徒然なれど薑桂之性は止まず⑭ 司法制度改革①(増加する個別労使紛争への対応)
日経連による「新しい日本型経営」の強力なインパクトへの対応策の模索
1995年、日経連(日本経営者団体連盟)は「新時代の『日本的経営』」を発表した。これからの企業の雇用は長期勤続型の正規雇用、勤続年数に拘らない専門職型雇用、派遣労働やパートの非正規雇用の三類型の雇用で充足することが推奨されると述べ、派遣労働等の非正規労働者の雇用について社会的な合意を与えたかのように受け止められ、非正規雇用増加に強いインパクトとなった。
以降、非正規雇用は予想に違わず増え続け、今日では4割を超える労働者が非正規で働く状況が続いている。
非正規雇用、特に派遣型の雇用はルールに曖昧な部分が多く、特に派遣元と派遣先の共同無責任と言われても致し方のない課題を多発させ、いわゆる個別労使紛争が顕著に増大した。 個別労使紛争の内容は、解雇、賃金、労働時間、時間外労働等多岐に及び、派遣先・元の間の共同無責任の中でトラブルの長期化、労働者の泣き寝入りという結果が多発した。
従来、個別労使紛争は民事裁判や地域労働局による相談・斡旋・調停等を解決の方途としてきたが、時間のかかる裁判、有効な解決に導くことの難しい相談・斡旋では、個別労使紛争の増加に歯止めはかけられず、何らかの対処策を講ずる必要があった。
前途多難な個別労使紛争論議
この個別労使紛争の増加に対し、連合はとりあえずの対処方針として、「ドイツ型の労働参審制」の導入を目指そうくらいの緩やかなコンセンサスであった。日経連は労働調停の増加等を主張。厚労省や労働法学者の主張にも、個別労使紛争の増加を意識した強い主張はなく、政労使の間から、この課題の解決のための強いインセンティブが生まれてくる雰囲気はほとんど感じられない、というのが、司法制度改革審議会がスタートする頃の法曹界、労働界・労働法学者等の雰囲気であった。
この雰囲気の中でスタートした新審議会で個別紛争解決のための新しい司法手続き等の創設が可能なのか半信半疑の思いが強かったが、委員の中で労働界に関与しているのは私一人。ともかく「個別労使紛争解決のため」の新しい仕組みを創ろうとの声をあげるしかなく、「まさに蟷螂(とうろう)の斧」の心境であった。
審議会のブリーフィングから生まれた大きな副産物
審議会の最初のステージのブリーフィングに東大法学部教授の菅野和夫氏(専門は労働法)が登場した。司法制度政策のめざすべきこと等の話があり、その後自由討議に移ったが、私より「日本の『雇用』は民法の中の四カ条に関係規定が存在するが、『雇用』に関連する司法判断は判例の形で定着し、その実定法化が図られていない。個別労使紛争に対処するため、例えばドイツ型参審制のように非裁判官裁判員制度を取り入れる場合、判例解釈のレベルの影響を受ける。ぜひ実定法化にチャレンジしてほしい」という旨の発言をしたことがあった。菅野教授はこの私の発言に留意され、後に「雇用契約法」の制定に力を尽くされた。
菅野先生から「髙木の主張もあり『雇用契約法』の制定に努力したのに、連合の一部に反対論があり」と怒っていらしたとの由、菅野先生、どうぞお許し下さい。
(2024年9月25日号掲載)
執筆:髙木剛氏(連合顧問) 髙木氏のプロフィールとその他のコラムの内容はこちらをご覧ください。
おことわり
髙木剛氏は2024年9月2日に逝去されました(80歳)。謹んで哀悼の意を表します。本連載については、筆者より寄稿頂いた原稿(全22回)を最終回まで掲載してまいります。