「人口減少時代のAI戦略」
松尾豊 東京大学大学院工学系研究科教授 特別講演要旨
日本のAI戦略、今後が勝負 松尾豊 東京大学大学院工学系研究科教授
かつてない速度で最善手指す
日本のAI戦略は、この1年、AI戦略会議が中心となり、他国に引けを取らない速さで進められてきた。
松尾氏は「iPhoneが登場した時には鈍感だった日本企業だが、ChatGPTが登場して以来、世界と一緒に驚き、わずか1年余りで様々な取り組みを行い、将棋で言えば最善手を指し続けている」と話す。
グローバルな立ち位置としては、日本の存在感が増している。業界の要人が頻繁に来日し、海外のAI事業者が日本でのAI推進を進めている。オープンAIがアジア初のオフィスとして日本に拠点を設置したほか、海外のビッグテックやスタートアップが日本に拠点を置くことを計画している。
日本が注目されているのは、国全体でAIに対する積極的な取り組みをしていることや、失業などの懸念が大きい他国と比べ、日本は高齢化しているためその懸念が少なく、AI活用が待ったなしであることなど、ポジティブな反応が強いことが背景にある。
また、円安が強まり、G7の中で賃金が安く、優秀なAI人材を雇用しやすい。さらに、世界的な大企業が数多くあり、内部留保も大きい企業が多いが、AIなどDXに使う余地が潤沢で、DXが進んでいない。
松尾氏は「横軸にGDP、縦軸にDX未実施企業の割合を取って四角形で表すと、面積はDXの潜在市場を示す。米国と比べ、GDP比では16%だが、面積比では37%もあり、日本は伸びしろが大きい」と話す。
日本のAI戦略のグローバル展開の可能性では、他国と共同して、LLM(大規模言語モデル)をつくっていくことが有力な打ち手だ。
特に、シンガポールが中心に進める東南アジアLLM計画への参画が考えられる。政府は2023年12月、東南アジアの言語・文化に特化したLLM開発プログラムを立案した。実現すれば、日本で開発したアプリが、インドネシアなど東南アジア諸国の言語に変換され、市場が大きく広がる。
また、産業別の生成AIでは、医療やロボット、リーガル、製造業、行政などでの展開の可能性がある。中でも、医療分野におけるLLMの活用は、最重要項目の一つだ。
電子カルテのフォーマット変換が今までにない方法で実現できる可能性があるなど、分断されたシステムやデータベースをLLMでつなぐことができれば、データ分析や連携が飛躍的に進むことが期待できる。
このほか、AIによる関連産業の新展開では、防衛、金融、コンテンツ、メディア、電力、半導体などの分野で可能性がある。
また、AI人材の育成については、デジタル・AIのリテラシの向上や、AIスタートアップのグローバルサウスへの展開、そして、学生起業の「街の電気屋さん」構想などを紹介した。
これまで様々なスタートアップ企業を育成する中で、一定の成功しやすいパターンを見出した。とりわけ、学生起業については、地域の企業のDXを受託する中で、社会のニーズを学び、実績を積みながら、ローカルからグローバルへの発展を目指す戦略が現実的だ。
松尾氏は「日本のAI戦略はスピード感があり、戦況がよくなっていて、打ちたい手が増えている。この調子で2、3年進めれば、グローバルで十分勝負できるようになる。生成AIの技術が、日本の産業をエンパワーし、人材の能力を引き出し、人々の生活を豊かにする手助けができればと考えている」と意欲を示した。
(生産性新聞2024年8月5日号掲載)
登壇者略歴
松尾豊 東京大学大学院工学系研究科教授
1997年 東京大学工学部電子情報工学科卒業。2002年 同大学院博士課程修了。 博士(工学)。産業技術総合研究所研究員、スタンフォード大学客員研究員を経て、2007年より、東京大学大学院工学系研究科准教授。2019年より、教授。専門分野は人工知能、深層学習、ウェブマイニング。人工知能学会からは論文賞(2002年)、創立20周年記念事業賞(2006年)、現場イノベーション賞(2011年)、功労賞(2013年)の各賞を受賞。2020-2022年、人工知能学会、情報処理学会理事。2017年より日本ディープラーニング協会理事長。2019年よりソフトバンクグループ社外取締役。 2021年より新しい資本主義実現会議 有識者構成員。2023年よりAI戦略会議座長。
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