バックキャスティングとは:パーパス・戦略策定における活用方法

昨今、SDGsへの対応を考える際のキーワードとして、もしくは企業のパーパス(存在意義)等を考える際に、「バックキャスティング(Backcasting, バックキャスト)」で思考する重要性が指摘されています。本コラムでは、「バックキャスティング」がなぜ重視され始めたのか、その背景や思考方法としての特徴、SDGsとの関係、企業経営における活用方法について解説いたします。 
※2022年3月4日掲載

「バックキャスティング」とは


 「バックキャスティング」に関して、よく見聞きする説明は対義語である「フォアキャスティング(Forecasting)」を「現在の延長線上で未来を予測するアプローチ(思考方法)」と位置づけ、対比する形で「未来から現在の課題を考えるアプローチ」と言う意味合いで使われています。


backcastingNo1.jpg 一方で、一般的な経営戦略論においても、すでに上記の意味合いでの思考方法が戦略策定のアプローチとして用いられています。例えば、右図のように経営理念やビジョンなどのありたい姿(①)から現状を捉え(②)、達成に向けての課題(③)を考える形で戦略を策定するアプローチが既に基本になっていると言えます。

 にもかかわらず、なぜ今「バックキャスティング」が強調されるのでしょうか?実は、経営戦略論における戦略策定アプローチと、「バックキャスティング」はそもそも出自が異なる考え方(コンセプト)である点が関係します。

 「バックキャスティング」は、エネルギー政策や環境政策などの領域においてシナリオ分析(複数の環境変化のシナリオを想定して、その影響を検討する方法)の手法として1970年代から発展してきたアプローチになります(国内でも環境省をはじめ各種行政のプロジェクトで2000年代から活用されています)。その後、2015年にSDGsが採択され、その目標達成に向けたシナリオを考えるアプローチとして推奨されたことを機に広く認知されるようになりました。

「フォアキャスティング」から「バックキャスティング」へ


 では、「バックキャスティング」とはどのような特徴を持った思考方法なのでしょうか?

 そもそも、エネルギー政策や環境政策などは政策が適用される期間や及ぼす影響が10年、20年超と長期にわたるという特徴を持ちます。そのため、現在の課題や環境から将来の変化を予測して対応策を考える「フォアキャスティング」によるアプローチでは、2つの点で問題に直面しました。一つは現状の環境や動向を前提としているので、政策上の課題を解決する斬新な解決策を発想することが難しいという点です。もう一点は、10年、20年先に不連続に起こる環境・技術上の変化を予測できないという点です。

 backcastingNo2.jpgこれらの問題を乗り越えるために、「バックキャスティング」によるアプローチが生み出されることとなりました。左図のように「フォアキャスティング」と比較する形で「バックキャスティング」の特徴を整理したDreborg(1996)によれば、「バックキャスティング」は将来の予測よりも目的の達成に焦点を当て、私たちが「実現したい未来」を先に描き、その実現のために必要な取組みや選択肢のアイデアを数多く生み出すことを狙いとしています。

 このような思考のアプローチを取ることで、より斬新なアイデアの着想を促すとともに、今後起こる不連続な変化を予測するのではなく、むしろ自ら起こしていくことを意図しています。

 なお、「実現したい未来」を先に描くと聞くと、極めて主観的な絵空事になってしまわないかと不安に感じる方もいると思います。誤解されがちなのですが、実は「バックキャスティング」においても、客観性の高い将来予測などを参考にします。但し、重要な点として、その将来予測を必ずしも是とはしません。例えば、自然環境の一層の悪化を予測した将来予測に対して、その予測を是とせず、それを回避した未来像を描き、その実現に向けて取り組むべきことを発想していきます。

 以上の特徴を持つ「バックキャスティング」のアプローチが2000年前後より欧州企業を中心に戦略の前提となるビジョン策定に取り入れられるようになってまいります。

従来の戦略策定とバックキャスティングの違い:「適合」と「創造」


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 ここで改めて経営戦略論における戦略策定アプローチと「バックキャスティング」の違いを整理すると、右図のように整理することができます。大きな違いとしては2点あります。

 一つは時間軸で、従来の戦略策定が想定していた「ありたい姿」は、中期経営計画にも見られるように3~5年が中心である一方、「バックキャスティング」で想定する「実現したい未来」は20~30年先となります。

 もう一点は環境変化に対するスタンス(姿勢)が挙げられます。従来の戦略策定における「ありたい姿」はSWOTに端的に表れているように、外部環境の変化に対して、どのように強みを活かしてその環境に「適合」していくかという姿勢が強く意識されています。一方で、「バックキャスティング」における「実現したい未来」は望ましい環境をどのように「創造」していくのかという姿勢が特徴的と言えます。

「バックキャスティング」のフレームワーク


 では、具体的にどのように「バックキャスティング」を行っていけばいいのでしょうか。実際には、組織によって様々な進め方で「バックキャスティング」が行われており、研究者間でも多様な進め方が提案・推奨されています。ここでは、一例としてIKEA等で採用された、企業の戦略策定において、サステナビリティと事業活動を両立するアイデアや選択肢を探索するフレームワーク(ステップ)を紹介します(参考:Holmberg(1998))。

(1)サステナビリティを考える軸を設定する

 まず、サステナビリティの観点から、持続可能な社会や未来を考えるための軸を設定します。Holmberg(1998)では具体的に「化石燃料や希少資源の過剰な利用を控える」「資源の無駄遣いを控える」など4つの軸が提案されています。近年のサステビリティの流れを踏まえると、例えばSDGsの17目標等を参考にしながら、複数の軸を設定することが効果的と思われます。

(2)サステナビリティの軸に現在の事業活動を照らし合わせる

 現在の事業活動をバリューチェーンやビジネスモデル・キャンバス等で可視化しながら、(1)で定めた軸がどの程度達成できているかを把握します。さらに、他のステークホルダーとの関係において、自社がサステナビリティに関してどのような影響を及ぼしているかを検討します。この(1)(2)のステップを通して、自社がサステナビリティに影響を及ぼす範囲、貢献できる機会を考えることができます。(この(1)(2)はSDGsの取り組みを考える指針である「SDGコンパス」のステップ2と類似したステップになります。)

(3)「実現したい未来」を描く

 上記(1)(2)で設定した軸・範囲において、20~30年先の客観的な将来予測を踏まえつつ、「実現したい未来」を次のような点をポイントにして描いていきます。

 ・事業活動上、どのようなサステナビリティ対応を実現しているか、またどのような 機会が生まれているか?
 ・私たちが社会に存在している意義(パーパス)は何か?
 ・誰のどのようなニーズがどのような自社の製品・サービス(価値・機能)によって満たされているか?

(4)「実現したい未来」を創るための選択肢やアイデアを発見する

上記の未来像を実現していくために、必要な事柄についてアイデア出しを行っていきます。(その後、出てきたアイデアや選択肢を具体的な戦略策定に活かしていきます。)これらの4ステップをワークショップ等で社内対話を進めていくことで、新しい選択肢やアイデアが生まれる可能性が高まり、サステナビリティ対応を経営戦略に統合することが可能となります。

バックキャスティングで経営をデザインする


 以上、「バックキャスティング」について、その思考方法が生まれた背景や特徴、企業経営における活用方法等をお伝えしてきました。自社の戦略策定やビジョン、パーパスを検討する際の参考になりましたら幸いです。 なお、日本生産性本部が事務局を務める経営品質協議会では、「バックキャスティング」を活用して、自社の「実現したい未来」やパーパスを実際に考える経営者・経営幹部を対象とした経営塾「未来創造塾」や、「経営デザインによる生産性向上プログラム」を開催しております。その他、日本生産性本部ではバックキャスティングを活用した各種研修プログラムを開催しておりますので、よろしければ、各研修へのご参加もご検討いただければと存じます。

<バックキャスティングを活用した関連研修プログラム>

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参考文献:
伊丹敬之『経営戦略の論理(第4版)』日本経済新聞出版社, 2012
J. Holmberg, (1998). Backcasting: A natural step in operationalising sustainable development. Greener Management International 23 (autumn): 23 – 30.
K.H. Dreborg, (1996). Essence of backcasting, Futures 28: 813–828.
Philip J., Vergragt, and Quist, J., (2011). Backcasting for Sustainability: Introduction to the Special Issue. Technological Forecasting and Social Change, Backcasting for Sustainability, 78, no. 5: 747–55


※本コラムは、現状で信頼できると考えられる各種資料・判例に基づいて作成されていますが、その正確性、完全性を保証するものではありません。また、本コラムは筆者の見解に基づき作成されたものであり、当本部の統一的な見解を示すものではありません。

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