第9回 働き手確保へ国を挙げた抜本策を 2名の有識者にインタビュー
連載「生産性改革 Next Stage」⑨ 働き手確保へ国を挙げた抜本改革を
生産性を巡る最前線の改革や今後の展望などを探る連載「生産性改革 Next Stage」では、「労働力不足・人手不足」をテーマに、住友林業代表取締役会長の市川晃氏と電機連合(全日本電機・電子・情報関連産業労働組合連合会)会長の神保政史氏がインタビューに応じた。両氏は、労働力人口減少の時代を控えて、国を挙げた抜本改革が必要であると指摘した。
ジョブ型に対応する教育改革必要
人口減少と少子高齢化が進む一方で、女性と高齢者の就業率向上が進み、労働力人口はまだ増加しているが、労働政策研究・研修機構の推計によると、経済成長と女性や高齢者等の労働参加が一定程度進んでも、今後は減少に転じる見込みだ(=図表)。
国も力を入れているが、人口減少には歯止めがかかっていない。2024年に日本で生まれた日本人の子ども(出生数)は68万6061人で、初めて70万人を下回った。一人の女性が生涯に産む見込みの子どもの数を表す「合計特殊出生率」は1.15で、統計がある1947年以降で最低となった。
神保氏は「もっと踏み込んだ抜本的な対策を、国を挙げて取り組む必要がある」と危機感を示す。市川氏は「産業別の就業者数を見ると、増減がまだら模様になっている。一概には言えないが、すでに多くの企業が人手不足を感じている」と話す。
コロナ禍以前は、労働力人口の減少が迫っていることは明らかだったが、今ほどの人手不足を感じる企業は少なかった。しかし、コロナ禍では外食産業や観光業を中心に業務がストップし、多くの労働者が転職を余儀なくされた。コロナ収束後、経済活動が再開され、インバウンドが増え出すと、人手不足を理由にした倒産が出るなど、人手不足が企業経営の持続可能性を危うくしている。
コロナ禍をきっかけに、DXの必要性が急速に高まっているほか、生成AI など様々な新しいテクノロジーも登場した。しかし、企業の中には、それらをマネジメントする人材が圧倒的に不足している。
市川氏は「IT人材など企業が求めている人材を採用できないのは、労働市場の需給のバランスが崩れ、人材が偏在しているからだ」と指摘する。
産業界などでは、女性活躍の推進や高齢者の定年延長・再雇用といった制度を充実させることによって、労働力の確保に取り組んでいる。しかし、戦力化した高齢者に見合う処遇の改善や、子育てと仕事の両立が当たり前になる意識改革や処遇の改善など、課題は多い。
神保氏は「職能的な考え方に基づいた処遇を徹底させるべきだ。世代やジェンダーの垣根を越えて、能力に応じた処遇を実現する必要がある」と指摘する。
また、両氏は、ジョブ型に対応した専門人材の育成が、日本の産業界の持続可能性を高めるためには喫緊の課題であるとの認識を示した上で、技能を育てるメリハリをつけた教育システムへの改革が必要であるとの考えを示している。
職人技をリスペクトする社会に
市川晃 住友林業代表取締役会長
市川晃(いちかわ・あきら)1978年、住友林業入社。同社代表取締役社長等を歴任し、2020年に現職。23年から日本生産性本部理事、25年から同副会長。
人手不足がコロナ禍で深刻化
総務省の労働力調査によると、就業者数はまだ増えているが、産業別に見ると、増減はまだら模様ながら、かなりの企業が人手不足を感じている。コロナ禍以前から労働力人口の減少の危機は指摘されていたが、正直これほどの人手不足感はなかった。コロナ禍で外食産業や観光業を中心に業務がストップし、多くの労働者が転職を余儀なくされた。そして、コロナが収束し、経済活動が再開され、インバウンドが増え出すと、供給制約が一気に表面化している。
一方で、コロナ禍をきっかけに、DXの必要性が急速に高まり、生成AIなど様々な新しいテクノロジーも登場した。しかし、それをマネジメントする人材が圧倒的に不足している。企業が求める人材像と、労働市場の求職者との間の需給バランスが崩れた結果、多くの企業が求める人材を採用できていない。人材が偏在する形で労働力不足が起こっているのではないか。 コロナ禍を経て、多くの企業が新しい分野へ進出する中で、新分野を担う人材の数は足りない。AIエージェントなどの新いテクノロジーの登場もあり、社内の人材ですべてに対応するのは難しい。外部に人材を求めざるを得ない企業がほとんどで、国内の全産業で同様の展開が求められるので、人材の偏在による人手不足は深刻化する。当社の場合も、新入社員の採用数は増えているが、伸長している海外事業に対応できる人材の採用は簡単ではない。
専門人材でキャリア採用増
新卒一括採用した社員のスキルを高め、適材適所に配置するという従来型の方法では、時代のスピードに追い付けなくなっている。企業にとって必要なスキル、経験、資格などを持つ人材を、職務内容などを限定して採用するジョブ型雇用の重要性も高まっている。
当社では専門人材を採用するため、ジョブ型のキャリア採用の割合を増やし、職種によってはほぼ半々になっている。建設業界では安全管理の基準が厳しくなり、資格保有者が法的にも要求される。キャリア採用で補充するとともに、社内の人材育成もスピードアップしなければならない。
今、高専(高等専門学校)の人材は引っ張りだこの状況だと聞く。これは、ジョブ型に対応した専門人材を育成する高等教育が求められていることを示している。これまでの画一的な教育から、メリハリをつけた教育システムに変える必要がある。
技術を継承し評価する社会に
エッセンシャルワーカーの仕事はデジタルで代替できない。守り育てていくべきもので、処遇の改善は喫緊の課題だ。欧州では熟練技術者が尊敬を集め、処遇も整っている。日本でも汗をかく若者が夢を持てるような稼げる仕組みをつくるべきだ。
日本の木造建築の技を継承する人材を育成している住友林業建築技術専門校では、高校卒業後、1年間寮に入って、給料を受け取りつつ技術を習得することができる。卒業後は住友林業ホームエンジニアリングの技能職社員として「住友林業の家」の施工に携わり、その後、一人親方として独立したい卒業生にはその夢をサポートしている。近年、協力工務店社員の受け入れや、左官養成コースを新設するなど入学者数を増やしており、女性の数も増えている。
状況に応じた対応をしながら、最大のパフォーマンスを発揮できるのは人間だけだ。ドイツではマイスター制度という高度な技術や知識を持つ人を育成し、社会的に評価する仕組みがある。また、世界の青年技能者が集まる技能五輪国際大会では、日本の大工を含めた技能者が優秀な成績を収めている。海外では報道されるが、日本ではほとんどニュースにならない。職人技を評価する社会に日本も変わらなければならない。
能力と処遇の乖離、解消を
神保政史 電機連合会長
神保政史(じんぼ・まさし)1989年、三菱電機入社。三菱電機労連会長等を経て、2020年に現職。同年から日本生産性本部理事、24年から同副会長。
高齢者の技能伝承が課題
人口減少が進む中で、働く現場では、労働力人口を何とかキープするための様々な対策が行われている。電機産業で言えば、高齢者の活躍の場を広げるため、法整備の動きに先駆けて、定年延長や再雇用制度などの整備を進めている。女性活躍推進では、働きやすい環境を作ることに力点を置いている。
高齢者雇用については数の確保はできても、技能や技術を伝承するという意味では、課題を抱えている。高齢者に支えられている現場が数多くある。
高齢者の活躍が進んでいるにもかかわらず、それにふさわしい処遇になっているとは言い難く、改善の余地がある。「同一価値労働同一賃金」の考え方からいうと、60歳以上の処遇については、従来の制度の延長ではなく、見直しが必要だろう。
厚生年金の受給要件の引き上げに合わせて、雇用延長制度が導入され、60歳までの処遇形態と、60歳以降の処遇形態を別に考えるようになった。同じ役割・責任を担うのであれば、同じ賃金にすることが「同一価値労働同一賃金」の考え方に適うはずだが、完全にそうなってはいない。60歳以上が活躍しないと人手不足の解消は難しいのが現実で、役割・責任に応じた処遇の構築を急ぐ必要がある。
処遇の改善に関しては、高齢者だけにターゲットを絞っているのではなく、全体で処遇の在り方を捉える必要がある。具体的には、電機産業で導入が進んでいるジョブ型人事制度を代表とする職能的な考え方に基づき、高齢者、若手、中堅という垣根を越えて、能力に応じた処遇を実現することで、全体を底上げしていくことが重要だ。
女性活躍が「当たり前」に
女性活躍では、非正規の処遇の問題やキャリア形成の問題など課題は多い。キャリア形成の問題は解決しつつあるが、育児・介護との両立をはじめ、ライフステージに合わせて働き続けられる環境や、一度休職して再び戻ってきたときにキャリアが継続できる環境の整備だけでなく、「それが当たり前だ」という意識や風土の醸成が必要だ。若い世代が管理職層になるころには、「当たり前」という意識が浸透しているだろう。
技術の活用で人手不足に対応
合理化・自動化によって雇用が失われるという反発や論議はいつの時代でもあるが、今はDXの導入によって生産性を高め、余力ができたリソースを成長分野へと集中的に投下することに繋がるという意識に変わってきている。さらに新たな技能の習得には、リスキリング等の取り組みにより能力を高めることで、より活躍の場を広げることができる。
AIについては多くの分野で活用が進む。技術の伝承については、人から人へという方法だけではなく、データ化して、AIに学習させ、プロセスや工程に組み込む形での技術伝承の取り組みも始まっている。この仕組みを使えば、匠の技術の伝承だけでなく、技術をより進化させることも可能になるだろう。
AIや自動化、デジタル化で人手不足を埋めることが期待されているが、財務的に余力がなく、専門的な人材がいない中堅・中小企業にとっては、そう簡単に実現できるものではない。経済的な支援やノウハウを教えるといったコンサルティング的な支援も必要になる。日本のモノづくりの土台であるサプライチェーンを、「中小企業の問題だ」と考えるのではなく、産官学を挙げて一つの政策として取り組むべきだ。
工業高校の数が減るなど、モノづくりを学ぶ学生が減少し、全国で争奪戦が繰り広げられている。人口減少の中で画一的な高校教育を提供するのではなく、どういう分野の人材を育成するのかについて戦略を立案し、産官学で連携して教育機会を増やしていく必要がある。
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