コロナ危機に克つ:泉谷 直木 経営品質協議会代表インタビュー

経営品質協議会代表でアサヒグループホールディングス特別顧問の泉谷直木氏は生産性新聞のインタビューに応じ、新たな革新プログラム「顧客価値経営ガイドライン」を発行した狙いについて、「不確実性にあふれる経営環境下では、ありたい姿から発想するバックキャスティング思考のガイドが必要だ」と指摘した。成功事例に学ぶのではなく、自ら考え、実践し、成果を獲得することで、未来志向・未来創造の経営の実現を目指すべきとの考えを示した。

ありたい姿で未来創造を 「顧客価値経営ガイドライン」発行

泉谷直木 経営品質協議会代表

日本生産性本部の経営品質協議会は1996年、顧客価値経営の普及と変革の支援を使命として発足した。日本経営品質賞の表彰のほか、顧客価値経営への変革を支援するアセッサーの育成にも力を入れており、顧客価値創造普及のすそ野拡大と継続的な取り組みを実践している。

経営品質協議会や日本経営品質賞が発足した1990年代はバブル崩壊に伴う景気低迷期だった。先進的な優秀企業を評価し、表彰するためのガイドである従来の「アセスメント基準書」は、「現在できていることと、できていないこと」を中心に、積み上げ的に評価するフォーキャスティング思考に基づく方法だ。

一方、現在の経営環境は、ウィズコロナやアフターコロナ、デジタルトランスフォーメーション(DX)、少子高齢化、働き方改革、生産性低下などの課題に直面し、「VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の英単語の頭文字)時代」と言われ、経営環境は大きく変化している。

泉谷氏は「現状から未来を予測するフォーキャスティングなロジックでは自社・自組織の未来は描けない。ありたい姿から発想する未来起点のロジックで企業・組織の持続性を高め、未来創造経営に向かう道を切り開くことが重要だ」と、新しいガイドラインに込めた思いを話す。

新しい経営革新プログラム「顧客価値経営ガイドライン」は、「基本理念」「コンセプト」「経営の設計図」「実践領域」の四つの要素を一気通貫のフレームワークとした。これにより「ありたい姿」から発想し、「ありたい姿を実現する設計図」「ありたい姿を実現する実践法」までをローリングして取り組む組織づくりを目指している。

従来のアセスメント基準書が専門家向けであるのに対し、新しいガイドラインは経営者や幹部社員向けの「読み物」となるように編集されている。「これから何をやるのか」「それをどう実践するのか」を自社で考えることを支援する道標を示す内容だ。

協議会では、日本経営品質賞に加え、2018年に創設した経営デザイン認証についても同様の考え方で活性化を図る。これまでの「正しく評価し表彰する」活動を一歩進めて、「正しく実践し成果を得る企業・組織を増やし表彰する」ことに力を注ぐ。

泉谷氏は「経営に正解はなく、そして結果が求められる。何かの教科書や成功事例を学ぶことで未来創造戦略が描ける訳ではない。まず、経営幹部が新しいガイドラインを読み、自社の状況と照らし合わせ、問題意識や課題意識を共有した後、職場の従業員が何をすべきかを議論してもらいたい」と話している。


(以下インタビュー詳細)


企業が個性なくせばパワーも失う 将来の夢へ自ら考え、行動する

今回、「顧客価値経営ガイドライン」をつくったのは、従来のアセスメント基準書に何か問題があったからではない。アセスメント基準書は大変素晴らしい内容だ。「基本理念」「重視する考え方」をベースに組織プロフィールと八つのカテゴリーをフレームワークとして構成されており、経営改革を全体最適で考えるうえでは極めて有効で、経営を評価するうえでも的確な仕組みだ。

当時は、バブル経済が崩壊し、先が見えない混とんとした中で、自社の足元をどう固めるかが大事だった。そういう意味では、経営者にとってアセスメント基準書は大いに参考になったし、時代にフィットしており、それをもとに、日本経営品質賞を表彰するなど高い評価を得てきた。

ただ、今日の状況を見てみると、未来を10年早く連れてきたと言われる新型コロナウイルスのパンデミックによって、デジタル化の遅れや、生産性向上を実現できない日本企業の現状があぶりだされた。その結果、賃金水準も低迷したままで、先進諸国と比べ、一人当たりGDPの順位も大きく下がってしまっている。

こうした課題は、パンデミックが起こる前から指摘されていたが、解決できないまま時間だけが過ぎた。さらに、働き方改革の推進や、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の重視など、新たな課題も浮上している。

日本経済の「失われた30年」という言葉は、言い訳に過ぎないと思う。ずっと以前から、世の中が変わることは分かっていたはずなのに、適切な対応をせず、いわゆる「ゆでガエル」の状態で過ごしてしまったことを、経営者は反省しなければならない。

ここから、巻き返すには、従来のやり方を踏襲してスピードを上げていくのでは、先進国の企業との差を縮めることはできない。思い切ってやり方を変えたうえで、スピードアップも実現していかなければならない。

従来のフォーキャスティング的なロジックではなく、「ありたい姿」からバックキャスティングで考えるという「顧客価値経営ガイドライン」を提起したのは、私たち経営品質協議会の危機感の表れでもある。

繋げて回して、持続性高める


一方で、「ありたい姿」からバックキャスティングで考えるという方法は、口で言うほど簡単ではない。「ありたい姿」から発想した後、設計図を描き、具体的な行動で実践し、それを評価していくという一連の流れを繋げて、ローリングさせながら持続性を高めることができなければ、「ありたい姿」が絵にかいた餅になりかねない。

組織運営やコンサルティングの現場で基本とされてきたPDCA(計画・実行・評価・改善)を実践してもうまくいかないケースは多いと聞く。PDCAは、ひとつの大きな歯車を回すのではなく、個別の活動の小さいPDCAから中くらいのPDCAのさまざまな歯車をかみ合わせて、一気通貫で回すことによって初めて方向性が出る。

プランを共有できていないと、現場には腹落ちしていかない。また、プランを「見える化」しても、中身が伴っていないと、その1年間が無駄に終わってしまう。PDCAを実践する現場から「閉塞感がある」という声が聞かれ、「『へいそくかん』とはどんな漢字を書くのか」と聞くと、「分からないけど、上司がそう言っていた」と答えるという笑えないジョークもある。

私は最近、PDCAの考え方よりも「見える化」「分かる化」「できる化」の3段階の考え方を提唱している。まず経営者が、幹部社員が理解できるように説明することで可視化し、ミドルクラスの人たちが、経営層が示したものを自分たちの部門に落とす。各職場ではブレークダウンしながら、職場の実態を踏まえて、部下にこれを翻訳して語る。それによって、現場の従業員はやらされるのではなくて、自ら考え行動する集団になる。

企業風土は「土」と「風」でできている。「土」はコメや野菜を育てるためのコンピューターのような機能を持っている。組織にとっては足元の強さを示すが、変化を避ける特性もある。しかし、そこに「風」を吹かせることによって、土埃を巻き上げて、組織に新陳代謝を起こしていく。

これまでは、風土は「現場の従業員の話だ」という感覚で捉えられている向きもあるが、とんでもない。経営者は「風」を吹かせるとともに、「土」の状態もしっかり見ていかなければならない。変化を避ける「土」の手入れを怠れば、土壌は荒れてしまい植物を枯らしてしまうこともあるからだ。

新しいガイドラインを活用し、新しい風をみんなが受け入れて、「見える化」「分かる化」「できる化」を促す運営の工夫も大事だ。経営者が新しいガイドラインを読み、問題意識を醸成した後、自社を主語にして、ガイドラインに当てはめ、計画や戦略を練ってミドルに説明する。

そうすることで、ミドルが現場の従業員に伝えるときに、それぞれの職場で「これをやったら、将来こうなれる」など、具体的で前向きな議論ができるようになり、まさに「風」が吹く。「風」が吹くことが常態になれば、常に刺激を持って新陳代謝ができる組織になる。

個性を失った経営が活力そぐ


日本企業が元気をなくしている原因のひとつに、日本の経営が、極めて均質的になってきていることがあると思う。組織を統治する指針や行動原則を指すガバナンス・コードを言い訳にして、外形的に他社と同じことをやり、説明責任を果たすために説明できることしかやらないような経営になっていないだろうか。

企業が個性をなくせば、パワーも失われる。そうなれば「ありたい姿」があり、そのために向かうべき方向があるにもかかわらず、世の中の流れに歩調を合わせて、別の方向へと向かってしまう。

例えば、「無形資産や知的財産への投資が将来を大きく変える」という世の中の潮流がある。しかし、多くの企業が同じ分野に投資すれば、その分野に強みがある企業にとっては良いが、強みのない企業はそこから成果を生み出せない。個性を失った経営を続けていれば、欧米企業との競争力の差は拡大する一方だ。

「消費税の導入が経済低迷のきっかけだ」という不平不満はよく聞かれるが、それをチャンスに転換して成功した経営者もいる。コインパーキングのビジネスがその例で、経営者は、地上げによって飛び地になった不動産を時間貸し駐車場として活用することで、新しい市場を開いた。また、消費増税で景気が悪化する中で、楽天がECビジネスを成長させ、ファーストリテイリングが、アパレルのSPA(製造小売)を成功させ、「ユニクロ」を世界ブランドに育て上げた。

みんなが「駄目だ」と言っている時であっても、チャンスを見出し、基本概念を変えようとした経営者が、イノベーションを生み出している。「あのケースは経営者が立派だからできた」と特別扱いする経営者は多い。経営品質協議会は、「このガイドラインを使って、組織でイノベーションを起こしませんか」と呼びかけたい。

現状や変化に埋没する企業から、未来志向企業・未来創造企業に生まれ変わっていくことが、そこで働く人たちと、その家族の生活を安定させることに繋がる。コンサルタントに高いお金を払っても、他社の成功事例を講演会で聞いても、自分の会社がそれと同じことをしてうまくいく保証はない。だからこそ、「自ら考え、自ら行動し、自ら将来の夢をつかみ取る」ことが最善の道だ。



*2022年8月30日取材。所属・役職は取材当時。

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