徒然なれど薑桂之性は止まず⑱ 司法の国民的基盤の強化

日本の司法制度は欧米諸国に比べ、司法・訴訟の制度に法曹資格者(司法試験に合格、司法修習を終了した者)以外の者がいろいろな司法制度に直接当事者として関与する制度は少ない。特に訴訟における証拠調べや量刑決定の判断に直接当事者である素人裁判官や各種審判員、司法サービス等に従事する者は少なく、国民の司法参加のレベルは低い。
欧米では、陪審制や参審制が民事・刑事の訴訟で中心的な役割を果たしており、捜査の可視化のレベルも高い。
日本で国民の司法参加のレベルが低いのは何故か。
日本的官僚制の強い公務員の領分確保意識、そして司法制度という点では、大日本帝国憲法下の「天皇陛下の裁判官」という底流にある意識の影響が強く残っているという指摘がある。 今回の司法制度改革の眼目の一つが、国民の司法制度への関与のレベルを制度の範囲・種類を問わず引き上げようとする点にある。この国民の司法制度への参加レベルを引き上げるため、「裁判員制度」が新設され、一定の刑罰が予想される刑事裁判への導入が法制化された。「裁判員」には有権者名簿からくじで選ばれた5人が就任し、3人のプロの裁判官と共に証拠の吟味・量刑の決定を行う。

大日本帝国憲法の残滓

また、大日本帝国憲法から日本国憲法に切り替わる時に新設された「検察審査会」、すなわち、全国各地の地方裁判所のもとに設けられた犯罪容疑者の起訴・不起訴の適否を判断し、「起訴相当」「不起訴相当」等の検察官の判断を広く一般国民の感覚・意識でチェックするという制度は、日本における唯一といえる国民の司法制度への直接参加・関与制度であった。しかし、この「検察審査会」の諸議決は単なる「勧告」的有効性を有するに過ぎず、検察官の判断を修正する権能を持たない、いわゆる一つの所見の扱いであった。
この「検察審査会」の一定の議決に拘束力を持たせることにすることについて、審議会における論議は検察側が強く反対することもなくスムーズに進み、その結果、検察の「起訴絶対主義」「起訴便宜主義」の金科玉条的な運用もチェックを受けることになった。例えば小沢一郎氏の不動産がらみの事件が不起訴から起訴に修正され、訴訟に及ぶことになることも当時は想定外のことであった。
この制度変更の結果、本制度施行後10年で10件程度の案件が不起訴から起訴に切り替えられた。

小さな司法の克服・法曹人口の増加

日本の司法の弱点は「小さな司法」と呼ばれるとおり、少ない法曹人口で社会の安全・安心を確保することを目指してきた。しかし、これには日本の古代からの犯罪・不法行為への対処等とその影響を受けた国民の高いレベルの遵法精神のお陰という認識も与(くみ)している。
欧米諸国と比べた日本の法曹人口はアメリカの5%、ヨーロッパ諸国と比べても格段に少ない。法曹人口の増加を待望する声も多いが、一方で弁護士の職能団体である日弁連(日本弁護士連合会)の強い反対で司法試験合格者数は毎年1,500人に絞られていた。
司法制度改革審議開催の頃、司法試験合格者数1,500人を大幅に増やせないかという議論が侃々諤々闘わされ、審議会委員でもあった中坊公平日弁連会長(当時)は1999年の日弁連の臨時総会で「3千人の司法試験合格者を認容する決議」を激論の末、議決。審議会もこの3千人案を諒とし、それに見合う司法修習プログラムを準備することになった。また大学教育も法学教育を見直し、法科大学院の設立を文部科学省「大学審議会」の論議を経て行うことになった。なお、司法試験合格者数はその後、3千人は多すぎるという声に押され2千人に減員され、法科大学院も社会人入学者数の減員等の修正が加えられ今日に至っている。

(2024年11月5日号掲載)

執筆:髙木剛氏(連合顧問) 髙木氏のプロフィールとその他のコラムの内容はこちらをご覧ください。

おことわり

髙木剛氏は2024年9月2日に逝去されました(80歳)。謹んで哀悼の意を表します。本連載については、筆者より寄稿頂いた原稿(全22回)を最終回まで掲載してまいります。

関連するコラム・寄稿