第24回 見えない鮮度を「判断できる情報」へ 食品ロス削減に挑む Milk.(最終回)

連載「ミライを変える革新力」㉔ 食品ロス削減に挑むMilk.

レモンの出荷作業。段ボール箱のふたが開けられ、中からレモンが姿を現す。色つやは良く、見た目に問題はない。だが、見た目はきれいでも、中から突然傷むことがある。経験を積んでもその不安は根深い。
手のひらサイズの小型機器。レモンの表面にそっと当て、数秒待つ。画面に表示された数値を確認する。数値で劣化の時期を予測する。機器は、スタートアップ企業、Milk.(東京・港区)が開発した食品鮮度測定デバイス「イロドリ」だ。

見えない鮮度を「判断できる情報」へ

一般的なカメラが赤・緑・青の三原色で色を捉えるのに対し、食品の状態変化を捉えやすい18種類の光(波長)を用いて測定。細胞内の色素分子の変化を解析することで、人の目では分からない鮮度や劣化の兆しを数値として示す。長年、勘と経験に頼ってきた判断に、客観的な裏付けが加わった。
技術の基盤にあるのは、宇宙開発や医療分野で活用されてきたハイパースペクトル技術だ。同社の事業ブランド「インビジブルワールド」は、ハイパースペクトルカメラ技術を核に、「目に見えない世界を解き明かす」取り組み。従来のカメラが赤・緑・青の三原色(RGB)で世界を捉えるのに対し、同社の技術は最大141の波長情報を取得できる点が特長だ。
同社を起業した代表取締役CEOの中矢大弓氏はこう話す。「必要な波長のみを選定する『少原色化』というアプローチを採用。用途に応じて波長を絞った『ユニスペクトルカメラ』を開発することで、量産性、低コストを実現した」。
中矢氏は、高校卒業後、アメリカの研究所で物理学を学ぶ。「がんのメカニズムを物理的に解明したい」と考え、8年前よりハイパーススペクトルカメラによるがん細胞研究を北里大学と開始。約50件の学術成果と特許2件を取得し、Milk.を創業した。
中矢氏は「研究の現場では、細胞など、ほんのわずかな色の違いが、生死を分ける判断材料になる。その経験から、農業や食品の現場でも見えない情報を可視化すれば無駄は減らせると考えた」。

「イロドリ」
レモンの鮮度を測定する「イロドリ」
廃棄ロスを削減する流れ
廃棄ロスを削減する流れ

日本では、まだ食べられる食品が年間約500万トン廃棄されている。その多くは流通や小売の現場で生じる「事業系食品ロス」だ。鮮度を定量的に評価する手法が乏しく、「念のため」「安全側で」という判断が過剰廃棄につながってきた。「イロドリ」は、その曖昧さを埋める道具となる。「劣化しやすい食品は早めに流通させ、鮮度が保てるものは消費期限を延ばす。判断の精度が上がれば、廃棄削減に加え、品質事故の防止や返品コストの低減も期待できる」と中矢氏。
こうした取り組みが評価され、AgVentureLab(アグベンチャーラボ)が運営するスタートアップ支援の「JAアクセラレータープログラム」に採択された。果実や精肉、魚介類に加え、土壌の水分量や栄養状態の測定など、活用範囲は広がりつつある。
中矢氏は、技術の役割をこう位置づける。「私たちの技術は、経験や勘を否定するものではなく、現場の判断をデータで裏付けることで、迷いを減らし、次の世代へ知見をつなぐためのもの」。属人的になりがちな判断を補完し、人手不足も解消し、生産性向上を図り、持続可能な現場づくりに貢献したいという。
Milk.は、食品分野にとどまらず、医療分野では、がんの早期診断を目指す研究を進めている。細胞の色の違いから「がん」と「非がん」を識別する技術で、医療機器としての実用化に向けたデータ収集段階にある。宇宙分野では人工衛星搭載用カメラの開発、インフラ分野では自動車の塗膜検査などにも技術を応用する。
レモンの倉庫で示されたひとつの数値。単なる測定結果ではない。それは現場の判断を支え、無駄を減らし、選択肢を広げる新しい基準だ。光とデータによって「見えない」を「判断できる」に変える試みは、食品ロス削減の現場から、社会の意思決定のあり方を問い直し始めている。(最終回)

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