第8回 世界中に最高の医療を提供するため、内視鏡の技術開発は続く オリンパス
連載「ミライを変える革新力」⑧ 世界中に最高の医療を提供するため、内視鏡の技術開発は続く オリンパス
顕微鏡の量産化からスタート
東京・八王子、オリンパスのグローバル本社がある。本社の一角に「オリンパスミュージアム」。歴代の製品が並び、オリンパスのイノベーションの歴史がわかる。 1919年、当時、国内の顕微鏡はドイツ製が中心で高額だった。「安価で多くの人が使えるように」と、創業者の山下長氏は、会社を設立。翌20年、顕微鏡「旭号」を世に送り出した。戦後の1949年、光学技術に注目した東京大学の医師から、「患者の胃のなかを写して見るカメラをつくってほしい」という難題がもち込まれる。これがきっかけで、世界初、実用的な内視鏡の研究開発が始まった。
世界初、実用的な胃カメラ開発
真っ黒な胃内の撮影は簡単ではなかった。極小レンズの製作、強い光源の検討など試行錯誤の末、1950年、世界初の実用的な胃カメラ「GT-Ⅰ」の開発に成功した。しかし、フィルムは白黒、手元の操作で豆ランプをフラッシュさせて撮影し、ワイヤーで引っ張り上げてフィルムを巻き上げた。臨床的に十分に使えるものではなかった。その後、医師とオリンパスの技術開発陣が協力し、数々の難問をクリアしていった。
アメリカで開発された新素材「グラスファイバー」に着目。1964年には、胃カメラとファイバースコープを一体化した製品を開発。医師はリアルタイムで胃内を見ることができた。1975年頃から、胃カメラ時代は終わり、完全にファイバースコープに取って代わった。「診断」と「治療」が可能になり、診療技術に飛躍をもたらした。
ビデオカメラを内視鏡に組み込んだ「ビデオスコープ」は、画像を電気信号でモニター画面に映しだす。内視鏡の先端に超音波を発信する振動子を取り付けた「超音波内視鏡」は、粘膜の表面だけでなく、粘膜の下の状態まで診断をサポートできる。さらに、技術開発は続く。
内視鏡画像をAIで解析し、医師の診断を補助するソフトウェア「EndoBRAIN(エンドブレイン)を日本向けに発売。AIは、検査中に腫瘍の悪性度について判別し、医師が適切な診断を下すためにサポートする。


内視鏡を使った診断(右)ケニアにおける内視鏡医育成プログラムの様子(左)(オリンパス提供)
内視鏡市場をリードする強さの源泉は
オリンパス内視鏡の強さの源泉は何か。
内視鏡の開発を担当する猪股幹生氏は、次のように説明した。「内視鏡の開発当初から、医師と常に腹を割って、話ができる環境を構築してきました。密なコミュニケーションのおかげで、医師が感じている課題や、我々が見落としている部分について、認識を深めることができます。そうした接点を継続し、医師と一緒に製品をチームとして開発する、という文化が我々の会社では出来上がっています。それが、大きなシェアを持つに至った理由の一つだと思います」。
内視鏡で、世界の人々に健康と安心、心の豊かさを実現していく。それがオリンパスのパーパスだ。
内視鏡技術の普及に向けて支援プログラム
アフリカのケニア。経済発展が進み、消化器系の病気も増えている。だが、診断、治療に有効な内視鏡の機器も、それを適切に扱える医師も不足。オリンパスは、日本政府、医療機関と連携し、新興国の内視鏡医を育成するプロジェクトを実施している。ベトナムでも現地の病院などと、内視鏡技術向上を目指した教育プログラムに対して支援している。
「新技術を搭載した内視鏡が世界各地に普及しているかというと、そうではありません。内視鏡は高額であり、導入したくてもできないという事情もあります。最高の医療をどこの国、地域でも提供していくことができるように、世界各地の事情やニーズを汲んだ最適な製品をいかに開発するか。それがイノベーションの一つだと思います」と猪股氏。
そして、「もう一つ。患者さんには、より満足できる、医師には、診断・治療がより正確にスムーズにできる、そんな製品を投入していきます。それが我々の使命です」。
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