業基盤であるエネルギー事業の中核を担う「ひびきLNG基地」でメタネーションにより合成したカーボンニュートラルメタンを、当社の既存インフラを活用して供給する実証事業に取り組んでいる。

また、バイオガス・水素の利用では、下水処理場などで発生したバイオガスや水素の利用に取り組む。また、バイオガス由来のジメチルエーテル利用などによりLPガスの低炭素化の検討を進める。

コストをいかに下げていくか、そのための技術開発が実用化へ向けた鍵だ。実証プラントで実現したというレベルで満足していてはだめで、脱炭素社会を実現するためには、国全体のエネルギー供給を賄えるだけの成果が必要になってくる。

国の支援も受けながら、われわれ民間が主体性を持って、ある程度のスケール感を持って、力強く推進していかなければならない。

一方で、カーボンニュートラルをめぐる国際ルールの整理は大きな課題だ。今は、さまざまな業界がユーザーの要望に応じ、カーボンニュートラルの案件を競っているが、カーボンオフのクレジットがどこまでカウントされるのかなど、具体的なルールづくりはこれからだ。

LNGに関しては、産出国でカーボンオフのクレジットを確保できるなら、ニーズは高まっていくだろう。しかし、国内のお客様にとっては、価格がその分、上乗せされるのは避けられない。脱炭素社会を進めるために必要なコストとして、受け入れてもらえるような環境整備も必要だ。

地方創生にもデジタル活用


コロナ禍は日本経済に大きな試練を与えているが、この間、デジタル技術の可能性を感じることができたのも事実だ。私たち地域に根差した企業にとっても、コロナ禍によって厳しい環境に置かれている地方経済にとっても、デジタル化が新たなチャンスを生み出すことを期待したい。

地方を取り巻く状況は厳しく、コロナ禍で頼みにしていたインバウンド需要が消滅した。それでも、地元の自治体や観光事業者らは、自分たちの地域を盛り上げていくためのさまざまなチャレンジに取り組んでいる。例えば、九州では、域内の交流人口を増やそうという機運が急速に芽生えつつある。

人口減少やコロナ禍によって、地域が持っている魅力が減るわけではない。このピンチをバネにして、地域の魅力を発掘し、または再発見していく取り組みが大事だ。自然や温泉などの観光資源、食、住環境など、人々を引き寄せる価値提供ができてくれば、産業が生まれ、雇用機会も増えていく。

岸田首相が、デジタル化を進めて地方と都市の格差を解消し、地域活性化につなげることをめざすデジタル田園都市国家構想を打ち出した。新たな交付金の創設など政策を総動員して地方を支援する方針だという。

デジタル化の実現を支えるインフラづくりへの支援が充実していくことを期待したい。まずは、コロナ禍で浮き彫りになった行政システムのデジタル化や、民間も活用できるインフラづくりを推進していただきたい。民間企業はそうしたインフラを積極的に活用することで、地域の魅力を発信できるだろう。

「大都市の利便性」と「地域の豊かさ」を融合した「デジタル田園都市」を構築することで、「心ゆたかな暮らし」(ウェル・ビーイング)と「持続可能な環境・社会・経済」(サステナビリティ)を実現するという構想の理念を政策に落とし込み、着実に進めていただきたい。そうなれば、コロナ禍のピンチを地方にとってのチャンスとすることができるはずだ。



*2021年12月24日取材。所属・役職は取材当時。

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