第12回 自前主義脱却し、共創を進めよ 2名の有識者にインタビュー
連載「生産性改革 Next Stage」⑫ 自前主義脱却し、共創を進めよ
生産性を巡る最前線の改革や今後の展望などを探る連載「生産性改革NextStage」は、「イノベーション創出」をテーマに、東京大学特命教授・名誉教授で開志専門職大学学長の各務茂夫氏と、マクアケ代表取締役社長の中山亮太郎氏がインタビューに応じた。イノベーション創出のためには、企業が陥りがちな自前主義から脱却し、他社との共創が重要との認識を示した。
若い力で社会を変え、変革起こす
WIPO(世界知的所有権機関)が発表した「グローバル・イノベーション・インデックス2025」によると、日本のイノベーション力は12位となった。昨年より順位を1つ上げたが、アジアの中でも韓国(4位)、シンガポール(5位)、中国(10位)の後塵を拝している(=右表)。
各務氏は日本企業が競争力を高め、イノベーションを創出するためには、強いリーダーシップのもとで、自前主義を捨て、M&Aによる選択と集中を進めることが重要になるとの考えを示した。産学連携においても、トップの関与を強め、事業化に向けてリスクを取る覚悟が求められていると指摘した。
また、グーグルやメタ、アップル、ソニー、ソフトバンクなどが、若い起業家によって立ち上げられたことを指摘した上で、「しがらみのない、過去を否定する必要がない若い人たちには、社会を大きく変える力がある。若い人たちを中心とした社会を作ることが、今後の日本のイノベーションを形作る」と述べた。
そして、「教育者として、起業家を育てる教育プログラムを組み、若い力を後押ししていきたい。日本は大企業中心の考え方からも脱却しなければならない」と意欲を示した。
一方、新商品や新サービスの企画から、テストマーケティング、マーケットデビュー、量産、そして売上規模の拡大までを一貫してサポートしているマクアケの中山氏は「生産性を測る指標として、多くの会社はもちろん当社としても経営の中では一人当たりの粗利額を指標として重視している。企業は、一人当たりの粗利が高くなるビジネスは何なのかに対し、目をそらすべきではない」と話す。
その中で、中山氏は、多くの日本企業がBtoBに事業をシフトする一方、コンシューマービジネスでイノベーションを生み出す日本企業が減少していることに対して、「悔しい」と述べた。そして、それがマクアケのビジネスを起こす動機になっていることを明らかにした。
そのうえで、BtoBだけでなく、BtoCにも事業領域を広げる企業が出てくることに期待感を示した。「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングが、自社の顧客の声を聞き、新商品開発に反映させるなど、コンシューマービジネスを世界市場で成功させていることを例に出し、「100%自前でやらなくても、弊社のようなパートナーを見つけて、共創することができれば、生活者向け商品でイノベーションを起こせる」と述べた。
もう一度ヒット商品を日本から
中山亮太郎 マクアケ代表取締役社長
中山亮太郎 (なかやま・りょうたろう)2006年、サイバーエージェント入社。2013年にマクアケを創業。22年に第4回日本サービス大賞・経済産業大臣賞受賞。
顧客の声を商品開発に反映
かつては、大手量販店やスーパーと取引し、テレビCMを大量に流し、商品棚を押さえれば、モノが売れる時代があった。そのやり方が通用しなくなり、イノベーションの意思決定が、現場もトップもできなくなった。
多くの企業がBtoBに注力する意思決定を行い、素材や部品、インフラなど川上の分野に強みを持ち、イノベーションを起こしてきた。一方、BtoCでイノベーションを起こすプレーヤーがどんどん減ったのはもったいないし、悔しい。
イノベーティブな技術と顧客をどう繋ぐかがビジネスにとって重要だ。BtoBについては、企業の営業が顧客と近く、コミュニケーションを取りやすい。顧客のニーズを把握している自信があるから、イノベーションの意思決定がしやすい。
これに対し、BtoCでは、顧客との距離があったり、顧客の多様性がありすぎて、企業のマーケティング部や営業部では把握しきれないか、把握したつもりでも、自信を持てない。
この作業をシームレスにできているのが、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングや「無印良品」を展開する良品計画だ。両社は自社店舗や自社ECを大規模に展開し、顧客の声をダイレクトに吸い上げ、新商品の開発に反映させている点がBtoCにおける成功の秘訣だと思う。自社のWebサイトや店舗でテストし、自信が深まれば、一気に全国展開、全世界展開に持っていくことができるビジネスモデルは、当社が事業者支援を行う上でも参考にしている。
他社と共創しBtoCを展開
資本力のある大企業は、自社で全てを賄うこともできるかもしれないが、中堅・中小企業には難しいし、大企業でも製販分離の構造を持っていると、市場の声を聞き、変化に対して自信を持って意思決定することができないケースもある。生活者に対して、自信を持って商品を出せる構造作りができれば、ヒット商品を生むことができる。
マーケットの声を聞くには、データや顧客の生の声が必要だ。新商品や新サービスの企画、テストマーケティング、マーケットデビュー、量産、そして売上規模の拡大までを一気通貫で取り組めるかがカギを握る。
私たちは、それを100%自前でやる必要はないということに気づいた。売る、広げる、知ってもらう、ニーズを知るなど、得意とする企業と共創しながら構築していく手段があることを知ってもらいたい。
一人当たりの粗利を高く作れるビジネスを探す際に、もう一度、BtoB、BtoCにこだわらず市場を広く捉えても良いのではないかと考えている。そうすれば、日本は、川上から川下までに強みを持った産業構造になれる。自社ですべてを賄えなくても、良きパートナーを見つけて、共創することができれば、粗利の大きいBtoCでイノベーションを起こせる。
AI時代も人間が意思決定
一人当たりの生産性を高めるために、AIは強力なツールになる。着眼点を整理する作業や、競合になりうる商品・体験を収集するといった作業を短時間でできる。空いた時間で、人間にしかできない作業に向き合うことができるので、これを取り入れない理由はない。
ただ、「イシューは何か」についての意思決定は人間が行うべきだ。解決したい課題が的外れになると、AIが素晴らしいロジックを組んでも的外れになる。「イシュー」を決めたら、それを解決するために何が必要かという課題は、AIが解決してくれる。
パソコンやインターネットが登場したときと同じで、AIを使うか、使わないかの議論は無意味だ。企業はトップダウンでAIの効果的な活用を積極的に進めていくべきだ。
過去を否定するリーダーが革新生む
各務茂夫 開志専門職大学学長
各務茂夫(かがみ・しげお)1982年、ボストン・コンサルティング・グループ入社。東京大学産学協創推進本部、工学系研究科教授等を経て2025年に現職。日本ベンチャー学会前会長。
日本社会は継続性を重視
米国の上場企業の平均寿命は17年程度だ。この新陳代謝は、主にM&Aによってなされており、生産性が高い企業が生産性の低い企業を買収するのが一般的だ。企業経営に失敗した場合は、多くの場合はCEOが交代し、大きな改革をするなど、社会にダイナミズムが組み込まれている。
一方、日本の場合は「継続」が、社会にビルトインされている。日本企業にはかつて系列があり、メインバンクが比較的リスクがある事業でも投資することができ、製造業を中心にイノベーションを生んできた。
製造業においてモジュール化が進むと、日本の製造業の強みが生きない状況が起きた。コーポレートガバナンス改革の一環として、ROEの改善を求める圧力が強まる中で、過去の成功モデルを否定し抜本的な変革に踏み込んだ企業は少ない。
例外もある。カメラのデジタル化というパラダイムシフトが起こった時、米コダックが破綻に追い込まれる中で、富士フイルムが新規事業を起こし、事業構造を転換した。当時CEOだった古森重隆氏とCTOを務めた戸田雄三氏らのリーダーシップが発揮されたからだ。
継続性が重視される中で、過去に成功した社長が次の社長を選ぶと、過去のKFSに引きずられ新機軸を追求しにくいという面もある。イノベーション創出には、過去を否定するリーダーシップが必要になる。
産学連携はトップが鍵
「自前主義からの脱却」の重要性が指摘されて久しいが、日本企業は、うまくいっていない。これに対し、グーグルは、AndroidやYouTube、DeepMindなど基幹的な事業を含めて企業買収を行い、インテグレーションして戦略的な成長を遂げてきた。
東京大学で企業との産学連携に関わった経験から言うと、多くの案件が研究開発の担当者レベルとの共同研究であり、金額も大きくない。中には100万円に満たない研究もあり、ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文氏の言葉を借 りれば「たいした研究はできない」。
産学連携を実質的にならしめるには、互いにトップが介在する必要がある。東京大学では、産学協創推進本部に名称を変え、10年で100億から200億円規模の案件を作ることを目標に掲げた。
さらに、ほとんどが「共願特許」(共同出願特許)で行われていることも問題だ。企業の研究者にとっては、特許が生まれると、社内の評価が上がる。しかし、企業側で事業に結び付けるルートを持っていないと、イノベーションやプロダクトが生まれない。米国では早くからこの問題に気づき、MITやスタンフォードなどの大学は研究成果を単独特許で行い、スタートアップで事業化に取り組んでいる。日本でも、大学が単独出願特許を多く積み重ねて、その中のいくつかが大きな事業化に結び付くチャネルの構築に取り組むべきだろう。
グローバルで資金調達を
日本は米国に比べて経営人材が乏しいという問題もある。研究成果を企業に橋渡しする役割を担うTLO(技術移転機関)などの組織は、米国ではPh.D.を持った人材の集まりだが、日本では必ずしもそうではない。市場やビジネスを知り、研究者と科学についても対等に語れる人材を備えたTLO組織への改革が必要だ。
事業をスケールアップするには、豊富な資金がある米国のベンチャーキャピタルの目に留まることが重要だ。ディープテック系のビジネスは、最初からグローバル市場を目指して資金調達戦略を考えるべきだ。地場のベンチャーキャピタルを相手に、タームシート(基本条件書)を日本語だけで作ると、米国行きが遠のくこともある。
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