徒然なれど薑桂之性は止まず⑫ 「日本人は働き過ぎ」論とスピード感に欠ける日本の対応
時間外割増率等への対応
日本が戦後復興を果たし、加工貿易立国として経済成長を続ける一方で、日本の労働時間の長さと「円安」が批判の的となり、「円安」は1985年のプラザ合意で一挙に大幅な為替レートの変更を招いた。一方の時短はワーカホリック等の批判を受けながら、一向に改善の為の具体的措置が講じられず―いろいろな対応が議論されたが、いずれも小出し改善で国際的な批判に耐えられないという側面があったかも知れないが―追い詰められた政府は前川日銀総裁を委員長にする「前川委員会」を設置。長時間労働の是正策の策定等の具体策づくりを要請した。この「前川委員会」に宇佐美ゼンセン同盟会長が就任されたこともあって私もお手伝いをすることになり、いろいろと資料を作成したことを思い出す。当時の労働時間短縮の最大のテーマは週休二日制の一日も早い社会的定着と、年間平均労働時間の1800時間以内の実現であり、政労使あげての目標として社会的な認知を得た。
当時は週休2日制の社会化に向けての長いステップの途次にあり、特に中小企業における時短・休日増加が急務であった。
労働時間の短縮が生産性に与える影響をめぐる経営者の葛藤は悩ましく、経営者が大幅な時短に踏み切る決断は容易ではなかったが、ステップ・バイ・ステップで取り組み、牛の歩みの如く遅くとも、ということで少しずつ年間労働時間の縮減が進んだ。
労働時間に関連したもう一つの課題は、過長な時間外労働の問題であり、併せて未払い残業の問題もあった。
この時間外労働問題は、「前川委員会」より数年前の中労審(中央労働審議会、髙木は労働側委員として審議会に参加)で俎上に載り、時間外労働割増率(日本は20%、世界の大勢は発展途上国も含め50%以上、欧米は100%)の大幅改善と日間、週間労働時間数の削減の2点にわたる議論が白熱したが、特に時間外(深夜割増率改善も含む)については、当時の中労審会長・白井泰四郎法政大学教授の「労働基準法は法定条件を上回ることは禁じていない。何故、組合側は団体交渉で改善を図るための努力をせずに法改正に頼るのか、自らも少しは汗をかけ」という強い反論のため、議論は頓挫、その後、若干の改善・修正は行われてきているが、今日に至るも道半ばという状況である。
時間外と生産性の因果関係についても議論は多岐にわたるが、サービス産業の生産性統計の捉え方と共に、いま一度検討してみたらどうだろうか。いずれにしろ、日本の労働時間関連の状況は「働きすぎ批判」につながるもので、改善が求められるのは今も変わりはない。白井会長から批判された労働組合の団体交渉による割増率改善の動きも弱く、今では割増率50%以上を要求し交渉している組合は多くない。いつまでも「白井会長、参りました」で良いのか。組合側も再挑戦すべき残された課題である。
AI、DXへの的確な対応
世はAI時代、DXが進行する昨今、時間外労働の枠組みも変化してくるはずだ。労働組合には、団体交渉権、団体行動権があることを想い起こして良い課題のひとつに時間外労働問題がある。
再興が期待される生産性運動
ところで、近年各国から訪れる労働組合リーダーたちの疑問に「日本の労働者は生産性運動三原則に納得しているのか」といった類の質問が目立つ。その発言の背景には「資本家はそんなに甘くない。労働者への配分より資本蓄積の方を優先して当たり前、その証拠に日本では30年間生産性向上分の労働者への適正配分が行われていないではないか」と付け加えられる。反論がしづらい問題提起である。生産性運動の理念は単なる合理化対策や能率改善運動ではなく、産業民主主義に立脚し労働者を大切にする建設的な労使関係をつくるための基本認識の一つであることをしっかり押さえたい。
今、日本は30年余りにわたる賃金停滞の結果、経済成長力の鈍化に悩み、その再興が強く望まれている。労使が共感し合える姿を真摯に追求したい。
(2024年9月5日号掲載、全30回連載予定)
執筆:髙木剛氏(連合顧問) 髙木氏のプロフィールとその他のコラムの内容はこちらをご覧ください。