徒然なれど薑桂之性は止まず⑨ ASEANと生産性運動
牛尾ミッションのASEAN3カ国訪問
2004年だったと記憶しているが、日本生産性本部の牛尾治朗会長(当時)から、「シンガポール、マレーシア、タイの3カ国を訪ねて各国の経済や労使関係、生産性運動の状況を見てみたい。このミッションにお前も参加してくれ」との話があった。日程上の関係もあり、シンガポールとマレーシアの2カ国のみになったが参加させてもらった。
まずはシンガポール。当時、郷司浩平会長が訪問した際、生産性運動に関する理念や箴言的な言葉を刻んだ碑がロビーにある生産性運動に関係する施設の見学や、閣僚との会談がセットされた。シンガポールの発展ぶりを強く感じる滞在であった。その途次(とじ)、私から牛尾会長にシンガポールへのJICAの生産性向上プロジェクトの専門家メンバーの一員として、全繊同盟(全国繊維産業労働組合同盟)副書記長の井上甫(はじめ)さん(当時。後に創価大学教授)が参加されていたことを話したら大変驚いておられたが、シンガポール政府と人民行動党(PAP)、シンガポール労働組合会議(NTUC)の関係を考えれば、井上甫さんの仕事にも特にNTUCがらみで極めて核心に触れるものがあったはずと思われる。
ルック・イースト政策と生産性運動
次のマレーシアはマハティール首相の唱導するルック・イースト政策の国。
シンガポールの生産性運動に触発されたルック・イーストは、日本や韓国に学べ的な運動かと推察していたが、マレーシアはプライドの高いイスラムの国。華僑も多いがブミプトラ政策との兼ね合いもあり、思っていたよりデリケートな面がある、と感じさせられた。マレーシアは、英連邦の一員だがイスラム国家である。インドネシアと共にASEANの中にも多くのイスラム教徒の世界があることも実感させられた記憶が残っている。
私はマレーシアから帰国したが、牛尾会長を始めミッションのメンバーはタイへ向かわれた。
生産性本部からの出向者とタイで出会う
タイのバンコクには国際労働機関(ILO)等の国際機構のアジア地域事務所が設けられていることが多い。
私は当時(1987~89年)、バンコクの日本大使館に勤務(大使館で働くようになった経緯は後述)していたが、同じ時期にILOバンコク事務所(アジア地域事務所)に日本生産性本部からJICAの専門家として井上安彦さんが働いておられ、プライベートを含め親しくお付き合いさせていただいた。
井上安彦さんの具体的な職務内容までは存じ上げないが、当時のことゆえ、生産性向上がらみのタスクもこなされていたはずと思っている。井上安彦さんとはその後ベトナムのハノイでお会いしたりしたが、明るいお人柄と熱心な仕事ぶりに鼓舞された。
ASEANの労働組合連合体
ASEAN各国の労働組合の状況は、ひと口では括ることは出来ず多様である。宗教・言語・民族・文化・歴史を異にする国々がASEANであり、労働組合の状況にも各国の経済発展レベル、政治体制や統治機構、宗教や独立前の宗主国の違いなどがもたらす多様性がある。
ASEANという国家間の連合体があることに対応した労働組合のASEAN連合体は、当時(結成直後の五カ国連合体時代)は形式的には作られていたと記憶しているが目立った活動を行っていたという印象はない。
各国の労働組合は、それぞれの国情に応じた課題を抱えている。国家連合体であるASEAN自体が満場一致主義的な運営で持ち堪えてきたことなどを思い起こせばASEAN労働組合連合を実質的に機能させることは言うほど簡単ではない。
(2024年7月25日号掲載、全30回連載予定)
執筆:髙木剛氏(連合顧問) 髙木氏のプロフィールとその他のコラムの内容はこちらをご覧ください。