三度目の「ジョブ型」(2022年6月5日号)

「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の雇用 いいとこどりはできるか ①

大西 孝治 日本生産性本部雇用システム研究センター主任研究員

三度目の「ジョブ型」

「ジョブ型」雇用というキーワードが人材マネジメントにおけるバズワードとなってから、2年が過ぎました。日経バリューサーチでの検索では、日本経済新聞朝刊、夕刊および地方面で「ジョブ型」が本文中にある記事数は、2018年の8件から2021年では112件と増加し、日本経団連の「2020年経営労働政策特別委員会報告」で「ジョブ型」雇用に言及されて以来、関心の高まりをみせています。

「ジョブ型」雇用、「メンバーシップ型」雇用は、賃金や社員等級だけでなく、採用、人事異動、解雇、労使関係といった広範囲に及ぶ労働市場の違いとされています。また「ジョブ型」雇用は経営戦略の実行のために組織体制・組織図を整え、一般従業員レベルの職務までポストとして要員を決定した上で、その職務を遂行する人を雇用するという点も特徴です。

日本企業にとって「ジョブ型」雇用は、戦後三度目の関心の高まりともいえます。一度目は、戦後間もない1950年代の鉄鋼、製紙産業のブルーカラーを中心に導入された職務給であり、二度目は1990年代後半から2000年代前半の成果主義人事です。

一度目の職務給は、前近代的な労働慣行を是正するというGHQの指示の下、進められました。以下は職能資格制度の生みの親と言われ、日本生産性本部理事を勤めた楠田丘氏が、当時の労働省で賃金統計作成の任に当たっていたときの、GHQによる賃金統計勉強会での講師であったGHQの将校とのやり取りの述懐です。

「こういう仕事があります、賃金はいくらです、誰かきてくれませんか。これで採用すればいいじゃないかと(GHQの将校は言う)。」「日本は会社は変わらないけれども仕事は変わる。欧米は会社は変わるけれども仕事は変わらない。だからもう議論にならないんです。雇用システムの風土が全く異質ですからね。だからそれを言いだしますと、『雇用システムを変えろ』と言うわけです」(楠田丘著『賃金とは何か』中央経済社)。こうしたギャップのため、当時の職務給は一部の企業の賃金体系の一構成要素として導入されるに留まり、忘れ去られていきました。

二度目の成果主義人事は、バブル経済の崩壊と企業の労務構成の逆ピラミッド化による人件費の抑制が実際は主目的でした。「成果」で処遇するために、その基となる「職務」によって社員格付を行うという方法で進められたのです。しかし、職務等級や役割等級という名称で広がった成果主義人事は、当時から社外労働市場とのつながりが論じられていたものの、等級区分は社内の序列付けに留まり、報酬水準も社外との関係性は希薄でした。またこの時期の人事・賃金改革はホワイトカラーを対象としていましたが、管理・専門職層の改革が中心で、非管理・専門職層の幅広いローテーションを前提とした能力主義的運用は変わりませんでした。

三度目となる今回の「ジョブ型」雇用の動きは、先行企業の日立製作所や富士通で一般社員層への適用を予定しているという報道もなされています。またこれらの企業では、真のグローバル企業として、グローバルな人材獲得競争を戦っていくために「ジョブ型」を進めています。過熱気味に報じられた、高度なIT人材に対して新卒採用で年収1000万円超という試みは、雇用の入り口から変えるものとして、「ジョブ型」の象徴ともなりました。

一方、「ジョブ型」「メンバーシップ型」という分類は、分析枠組みとしての「理念型」です。これまでの日本企業、日本の労働者がすべて「メンバーシップ型」だったわけでもなく、その逆もまたしかりで、程度の問題だともいえます。筆者が支援している企業の中には、従業員へのメッセージとして「ジョブ型」を人事制度改革のキーワードとして、等級基準や評価基準をよりジョブや職種を反映したものとするものの、採用や異動、退職に関しては従来の方針を維持している例もあります。その企業の「ジョブ型」は、理念型としての「ジョブ型」とはかなりの乖離がありますが、これまでよりも「ジョブ」志向にシフトしているという意味では、その企業にとっての「ジョブ型」への試みといえます。

一度目の「ジョブ型」はほぼ全く受け入れられず、二度目は賃金や等級区分といった面では一部進んだものの、雇用システム全体への広がりは欠きました。三度目となる「ジョブ型」への流れがどこまで進むのか、「ジョブ型」へのシフトの程度を個々の労使は、真摯に議論して決めていくことが求められます。今回の連載では、「ジョブ型」へのシフトを考える上で個々の労使で検討すべきトピックについて、第2回事前の計画と期待値の明確化が鍵、第3回職務価値の測り方~職務記述書ありきではない、第4回横断賃金に向けた可能性~「標労モデル」の具体化を、第5回進む人的資本の情報開示とデータに基づく人事管理、の予定で解説していきます。(5回連載)

大西 孝治(おおにし こうじ) 日本生産性本部 雇用システム研究センター 主任研究員
1998年4月日本生産性本部入職。同本部にて、賃金制度、人事評価をはじめとした人事処遇・人事管理に関するセミナー、人事処遇コンサルティング、労働組合からの相談業務などを担当。

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