「日本のスポーツ産業の持続的発展に向けて」
室伏 広治 スポーツ庁長官/東京科学大学特命教授 特別講演要旨
誰もが生涯にわたり、パフォーマンスを発揮できる社会へ
室伏氏は、ハンマー投げ選手として、シドニー、アテネ、北京、ロンドンの四つの五輪大会に出場。アテネ五輪では金メダルに輝いた。アスリートとしての経験とスポーツサイエンスの研究者、更にスポーツ庁長官としての視点などを交えながら、スポーツの持つ社会的な意義と先進的な取り組みについて語った。
スポーツの本質は、達成感や充実感
室伏氏は、運動と内臓機能の関連性などの研究について紹介。横隔膜と肝臓の連動や、内臓固定の役割としての体幹機能など、身体内部の動的理解を促す研究成果を説明した。
フェアな競技環境を構築するため、スポーツ界の透明性向上に向けたガバナンス改革やアンチドーピング精神の推進、薬物依存の予防活動にも触れた。室伏氏は、スポーツにおける「自己を肯定する可能性の追求」といった理念の重要性を強調。ドーピング行為はその対極にあるとした。室伏氏は、「順位や評価も大事だが、自分が、ここまでやってきたという達成感、充実感が一番大切。これを失ったら、スポーツの良さはない」と述べた。
スポーツ起点に産業創出や地域活性化
スポーツ産業の育成の取り組みとして、スタジアム・アリーナの再開発による地域活性化やスポーツツーリズムの振興のほか、Bリーグを例に挙げながら、スポーツを街の中核に据える「スポーツハブ」構想を紹介。室伏氏は、「大学生や若者のアイデアも街づくりに生かしている。スポーツと様々な産業を掛け合わせることで、大きな効果を生む。スポーツは、半導体並みに可能性がある」と語った。
部活動改革や少子化への対応にも言及。学校から地域へ、世代を超えてスポーツを楽しむ基盤を築くことの重要性を訴え、指導者の多様化や地域への開放を提案した。
中高年層の健康維持に向け、自ら関わり、体の機能評価に基づいた「セルフチェックアプリ」を開発。腰痛改善プログラムなどを企業と共同で進めている。室伏氏は、「臨床研究では、腰痛予防や倦怠感改善に成果が出ており、仕事の生産性向上にもつながる」と語った。
人間の可能性を最大限に引き出す挑戦
室伏氏は、ハンマー投げの第一人者として、41歳まで競技を続けた。自らのハンマー投げ人生を「ピーク後の戦い」として振り返った。「研究」と「競技」の融合によるアプローチによって、ハンマー投げの加速度センサーや動作解析技術の開発などを進め、大きな怪我を何度も乗り越え、36歳と325日で世界選手権金メダルを獲得した。「企業にもスポーツと同じように、成長期、成熟期、衰退期がある。フェーズに応じた戦略が必要だ」と経営への応用も語った。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)との連携により、無重力下での身体機能の研究を進めている。室伏氏は、「スポーツは、人間の可能性を最大限に引き出す営みであり、誰もが生涯にわたり、パフォーマンスを発揮できる社会の実現に向けて、大きく貢献する」と期待を込めた。
(生産性新聞2025年8月5日号掲載)
登壇者略歴
室伏広治 スポーツ庁 長官/東京科学大学 特命教授
陸上競技のハンマー投げ選手として2000年シドニー、2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドン五輪に出場。アテネ五輪では陸上・投擲種目でアジア史上初の金メダルに輝いた。現役中の2007年に中京大学大学院体育学研究科にて博士号を取得。2011年同大学スポーツ科学部にて准教授を務める。2014年には東京医科歯科大学にて教授を務めると同時に、スポーツサイエンスセンターのセンター長にも就任した。また、2014年に東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会スポーツディレクターに選任され、日本オリンピック委員会理事、日本陸上競技連盟理事などを歴任し、2020年10月より現職に就く。また2023年より政府代表として、世界アンチドーピング機構 (WADA)の執行委員を務めている。
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