横断賃金にむけて「個別賃金」の具体化を(2022年10月5日号)

「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の雇用 いいとこどりはできるか ④

大西 孝治 日本生産性本部雇用システム研究センター主任研究員

横断賃金にむけて「個別賃金」の具体化を

 職務価値を職務ごとに等級区分して、賃金の範囲として定めたものが、いわゆる「ジョブ型」賃金ですが、それ自体は社内の人事管理、賃金管理における社員格付の一類型といえます。一方で「ジョブ型」には、外部労働市場からの影響を強く受けるマーケットプライシングによる賃金決定という特徴があり、日本の雇用環境と異なります。今では大企業正社員の転職も珍しくないものの、厚生労働省「雇用動向調査」によれば転職入職率(転職入職者数/常用雇用者数)は20年近く10%前後で変わらず推移しているように、雇用の流動化、外部労働市場の整備はいまだ限定的です。

 雇用の流動化と聞くと、労働組合など労働者側にとっては身構えてしまいますが、企業間の賃金格差をなくし公正な賃金を目指す動きは、産業や地域、労働者のスキルが同じであれば同じ賃金水準とすべきとする「横断賃金」、そして同じような労働者を各社ごとに条件づけして明示した「個別賃金」によって賃上げ要求を行う「個別賃金要求」のように、以前から主張されてきました。

 「個別賃金」とは、横断的に賃金水準を合わせていくための標準となる労働者を、職務内容、職務スキル、経験年数などの「銘柄」によって定義したもので、銘柄別賃金とも呼ばれます。例えば、自動車総連では図表1のように技能職若手労働者と技能職中堅労働者を定義して、それぞれの目標とする賃金水準を掲げています。この定義では、年齢・勤続・扶養世帯といった年功的要素だけでなく、技能レベルや概括的な職務内容も記載されています。



 担当する職務内容、知識・経験、それらの習得を証明するための資格やスキル認定などの解像度を高めて個別賃金を「ジョブ型」で明示することができれば、企業、労働者双方にとってメリットがあります。企業にとっては、外部労働市場よりも劣る「銘柄」はリテンションのために賃金を引き上げ、そうでない「銘柄」は人件費管理のために賃金を抑制することで、効率的な賃金決定が行えます。労働者にとっては、賃上げ交渉の材料とすることができます。日本の労働者は他国に比べて個人単位での賃上げ交渉をしないとされていますが、賃上げ交渉する上での説得力のある材料が乏しいことも、一因ではないかと思われます。

 「個別賃金」の解像度を上げていき、横断賃金として機能させていくために、「ジョブ型」要素を増やしていく必要がありますが、困難も抱えています。たとえば、政府などの公的機関の賃金統計は、性別、年齢、勤続、学歴などの明確だが「ジョブ」とはいえない要素で統計がとられてきました。能力などのスキルは曖昧さが大きく、指標としてとれなかったこと、職種や職務は社内異動を前提とした多くの企業にとっては賃金決定の要素としては捉えられないことが要因と考えられます。また、「個別賃金」の銘柄を一定程度揃えなければ、それに該当しない労働者は疎外されてしまうため、従来通りの全組合員対象とした一律の賃上げ交渉の方が望ましいということになりかねません。さらに、転勤の有無といった働き方の拘束度合いや偶然人事異動で就いている職務で賃金水準を測ることの違和感、実際にデータが集計されても賃金データとしての納得感が得られないといったことも懸念されます。中途採用者の賃金決定が、前収保障のみであったり、一番下の等級からスタートすることを前提としている企業は、いまでも珍しいものではなく、こうした企業にとっては、「ジョブ型」要素のある個別賃金の特定は困難を極めます。

 その一方で、転職市場や人材紹介などの関連産業の存在感は高まり続けており、転職市場が活発になれば賃金相場が形成される職務も増えます。また日立製作所では自社で整備した職務記述書における必要なスキルなどを公開して社外人材の募集に活かすとの報道もあります。連合加盟の春闘において「個別賃金要求」で行った対象組合員人数は、2013春闘55万8千人から2022春闘では63万6千人と7万8千人増加したように、徐々にではありますが確実に進んでいます。「個別賃金要求」への取り組み、さらには設定銘柄の「ジョブ型」化を通じて、賃金決定の選択肢を増やしていくことは労使双方にとって有益なことではないでしょうか。

大西 孝治(おおにし こうじ) 日本生産性本部 雇用システム研究センター 主任研究員
1998年4月日本生産性本部入職。同本部にて、賃金制度、人事評価をはじめとした人事処遇・人事管理に関するセミナー、人事処遇コンサルティング、労働組合からの相談業務などを担当。

◇記事の問い合わせは日本生産性本部コンサルティング部、電話03-3511-4060まで

お問い合わせ先

公益財団法人日本生産性本部 コンサルティング部

WEBからのお問い合わせ

電話またはFAXでのお問い合わせ

  • 営業時間 平日 9:30-17:30
    (時間外のFAX、メール等でのご連絡は翌営業日のお取り扱いとなります)