第1回:循環する4つの「質」

「やっぱりいつもの展開か…。無理なんだよ、うちのチームでは」。静まり返った会議室でプロジェクトチームのリーダーである高井は深いため息をついた。
金属部品メーカーのα社は、金属を円柱状に加工する独自の技術をもっており建築資材の製造を得意としてきた。大口の顧客が多いものの、ここ数年は受注が頭打ちになっている。その打開策としてこれまでとはまったく異なる分野での製品開発を進めることとなり、1年前にプロジェクトチームが立ち上げられていた。
「うちの社員はみんなまじめだけど、言われたことを言われたとおりにしかやらない。自分の頭で前例のないことや正解のわからないことを考えるのが苦手。しかも率先して行動しない」というのが高井の認識であった。
プロジェクトチームの発足当初は高井も頻繁に検討会議を開き、メンバーの考えを引き出そうとしていた。しかし会議ではだんまりが続く。しびれを切らした高井が持論を展開するのがお決まりで、いつしか検討会議は開かれなくなっていた。日常の業務でもメンバーと対話するというより高井が一方的に指示を出していた。
これまでのチームの成果は経営陣の期待を裏切るもので、高井自身もそのことは自覚している。「なんとかしなければ。でも何をどうすればいいんだ…」空回りをするだけの日々が続いていた。そんな様子を見かねた取締役の竹村が高井に声をかけた。
「君のマネジメントスタイルは野球型だ。つまり選手の一挙手一投足に指示を出している。それではうまくいかない。もっとメンバー1人ひとりの主体性を引き出すためにも、彼らを信じて任せていかないと。いってみればサッカー型への転換だ。大まかな方針に基づきその時々でメンバーが考え、実行に移していくようにするんだ」
竹村のアドバイスを受け、久しぶりに検討会議を開いてみたものの結果はこれまでと変わらなかった。頭をかかえていたそのとき、竹村のメモのことを思い出した。どうしても行き詰ったらこの人に相談しなさい、と手渡された紙には<組織開発コンサルタント・明智>と書かれていた。敷居の高さを感じて気おくれしそうになったが、藁にもすがる思いでさっそく電話をすることにした。
「要件はわかりました、それでは1時間後に私のオフィスでお会いしましょう」
高井の説明のあと、その一言で電話は切られた。あまりに唐突な展開に高井はあっけにとられたが、すぐに支度をして明智のオフィスに向かった。通された会議室でソワソワと待っているとほどなくしてひげをたくわえたクマのぬいぐるみのような風貌の明智が入ってきた。
「お越しいただきありがとうございました。それではさっそくはじめましょう」とあいさつもそこそこに明智は本題に入った。
「高井さんは組織開発とはどのようなものかご存知ですか」
いきなりの質問だ。高井が首を横に振ると明智はホワイトボードに<なぜ組織をつくるのか?>と書き、高井に答えを求めた。
「それは、1人で仕事をするよりも効果的だからではないですか」と高井が答えると、
「そのとおり。たとえばアイディアを考えるとき、複数名で対話しながら考えると1人では思いつかなかったアイディアが出てくることがありますよね。つまり、1+1が3、4…となる。これが組織をつくる意味です。目的、目標を実現するために相乗効果が発揮されるような組織をつくる取り組み、これが組織開発なのです」と明智が言った。続いて明智はホワイトボードに図を描いた。

「これはマサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授の提唱した『成功循環モデル』というものです。成果のあがる組織はメンバーが互いに信頼の絆で結ばれています(①)。そのような組織では、本音で対話をすることでこれまでと違う発想や深い洞察が可能となります(②)。その結果、これまでにない行動がとれたり、メンバーの助け合い行動が増えていきます(③)。それが最終的に良い結果につながるのです(④)」

説明を聞いた高井は「チームの思考の質が高まらないことに悩んでいたが、そもそも関係の質が十分でなかったのかも」とギクッとした。それと同時に<では何を、どうすればよいのか>と尋ねたくなった。
高井の心を読み取るかのように明智が「具体的な事例を知るためにいくつかの企業を紹介しましょう」と言って3社の企業名と担当者の連絡先を教えてくれた。
「組織開発は、構成メンバーが互いにどのように関わるのか、そしてどのような組織風土を意図的に醸成し、定着させていくのかがポイントになります。これらの企業の取り組みがその参考になるはずです」

第2回へ続く~本連載は事実に基づくフィクションですが、第2回から第4回で取り上げられる企業・登場人物・取り組みは実際のものです~)



筆者略歴

栗林 裕也
日本生産性本部 人材・組織開発コンサルタント

鉄道会社を経て現職。「人は組織内でどのように成長するのか」「どうすればより成果のあげやすい組織になるのか」をテーマに調査、コンサルティング、研修に従事。論文に「組織における管理職を起点とした人材の活性化戦略とは」(生産性労働情報センター)など。白百合女子大学非常勤講師。


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