企業経営の新視点~生産性の日米独ベンチマーキングからの学び②
第2回 生産性上昇率改善に向けて米国2組織と共通課題に挑む
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて各地で止まっていた経済活動が、徐々に動き始めた。世界経済は、当面厳しい状況が続くと見られているが、この戦後最大ともいわれる危機が世の中を変えつつある。ニューノーマル(新常態)時代の到来といわれ、例えば、企業ではリモートワークやオンライン会議といった柔軟な勤務体制が急速に普及した。後々振り返ったときに、「コロナ危機が低迷する生産性上昇率を改善させる好機であった」といわれるようにするためには、何をすべきだろうか。生産性上昇率低迷を打破するために日本生産性本部が2年前から始めた国際連携の活動が、そのヒントになればと思う。
2000年代半ばから生産性上昇率が低迷する日米独
前回、日本生産性本部が設立された1955年から、多くの産業人材が欧米に派遣され、経営管理技術を学び、日本の生産性を飛躍的に高めたことに触れた。下図は1970年以降の日米独の生産性水準を表すグラフであるが、日本の生産性が飛躍的に高まったことがよくわかる。米独も同時期に生産性を高めており、その水準では日本とは常に一定の差が存在している。
しかし2000年代半ば以降からは、日米独ともにカーブがフラット化する。2000~2005年の生産性上昇率は日本1.7%、米国2.6%、ドイツ1.4%であったが、2010~2018年は日本0.8%、米国0.6%、ドイツ0.9%と軒並み低迷しているのだ。
この状況を打破するため、日本生産性本部では資本主義、民主主義、法の支配を共通価値観とする日米独の企業経営者同士が知見を共有し学び合うことが重要と考え、民間主導によるネットワークの構築活動を開始した。
当初は、米独側から共感が得られるかが懸念された。生産性水準は米独の方がはるかに高かったからである。しかし、この懸念はすぐに払拭されることとなった。まず活動を開始した米国において、2つの有力シンクタンクが我々に共感し、連携して活動する強い意思を示してくれたからである。以下、我々と議論を行ったシンクタンク幹部が、当時(2017年秋~2018年春)どのような問題意識であったかを説明したい。
「生産性上昇率低迷は深刻な問題」
ブルッキングス研究所 (以下ブルッキングス)は1916年設立の公共政策に特化したシンクタンクであり、米国の政策形成に重要な役割を担っている。『2018年世界有力シンクタンク評価報告書』で総合ランキング1位となっている。
そのシニアフェローでありクリントン政権時に大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めたカウンターパートのマーティン・ニール・ベイリー氏は、「生産性は長期的な生活水準向上のための最も重要な指標だ。人口動態変化の影響による労働力の減少でますます重要となっているにも関わらず、先進諸国で生産性上昇率が低迷していることは深刻な問題だ」と述べた。そしてテクノロジーの急速な発達にも関わらず生産性が向上しない『生産性パラドックス』について、第2次大戦直後にコンピューターが開発されたが、生産性に反映されるまで非常に長い時間がかかったことに触れた。
ブルッキングスの生産性研究を深めるために日本生産性本部が支援し、マクロ視点での国際比較調査を行うことになった。ポイントは「日米独のどの産業が生産性上昇率に寄与しているのか、していないのか」「生産性の成長を促進する国や業界に共通する特徴、政策、規制などはあるか」等だ。調査1年目の2019年は、日米独を対象とした「国別・産業別生産性国際比較 」と、生産性の分子(付加価値)改善に影響を与える「R&Dと生産性」に関しての研究を行った。調査2年目の今年は、同じく分子改善のために重要な「人的資本投資と生産性」について研究を行う予定である。
「マクロの生産性向上には企業レベルでの活動が重要」
コンファレンスボード (以下TCB)は1916年設立の非営利の民間シンクタンクで、米国および世界の経済動向分析・予測、企業の経営分析に加え、経営改革支援や人材育成に関する実践的なコンテンツを提供している。コロナ禍においても、複数シナリオで経済予測を立て、経営者の意識調査「新型コロナウイルス後の世界をどう考えるか」(日本生産性本部も参画)を実施するなど積極的な活動を行っている。
チーフエコノミスト兼上級副社長であり、我々のカウンターパートのバート・ヴァン・アーク氏は、「米国では2000年代の雇用増を伴わない生産性上昇局面がその後の上昇率低迷局面につながってしまった」と述べ、資本投資(設備投資等)に加え、人的資本投資による働く人々のスキル向上が生産性上昇には重要であることを示唆した。その上で、「マクロの生産性向上にはミクロレベルの活動、すなわち企業レベルでの活動が重要であり、TCBでは、『イノベーション/デジタルトランスフォーメーション』『エンゲージメント』など、企業が取り組みやすく生産性向上につながるテーマを掲げ、企業幹部を巻き込んで調査や協議会活動を実施している」と述べた。TCBとは、世界経営幹部意識調査などミクロレベルでの生産性国際比較調査や、日米企業経営者が生産性をテーマに対話を行う国際会議「生産性ビジネスリーダーズ・フォーラム」等の活動を連携して実施することになった。
このようにして、理念、目的を共有した2組織と、生産性課題解決に向けた国際連携活動が始まった。そして、日本生産性本部は、生産性経営者会議(茂木友三郎委員長)を経営者、労働組合、学識経験者の参加のもと設立し、生産性に関する国際的なベンチマーク活動および産業界への発信の母体とした。
実態把握と将来の活動の方向性を定める「国際比較調査」、生産性向上の主役である経営者が対話を行った結果を共同宣言として発信する「国際会議」、互いの学びを実践するための「交流活動」を3本柱とし、各活動を相互に関連させ、生産性課題解決に向けた議論がスパイラルアップするよう活動を推進している。例えば、TCBと共催した上述の国際会議 (2019年4月、於ニューヨーク)において、国際比較調査を行ったブルッキングスのべイリー氏が基調講演を行い、生産性課題の投げかけを日米経営者に行っている。
以後の連載にて、国際比較調査結果や日米経営者対話の取り組みなどを紹介する。
(日本生産性本部 国際連携室 宮坂 敦 他)