第3回:目的を感情にくっつける

前回までのあらすじ

~プロジェクトリーダーに任命された高井が突破口を探しに先進的な取り組みをしている企業にヒアリングを行う。~


「ヤッホーブルーイングではまさにグッドサイクル(1回目参照)が回っていました。誰に指示をされるのでもなく次から次に新しい挑戦が行われていく。まさに理想の姿でした」
興奮気味に語る高井。相づちをうっていた組織開発コンサルタントの明智が口を開いた。
「注意しなければいけないのは取り組みだけを真似してもうまくいかないということです。ちょーさんが今の姿に至るまでにどんな苦労があったか語っていませんでしたか?」
そういえば…。組織開発を取り組み始めた08年頃は仕事とは関係のないことを敢えて話す朝礼の場も、いまではにぎやかだけど当時はお通夜のようにシーンとしていたと。対話を重んじ、クラフトビールをつくる製造業だけでなく、ファンの方に喜んでもらうサービス業として究極の顧客志向を目指すこと、このような意識をもってもらうためにあの手この手でメッセージを伝え続けたこと。この意識と風土の変革が時間も掛かり最も難しかった、と。
高井が思い出していると明智が「組織には表向きに掲げる理念のような<信奉理論>と組織メンバーの思考や行動を支配する<使用理論>というものがあります。この2つはギャップが生じやすく<使用理論>は日頃の経験に基づく信念のようなものなので変わりづらい。しっかりと<信奉理論>が浸透しないとせっかくの取り組みも形骸化しやすくなります」と説明した。そしてこのテーマを考えるための次なるヒアリング先を紹介してくれた。
高知県内で不動産仲介から建築プロデュースまでを手掛けるファースト・コラボレーション。エイブルのフランチャイズに加盟しており、たびたび「お客様満足度全国調査ナンバーワン」に選ばれる実績をもつ。
インタビューは創業者でもある武樋泰臣社長が応じてくれた。どことなく大村崑に似ていて優しそう、というのが高井の第一印象であった。
「当社では経営理念の1つに<私たちは、常にチャレンジ精神とチームワークを育て、会社の発展と個人の幸せとの一致を目指します>と掲げています。なんのために会社があるのかという<目的>と一人ひとりの働く意味が最終的に重なっていく。そんな姿を実現しようとしています。そのためにまず会社の目的について皆のベクトル合わせることを大事にしており、それで行っているのが全社員が夏休み明けに集まる夏合宿です」


■目的が腑に落ちると

夏合宿でどのようなことを行っているのか早く聞きたくてうずうずしている高井に、そもそもなぜ目的を大切にするのかを武樋社長がスライド(図参照)を映しながら教えてくれた。

「日ごろ仕事をしているとこのピラミッドの<目標・方針・やり方>から上の部分だけに意識が向きがちですよね。でも、それだけではやらされ感の塊になってしまう。そこで年に1回だけでもそこから離れる機会を設けているのです」
「目的が意識化されることで、なぜ日々の仕事をしているのか腑に落ちるし、当事者意識も強くなっていきます。それに、なにか問題が発生した時にどのように対応すべきか考える基準にもなります」

■本音の対話の先に

具体的に目的をどのように夏合宿で取りあげているのか、高井が尋ねた。
「夏合宿の冒頭ではまず創業からの歴史やクレドを私が説明します。そのあと敢えて部門間で対立しやすい場をつくるんです」
「えっ⁉対立の場をつくるんですか?」驚く高井に武樋社長が説明を続ける。
「感情を出して言いたいことを言いたいようにディベート形式で語ってもらいます。仕事で関わりあう部門間で分かれてもらい、日頃、感じているモヤモヤを口に出してもらいます。つまり、自分の部門の主張を良い悪いを抜きにして徹底的に語ってもらうのです。すると気まずい空気になります(笑)。そして、一通りディベートをした後にお互いの立場を変えて同じように主張してもらいます。すると途中でみんなゲラゲラと笑いはじめるんですよ。お互いの立場を理解し、協力しないといけないな、と気づくのでしょうね」
「チームワークが重要だとみんな頭では分かっています。しかし、10人もいればセクショナリズムは生まれてくるもの。それを理念という抽象的な言葉で何とかするのは難しい。たとえマニュアルをつくってもうまくいかないでしょう。それよりも最後は感情なんだと思います。目的が一人ひとりの感情とくっつくこと。そこまでいけばあとは任せても大丈夫。そのための場をオフサイトミーティングとして行うのが夏合宿なのです」


第4回へつづく~本連載は事実に基づくフィクションですが、2回目から4回目に取り上げられる企業・登場人物・取り組みは実際のものです~)


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第2回はこちら


筆者略歴

栗林 裕也
日本生産性本部 人材・組織開発コンサルタント

鉄道会社を経て現職。「人は組織内でどのように成長するのか」「どうすればより成果のあげやすい組織になるのか」をテーマに調査、コンサルティング、研修に従事。論文に「組織における管理職を起点とした人材の活性化戦略とは」(生産性労働情報センター)など。白百合女子大学非常勤講師。


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