最終回 中長期的な視点で労使協議を 2名の有識者にインタビュー
連載「生産性改革 Next Stage」⑬ 中長期的な視点で労使協議を
生産性を巡る最前線の改革や今後の展望などを探る連載「生産性改革 NextStage」は、「労使関係・労使協議」をテーマに、運輸労連(全日本運輸産業労働組合連合会)中央執行委員長の成田幸隆氏と、立正大学経済学部教授の戎野淑子氏がインタビューに応じた。
労使の信頼構築で生産性改革
成田氏は、労使関係の課題として、M&Aによる事業の再編が進み、持ち株会社の傘下に事業会社がぶら下がる形になった時の労働組合の再編成を挙げた。「運送業界でも、M&Aが進んでおり、同じ運輸労連加盟の労組であれば労組の再編もやりやすいが、違う産業別労働組合に加盟していた場合は簡単ではない」(成田氏)。
例えば、合併企業の賃金など両社で格差のある待遇をどう調整するかは骨の折れる交渉になる。さらに、これまでは、労働条件について事業会社と労働組合が交渉を行っているが、今後は議題によっては、労働組合が持ち株会社との話し合いの場を求める必要が出てくる。
成田氏は「大きな経営方針を決めるのは持ち株会社であり、その中に、労組との交渉の窓口を設けることが今後の課題になる」と話す。そして、「会社の経営方針は、組合員に影響することも多く、経営に対してモノを言うためには信頼関係を築くことが大事になる」との考えを示した。
一方、戎野氏によると、最近の労使協議の内容について、賃上げ交渉や働き方改革など目の前の職場の改善については熱心に取り組んでいるが、5年先10年先の生産性と雇用の関係性や、技術革新に対する人材育成などについて本腰を入れて話し合う姿勢があまり見られないという。
戎野氏は「戦後の労働組合の幹部が口々に言っていた『生産性向上を図るにあたって効率化は一つの手段にすぎず、それが全てではないし、同義語でもない。生産性向上は中長期的な発展のためにある』という言葉の重要性を思い出すことが必要だ」と話す。
また、戎野氏は「最近の賃上げ交渉では、物価高に対して、労使が協調して取り組むなど、日本の労使関係の良さが出ていることは間違いない。しかし、労使交渉は対立もありながら、それを乗り越えた上での協調関係が大事だ。まず協調ありきというのは、本来あるべき日本の労使関係ではない」との考えを示した。
女性や若者の本音引き出す労組に
成田幸隆 運輸労連中央執行委員長
成田幸隆(なりた・ゆきたか)1982年、日本通運入社。全日通労組委員長等を経て、2023年に現職。同年から日本生産性本部理事。
労使協調して社会課題解決
単組の役員になり始めたころにバブルの崩壊や阪神淡路大震災があり、日本の景気は厳しくなった。労組は雇用を守ることが大前提であり、そのために労使で話し合いをしてきた。失われた30年を経て、ようやくこの数年で、賃上げが実現されてきたが、雇用を守ることが大前提であることは今も変わらない。
これまでの労使関係でストライキを経験したのは数年ぐらいで、しかも、時限的なものだった。最近はそうした紛争もなくなりつつあり、対話と信頼を基本にした労使関係を継続することができている。
産別労組は、交渉相手が企業というよりも、業界団体であり、政府や国会議員との関係も重要になる。私たちの物流業界では2017年あたりから、モノが運べなくなる「物流クライシス」が叫ばれ、注目を浴びた。
「2024年問題」に対して、トラック業界も、行政も、そして労組も、「何とかしなくてはならない」との思いで取り組んできた。最大のポイントは「働く人たちの労働条件の改善」であり、労使が同じ方向を向いて、国会を巻き込んで新法を成立させるなど改善を続けてきた。
「2024年問題」は解決していないが、2024年を迎えても物流が滞ることなく、大きな混乱も見られなかった。その背景には、日本で動いている貨物輸送量が年々減少していることがある。宅配便は増え続けているが、急激な物価高などもあり、商業貨物は減り続けている。
業者や荷主の物流改革の成果もあるが、何とかモノが運べているのは、この物流の減少とドライバーの日々の努力である。しかし、トラックドライバーの平均年齢は50歳を超えており、若い人や女性にこの業界を選んでもらえなければ、2030年には34%の労働力不足に陥る。次はこの「2030年問題」に対処しなければならない。
女性や若者が活躍する組合に
労組でも、若い人たちや女性が、どうすれば組合活動に参加してもらえるのかを考えることが、私たちの最大のテーマだ。連合は、芳野友子会長が就任して以来、ジェンダーに対する取り組みが飛躍的に進んだ。運送業は圧倒的に女性が少なく、ジェンダーの取り組みは遅れているが、女性の活躍がなければ、この業界は成り立たない。
運輸労連で女性委員会の集まりがあり、40人の出席者が全て女性という中で、私が男性一人で参加して話を聞く機会があった。組合活動に女性参加を促すために様々なことを考えているつもりでいたが、「どうして男性は、常にパワハラ、セクハラっぽい話し方をするのか」など、職場では胸に秘めている彼女らの本音の話が飛び出した。会社でも組合でも、大勢の男性の中で女性が少数という場面が多く、そういう場所では言いたいことが言えないのだという。
女性や若い人たちに活躍してもらうにはどうしたらいいのか。これまでの組合活動では会議の時間が長く、夜の会合の参加を求められることもある。一方で今の若い人たちはプライベートの時間を大切にする。休日をつぶして組合活動に充てなければならない時代ではない。
聞く側の立場に
若者や女性が活躍できるような環境にするためには、私たちのような年配の人たちは静かに話を聞くという姿勢が大事だ。これまでの常識は、今では非常識であると思った方がいい。
自分たちの成功体験を話すだけでは、女性や若い人たちからの意見を引き出すことはできない。一方的に話すという方法では、聞く側の立場に立てない。委員長に就任した時から言っているのは、「伝えるのではなく、伝わる運動をしよう」ということだ。「伝わる」というのは相手側に主導権がなくてはならない。相手に意見を言ってもらう形で、話をすることが大事だ。
主張か妥協かは国民経済的観点で
戎野淑子 立正大学教授
戎野淑子(えびすの・すみこ)慶應義塾大学大学院博士課程修了。立正大学経済学部准教授等を経て現職。専門は労働経済学、労使関係。
労使関係が日本経済支えた
生産性向上は日本の労使関係の鍵だ。日本の労使関係は協調的であると、諸外国から言われてきたが、一貫して協調的だったわけではない。戦後、ストライキの激しい時代もあったが、日本の経済発展の要である生産性向上に関して、労使は立場の違いを超えて一緒に問題点を考えた。
労使がそれぞれの立場から問題提起すれば、対立するのは当然だ。それを乗り越える時に重要になるのが、生産性運動三原則の基本である「国民経済的観点」である。それに照らして、妥協するときは妥協し、主張するときは主張するという姿勢を続けてきた。もちろん、労使交渉ではいい話ばかりではなかったが、中長期的に日本経済の発展を支えてきたことは確かだ。
労使交渉で中長期課題を議論
現在はどうか。連合総研で調査した時、雇用危機に対応する受け皿を作る必要があるかという問いに対し、「必要だ」と答えた労組はたった2割だった。今日、技術革新に直面する中でも、危機感を持っている労組が決して多くなかったのは私にとっては衝撃的だった。
労組の役員に詳しく話を聞くと「今の会社の技術を持っていれば、他でもやっていけるはずだ」ということだった。しかし、今はそうかもしれないが、5年先10年先にその技術が通用するのか、どこで通用するのかという問題に関しての言及はなかった。多くの労働者が失業や貧困に陥れば、生産性向上はありえない。今、労使交渉に中長期的な視点が失われているのではないかと懸念している。
労使協議の内容に関する調査では、働き方改革の具体策など目の前の職場の改善などには熱心に取り組んでいることが分かった。しかし、5年先10年先の生産性と雇用の関係性や、技術革新に対応する人材育成と雇用の確保などについて、労使でひざを突き合わせて話しているという声はあまり聞かれなかった。
また、調査の中では、「要求額をどう決めるか」という問いに対し、「組合員の意向が優先」という回答は半分しかなく、後の半分は「経営側の支払い能力が優先」と回答している。要求の段階で、経営側の意向に配慮するような交渉方針では、組合員の意向や気持ちが反映された協議になり難い。協調が前面に出すぎると、組合員は心の中では「誰を代弁しているのか」との不信感を抱きかねない。労組に対する信頼が揺らぎ、本来のあるべき労使関係とは言えない。
産別労組の役割に期待
人生100年時代の従業員を一企業だけで支えていくことが難しい中で、私が期待しているのが産業別労働組合だ。産別労組が、日本の産業を発展させていくためにどうあるべきかを打ち出すことは、経営側にも社会的にも大きなメッセージになるだろう。産別労組の取り組みを強化していくことが、広い視野で中長期的な視点を持ち続けることを可能にすると考える。
そして、地域として人材をどう育てていくのか、地域の産業はどうしていくのかを考えることも重要だ。ある地方の中小企業の部品メーカーは「どんなに経営が苦しくても人を切らない」という姿勢を貫く。「自分たちはこの地域の中で役割を果たしており、その役割を放棄してしまえば、地域は成り立たない」という責任感があるからだ。
今は人手不足と言われるが、その会社には人は集まるし、辞める者も少ない。中長期的に視野を広げ、生産性運動三原則の国民経済的観点から考えるなら、地域で人を育てていくことは不可欠だ。中小零細企業が火の車で、人を育てる余裕がない中で、それを放っておいてよいのか。これからの産業をどうするか、地域をどうするかという取り組みを積み重ねる中で、持続的発展をもたらす国全体の生産性向上が見えてくるはずだ。
新たな一歩を踏み出す生産性改革
生産性改革の新たなステージはどうあるべきか。連載「生産性改革NextStage」では、その答えを探るため、生産性改革に関わる13のテーマを選び、経済界、労働界、学識界の総勢25人から最先端の見解を聞いた。その中には、現状の生産性改革における課題や、取り組むべき方策について、いくつかの共通するキーワードや解決へ向けたヒントがあった。
労働力不足はピンチではあるが、大胆にAIやDXを導入するチャンスでもある。人のココロやウェルビーイングが重視される経済へと変わりつつある中で、経済規模ではなく経済の質をどう高めるかという課題にも直面している。また、無形資産投資、とりわけ人への投資の重要性は、多くの識者が共通して口にした。
社会経済の構造転換が急速に進む中で、労働のあり方も大きく変わっている。正社員と非正規社員の格差の是正、AI時代の労働者保護、イノベーションを創出するための教育や人材育成など新たな課題も浮き彫りになった。
今回の「労使関係・労使交渉」で連載は最終回を迎えたが、日本生産性本部の生産性常任委員会では、第2回「生産性白書」の取りまとめに向けた議論が佳境を迎えている。生産性改革の新たなステージを目指す探求はまだ緒に就いたばかりである。(おわり)
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