事前の計画と期待値の明確化が鍵(2022年7月5日号)

「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の雇用 いいとこどりはできるか ②

大西 孝治 日本生産性本部雇用システム研究センター主任研究員

事前の計画と期待値の明確化が鍵

前回は、昨今の「ジョブ型」への関心の高まりについて、戦後三度目の波であるとして、「ジョブ型」へのシフトは、いわば程度の問題だと記しました。しかし一企業、さらには個々の従業員からみれば、人事処遇制度の大きな変更であり、そのインパクトは相当なものがあります。

「ジョブ型」要素を強めた雇用処遇とした場合、現場のマネジメントは二つの点で変化していくと思われます。一つは、部下のキャリア志向を意識した指導や支援が求められることです。もう一つは、部下の職務配分や期待値の明示といった「計画」に関する役割がより重要になることです。

「ジョブ」によって賃金が決まれば、異動や担当業務について、従業員は自身の希望を優先する意識が強まります。また、担当業務の量やレベルは人事制度上の等級に見合ったものであるべき、という公平さへの要求も高まるでしょう。会社と従業員の関係が、よりドライになるとも言えますし、コミュニケーションをとり、双方の意思を伝え折り合うことが求められているとも言えます。

会社から命じられた仕事を一生懸命に行い、一定程度の結果を出していれば、ある程度まで昇格し、毎年の昇給が保証されるのが典型的な「メンバーシップ型」の人事管理です。

しかし「ジョブ型」の考え方は、仕事が変わらなければ等級などの格付は変わらず、賃金も一定以上は上がりません。賃金を上げていくためには、自ら手を挙げて今より高い職務にチャレンジする必要があります。自分自身で、どのようなキャリアを築いていきたいかを考え、それを実現するために学習し、新たな業務を担当していくことが求められます。

職場や部下の管理を任される現場のマネジャーにとっても、マネジメントスタイルを転換する必要が生じます。「いい経験になるから」などの理由で、無計画に一見すると脈絡のない業務配分を行うような部下管理では、いくらその後のフォローや普段のコミュニケーションが良好でも、大きな不満要因につながりかねません。多忙なマネジャーにとって「とにかくやってくれ」と阿吽の呼吸で回せないことは痛手ですが、従業員自身がキャリア形成の主体となるため、事前の丁寧な説明が必要です。

日本国際化推進協会が2018年に実施した「外国人の日本での就業意識に関する調査」では、日本企業で働く外国人材が持つ会社への不満として「キャリアの発展性」(採用後のキャリアパスの見通し)が最も多く挙げられていました。「ジョブ型」が常識として馴染んでいる外国人材の意見は、これから起こりうる未来を示す、よいサンプルといえます。

一方で人事制度が大きく変わっても、多くの従業員の意識はそう簡単には変わりません。また、より高い仕事にチャレンジし担当することで、自らの賃金水準を高めるという「ジョブ型」の考え方では、賃金は上がらなくていいから仕事も今のままでよいという従業員もでてきます。社内を見渡すと、そのような従業員ばかりにな る恐れもあるのです。

日本生産性本部では、「働く人の意識調査」を定点観測として継続的に行っていますが、2021年4月から、自らが希望する働き方について「ジョブ型志向」か、「メンバーシップ型志向」かを問う質問をしています。その中で「ジョブ型志向」(仕事内容や勤務条件を優先し、同じ勤め先にはこだわらない)と回答した人は約6割で推移しています。ここで「ジョブ型志向」と回答した人は、「伸ばしたいスキルがあるか」、「自己啓発を行っているか」という能力開発意欲に関する質問に対して、「メンバーシップ型志向」の人よりも低い回答結果であること(2021年7月の第7回調査)は、「ジョブ型」によって人材が滞留する恐れも予感させます。

もう一つの変化は、職務配分と職務の期待値を事前に明確に伝えることの重要さが増す点です。PDCAやファヨールのマネジメントの5機能などで、マネジメントにおける計画の重要性は強調されてきましたが、玉突き人事による突然の異動が頻繁な日本企業では、職務配分と期待値の明示を本人の合意も含めて行うことは、あまり実施されてきませんでした。日本の多くの企業で導入されている目標管理制度についても、期初に面談して目標設定した後、目標シートは引き出しの中に眠ったまま、というわけにはいかなくなります。ジョブディスクリプションは、事前に伝える期待値を書面化してオーソライズしたものと言えるのです。

部下へのキャリア支援、職務期待値の事前明示は、現場のマネジャーにとっては厄介な付加業務のように感じられるかもしれません。しかし「メンバーシップ型」であっても、この二つは部下から求められ、組織を強化するものです。「ジョブ型」を推進することで、二つのマネジメント業務を、やるしかない状況に追い込み、組織変革を進められることが「ジョブ型」の大きなメリットではないでしょうか。

大西 孝治(おおにし こうじ) 日本生産性本部 雇用システム研究センター 主任研究員
1998年4月日本生産性本部入職。同本部にて、賃金制度、人事評価をはじめとした人事処遇・人事管理に関するセミナー、人事処遇コンサルティング、労働組合からの相談業務などを担当。

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