目指すは社会のリデザイン 山本 雅資 東海大学教授(2023年10月15日号)
連載「サーキュラーエコノミーを創る」⑦ 目指すは社会のリデザイン
私の専門分野である経済学では市場の力を重視している。世界中の企業や消費者一人ひとりが自らの意思で分権的に意思決定をして、財・サービスを交換することで経済活動が効率的になり、結果として人々の生活を豊かにする、という考えである。しかし、これは市場が万能だと言っているわけではない。さまざまな理由から市場が失敗することがある。この「市場の失敗」を是正し、効率的な経済活動へと導く政策とはどのようにデザインされるべきかを考えることが多くの経済学者が取り組んでいるテーマである。
市場を創る
「市場の失敗」の最も大きな原因は、市場が存在しないことである。環境経済学の分野で言えば、最も知られた市場の欠如は地球温暖化ガスの排出に関するものである。化石燃料の使用はさまざまな便益をもたらすが、一方で気候変動という費用を世界各地でもたらす。経済活動においては費用を便益が上回ることが重要であるが、CO2を排出する行為に対し費用を徴収する制度はつい最近までなかった。CO2排出権取引市場などが整備され、世界各地でカーボンプライシングという形でCO2排出が少しずつ費用を伴うようになりつつあるが、これはまさに市場を創る行為である。
リサイクル財と情報の市場
では、循環経済(CE)分野での市場形成とはどのようなものであろうか?日本では2000年ごろから各種リサイクル法が整備され、優れた成果を挙げている。例えば、容器包装リサイクル法は参加している自治体が収集した使用済み容器包装(ビンやPETボトル等)を全国的に入札にかける仕組み(逆有償=バッズ=の場合は処理費を支払う)を提供しているが、これも容器包装リサイクル法という法制度が生み出した「市場」である。
また、2023年7月に欧州委員会は、使用済み自動車の管理に関する指令(ELV指令)の新しい規則案を提示した。この中で、新車が必要とするプラスチックの25%以上を再生プラスチック(うち廃車由来25%)とすることを定めている。この規則案が発効されると、自動車メーカーは一定量の廃車由来プラスチックを必ず受容することになる。これまでも廃プラスチック市場は存在したが、その物性や出自についてはそれほど重視されてこなかった。しかし、この指令の下では、そうした情報が付随した廃プラスチック取引の市場が形成されていくだろう。似たような動きは、(規制となっているかどうかは別として)さまざまな産業でみられるため、情報流通に力を発揮すると考えられているデジタルプラットフォームの計画が乱立している。いわゆるバッズの存在も意識しつつ、物理的な使用済み素材とその情報を、確実にそして効率的に流通させることは簡単ではないが、ELV指令を順守しようとする限り、その市場は創られていくだろう。
動脈・静脈経済連携の発展に向けて
本連載の第3回(梅田靖 東京大学大学院教授)において、CEは「単に廃棄物をリサイクルすることではない。人々の『豊かさ』、国の経済、企業競争力を追求する人間活動を…地球の有限性の範囲内に収める」ことと定義されている。リサイクルは重要な選択肢の一つであるが、プラネタリー・バウンダリーに影響を与えるものはマテリアルだけではなく、100%リサイクルするということがCEの最終ゴールではない。2050年のカーボンニュートラル目標は言うまでもなく、CO2排出の徹底的な削減が求められる中で、よりエネルギー利用の小さな手段が選択されるべきである。その意味で、製品が動脈経済に少しでも長くとどまり続けるような「長期使用」は、プラネタリー・バウンダリーの視点からも望ましいことである。これまで数多くの消費者の中から中古品のユーザーを見つけることは簡単なことではなかったが、ICT技術の進化により、メルカリに代表されるようなデジタルプラットフォームがこの情報流通の問題をうまく解決したビジネスモデルを提供し、市場が創られたのである。以前は考えられなかったような分野でもリユースやサブスクリプションが展開されているなど、新しい社会デザインの到来を感じさせる勢いがある。
日本のやり方でCEを目指そう
経済産業省による「循環経済ビジョン2020」をみると、我が国のCEが向かう方向性が、EUをはじめとする国際的な方向性と大きく異なるようには思えない。その一方、それぞれの国の産業構造や気候、地政学的な立ち位置はさまざまである。同じゴールを目指すとしても、そのゴールにたどり着くまでの道は多種多様なものにならざるを得ないだろう。日本について言えば、優れた製造業のGDPに占める割合が高く、高温多湿な島国であるといった特徴がある。プロセスで他国を追従し過ぎて回り道をすることなく、日本らしくCEを追求する、そうした姿勢で社会のリデザインを進めていきたいものである。
著者略歴
山本 雅資 東海大学政治経済学部経済学科教授
博士(経済学)。富山大学極東地域研究センター准教授、富山大学学術研究部社会科学系教授などを経て、2021年から現職。専門は環境経済学、環境政策学。著書に「環境経済学の政策デザイン:資源循環・低炭素・自然共生」(慶應義塾大学出版会)等。
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