徒然なれど薑桂之性は止まず⑯ 司法制度改革③(個別労使紛争増加への対応)

労働審判研修の立ち上げ

「労働審判制」に関する合意形成が整った後、非正規審判官である労働審判員の選任、審判員候補者の選抜と研修等施行に向けての準備として裁判所、経団連、連合等労働団体のそれぞれの役割分担に従って取り組んだわけだが、一番の難物は裁判員候補者の研修をどうするかであった。「労働審判制」に関する合意が整うことを事前に予測することが難しく、どこにも予算は計上していなかったため必要資金を工面しなければならなかった。結論は厚生労働省、特に戸狩事務次官のお陰で所要資金が確保され、裁判員候補者の研修コースが設けられた。研修の講師陣には菅野教授をはじめ労働学者、裁判所、弁護士会等の前向きな対応でテキストがつくられ、研修が全国各地で行われ、「労働審判制」のスタートに向けての準備が整った。
研修を受けた非正規裁判官である労働審判員の対応体制が整い、2006年4月に労働審判制はスタートした。
スタート直後はどのくらいの件数が労働審判に持ち込まれるのか心配もされたが、1年目(施行期日の関係で半年)で1千数百件、2年目以降は労働裁判件数と概ね同数の2千数百件に推移し、制度の定着が感じられるほどになっている。労働審判制の導入で裁判件数の減少を予想する声もあったが裁判件数に大きな変化はなく、個別労使紛争の早期解決に向け労働審判制が一定の貢献をしているという評価もある。労働界出身で「司法制度改革審議会」―「日本制度改革推進本部・労働検討会」の論議に参加し、主として個別労使紛争のスピーディーな解決を図るための制度として労働審判制の創設・定着に努力することができたのは、まさに望外の喜びであった。
なお、労働審判制をドイツ型の労働審判制に移行させたいという願望は残るものの、また個別労使紛争解決のためのコストを削減するという面も含めて法曹資格を持たない者(弁護士以外)でも原告の代理人になることが可能になる余地を労働審判法の中に残してあるので、非正規審判員の経験を積み重ねた者が代理人として裁判所の承認を得られる日が早期にやってくることを強く望んでいる。

残された雇用をめぐる課題の法制面の整備

日本の労働法制の課題の中には、いわゆるあいまいな雇用の問題や、非正規・正規を問わず問題山積のブラック企業による不法行為等、早急に法制面での整備が求められている課題があり、政労使三者それぞれの立場で努力が求められている。

集団的労使紛争と「実質五審制」の回避

なお、集団的労使関係のトラブル解決のための中労委・地労委を含めた実質五審制の改善の余地も放置されたままであり、21世紀も中葉を迎えつつある今日、同一事案で5回も同じ回路を通らなければ解決の出口に近づけない労働審判・労働委員会における「実質五審制」の改善も急ぐ必要がある。

日本生産性本部と司法制度改革

一連の司法制度改革は、かつての国鉄改革、政治改革同様、日本生産性本部がその運営を担ってきた。私が司法制度改革に関わって以降、前田和敬現理事長はじめ、尾崎純理弁護士、篠塚力弁護士、四宮啓弁護士、早野貴文弁護士、丸島俊介弁護士、須網隆夫早大教授など多くの専門家のバックアップをいただいた。民間司法臨調(2000年~)を皮切りに、司法改革国民会議(2002年~)、「国民の司法」を育てる300人委員会(2006年~)を通じ、司法の本質を知り課題を認識することができたのも、審議会での議論はもとより、こうした改革を進める同志のみなさんとの昼夜を問わない大いなる意見交換があったからだ。この寄稿を借りて、ここに改めて感謝申し上げたい。

(2024年10月15日号掲載)

執筆:髙木剛氏(連合顧問) 髙木氏のプロフィールとその他のコラムの内容はこちらをご覧ください。

おことわり

髙木剛氏は2024年9月2日に逝去されました(80歳)。謹んで哀悼の意を表します。本連載については、筆者より寄稿頂いた原稿(全22回)を最終回まで掲載してまいります。

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