人的資本の情報開示と「ジョブ型」(2022年10月25日号)

「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の雇用 いいとこどりはできるか ⑤

大西 孝治 日本生産性本部雇用システム研究センター主任研究員

人的資本の情報開示と「ジョブ型」

 「ジョブ型」とセットで語られるキーワードとして、「人的資本」があります。早ければ2023年3月期決算から、有価証券報告書に人的資本情報の開示が義務付けされる方針も示されており、人的資本への関心が高まっています。

 雇用の流動化と聞くと、労働組合など労働者側にとっては身構えてしまいますが、企業間の賃金格差をなくし公正な賃金を目指す動きは、産業や地域、労働者のスキルが同じであれば同じ賃金水準とすべきとする「横断賃金」、そして同じような労働者を各社ごとに条件づけして明示した「個別賃金」によって賃上げ要求を行う「個別賃金要求」のように、以前から主張されてきました。

 人的資本の開示基準は複数ありますが、ここでは国際標準化機構が定めたISO30414をみてみましょう。ISO30414は、労働力の持続可能性をサポートするため、組織に対する人的資本の貢献を考察し、透明性を高めることを目的として定められた、人的資本に関する網羅的・体系的な情報開示のガイドラインです。図表1は、ISO30414で定められた11項目で、さらに58の指標に細分化されます。例えば、「8採用・異動・離職」という項目は「離職率」など15の指標に分かれます。人的資本を可視化する目的は、自社の経営戦略を実現する上で、人的資本をどのように投資していくかのストーリーを構築し、投資家などのステークホルダー間の相互理解を深めることとされています。そのため各項目は、自社の経営戦略実現にとって重要なものを示す独自性のある項目と、投資家などが企業間比較し判断するための比較可能な項目に分けられます。



 なぜ人的資本の開示とジョブ型がセットで語られるのでしょうか。それは人的資本の前提が、経営戦略を実現する上で必要な人材像を特定し、そうした人材の獲得、育成の投資が適切かをモニタリングする指標として考えられているからだといえます。例えば、事業ポートフォリオの組み替えやビジネスモデルの転換を中長期で目指している場合、具体的な各職務と要員数を定め、採用、配置替えによって人材確保を行い、現状の過不足状況を明らかにすることです。職務ありきで考えるため、「ジョブ型」的な人事処遇が想定されます。

 人的資本の可視化は「ジョブ型」でないと成り立たないものではありませんが、「メンバーシップ型」を人事処遇の基礎においている場合、内部育成で職務と要員のギャップを埋めるため、相応の時間がかかります。また、事業ポートフォリオの組み替え後に余剰人員となってしまう従業員に対するリスキリングと再配置も必要です。そもそも、事業ポートフォリオの組み替えやビジネスモデルの転換に向けて、期限を決めて新設する職務の要員数、職務内容、その職務の人材要件を整備しなければなりません。

 かつて多くの日本企業では、新規事業を創出しビジネスモデルの転換に成功してきましたが、成功要因の一つとして、日本企業がメンバーシップ型であることが語られてきました。技術革新や構造変化により余剰となる人員を、違う部署への配属や職務の再設計によって雇用を維持したので、従業員から抵抗を受けずに技術革新の波を乗り越え、新規事業への円滑な移行ができたというのです。

 このようにメンバーシップ型でも事業ポートフォリオの組み替えやビジネスモデルの転換は可能ですが、環境変化のスピードが上がり、試行錯誤する余裕がなくなっています。事業転換に向けて、どのような職務が必要で、その職務が担える人材を定義し職務配置する、という粒度の高いマネジメントが求められます。しかし従来のメンバーシップ型はその点が弱く、取りあえずやらせてみて、アサインされた人材の成長に任せるという状態になりやすいのです。政府が示した人的資本開示指針でも、「単なる社内異動や配置転換ではなく、自社に不足する新しい分野のプロフェッショナルを育てるための人材育成であり戦略的な投資であること、外部人材の採用・活用とも組み合わせつつ社内人材を活用すること」の必要性を指摘しています。

 また人的資本を可視化するためには、モニタリングすべき指標を検討し、実際に指標としてデータ収集しなければなりません。人事データはデータごとのバラツキ、分散が大きく、データを統合して分析できる状態になっていないという問題がみられましたが、HRテックの導入によって解消しつつあります。もう一つの問題として、経営戦略の実現に資する人的資本として人事データを活用するために、どのような指標を用いるかが挙げられます。先行している企業では、各専門領域でのプロフェッショナル人材の比率(KDDI)、チャレンジ性のある目標設定比率(双日)、キーポジションの後継者準備率(三井化学)などを、人的資本の指標としてモニタリングしており、職務を意識したものです。経営戦略と連動した人材マネジメントと人的資本投資の可視化は、確実に「ジョブ型」へのシフトを促していくといえます。

大西 孝治(おおにし こうじ) 日本生産性本部 雇用システム研究センター 主任研究員
1998年4月日本生産性本部入職。同本部にて、賃金制度、人事評価をはじめとした人事処遇・人事管理に関するセミナー、人事処遇コンサルティング、労働組合からの相談業務などを担当。

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