イノベーティブな組織を作る人材戦略⑤ オムロン

2021年8月30日

オムロンのイノベーション人財戦略~イノベーション推進本部での取り組みを中心に~

石原英貴 執行役員 イノベーション推進本部長に聞く

概要

石原 英貴
オムロン
執行役員 イノベーション推進本部長
    • オムロンは、1933年に創業して以来、様々な社会的課題を解決し、よりよい社会をつくることを目的に、ソーシャルニーズを創造するイノベーションを起こしてきた。
    • オムロンは、約60の事業の集合体であり「ベンチャー企業の集合体」ともいえる。オムロンにとって、イノベーションの取り組みは存在意義そのものである。
    • そのために、企業理念経営に取り組み、日々の取り組みの中で実践している。創業記念日であるFounder’s Dayにはグローバルでの企業理念実践事例の中で特に優れているテーマを表彰し、社員みんなで共感し合うイベントを実施。約8年間で累計4万件ほどのテーマが寄せられている。
    • 2015年にはCTO(Chief Technology Officer)を設置し、2018年にはイノベーションの継続性とナレッジ蓄積のために新事業創出機能を一元的に集約した「イノベーション推進本部(IXI)」を立ち上げた。同本部では、①ソーシャルニーズの創造、②組織・しくみの変革、③人財の育成、の3つのミッションを実践している。
    • IXIのメンバーはオムロンの中から事業創造にやる気のある人財を経営の意志による選抜や個人の意思による公募/応募の制度を作り全社から人財が集まる仕組みを整備している。
    • 事業の多産を実現していく上では、人財のスキル向上が肝であり、イノベーション推進本部では人財育成を最重要課題の1つとして取り組んでいる。
    • 特に、ビジネスモデルやシステム全体を描く「アーキテクト」人財が重要である。育成と評価は、プロジェクトを3か月で区切り、3カ月ごとに、担当チームや個人に評価結果をフィードバックしている。評価は、「事業機会が無い」という結果でも、きちんとした仮説検証の結果であれば成果としている。
    • IXIで育成された人財は2~3年で事業部門へと戻り、IXIでの経験により、ものの捉え方が変わった、行動が変わったということで経営からも評価を得ている。キャリアプランの一環として事業部門で選抜され送り出されるメンバーも出てきており、好循環に入ったと考えている。

ヒアリング内容

取材日:2021年5月11日
      • 1. オムロンのDNAと芸風~オムロンの成り立ちとSINIC理論
        オムロンは、1933年に創業し、今年で創業88年を迎えた。1950年代から、いち早くオートメーションに着目し、工場の自動化用スイッチやセンサを開発。1960年には当時の資本金の約4倍の資金を投じて「中央研究所」を設立するなど、その後の飛躍を支えたイノベーションへの先行投資を行ってきた。中でも、情報化社会の到来を予見し、飛躍の契機となった3大情報化システム(全自動感応式電子信号機、無人駅システム、オンラインキャッシュディスペンサ)を開発し事業化した。
        この大胆な決断の背景にあったのは、「経営者とは、将来を考える人である。」をモットーとしていた立石一真の先見性である。それに対して立石一真は、未来予測の考えを「社会・科学・技術」が円環的に互いに作用しながら進歩していくという「SINIC(サイニック)理論」(図1)として1970年国際未来学会で発表した。SINIC理論は今もオムロンの経営の羅針盤となっている。
        SINIC理論において、現在は「最適化社会」に位置付けられ、IT革命による「情報化社会」を経て、価値観がモノから心へと変化し、工業社会で生まれた様々な社会的課題を解決する段階と位置付けられている。その先は、「個人と社会」「人と自然」「人と機械」が自律的に調和する「自律社会」に移行すると考えている。
        現在を、「自律社会」へと向かう社会の環境が激変するタイミングであると予見しており、オムロンは「自律社会」に向け社会的課題を解決し、よりよい社会をつくるイノベーションの創出にチャレンジし続けている。
           図1:SINIC理論の概略図(オムロン社提供)

      • 2. オムロンのDNAと芸風~オムロンの企業理念経営
        創業者 立石一真は「企業は利潤の追求だけでなく、社会に貢献してこそ存在する意義がある」という企業の公器性に共鳴し、この考えのもと、1959年に社憲「われわれの働きでわれわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう」を制定した。
        オムロンでは、企業理念に基づいた経営を重視し、この社憲の精神を現在に受け継いでいる。企業理念として、社憲を「Our Mission」とし、私たちが大切にする価値観を「Our Values」として「ソーシャルニーズの創造」「絶えざるチャレンジ」「人間性の尊重」の3つを定めている。
         図2:オムロンの企業理念(オムロン社提供)

        企業理念を日々の仕事の中で実践する取り組みとして、2012年から、「TOGA(The OMRON Global Awards)」という、グローバルで企業理念の実践を宣言し共有し合う取り組みを実施している。その中で特にグローバルで共有するべきテーマを選定し創業記念日である5月10日を「Founder’s Day」と名付け、グローバルの全社員で共有し表彰するイベントを行っている。TOGAにはこれまで、約8年間で累計4万件ほどのテーマが寄せられている。
        このように、オムロンにとってイノベーションによる「ソーシャルニーズの創造」はオムロンの存在意義そのものである。

      • 3. イノベーション推進本部(IXI)のご紹介
        オムロンは現在、ファクトリーオートメーションにおけるPLC(Programable Logic Controller)やヘルスケアでの家庭用血圧計などの様々な約60の事業部の集まりである。オムロンは、創業以来、このような様々な社会的課題を解決する事業を立ち上げてきており、「約60のベンチャー企業から成る集合体」とも言える。
        今後も、ベンチャーの集合体として活力維持し成長していくためには、新たな社会的課題を解決する多くのトライ&エラーを繰り返しながら新事業を創出することが不可欠である。
        しかし、これまでの延長線にない新たな領域での事業をP/L責任のある既存の「縦割り」の事業部門の中で考えることは、リスクが大きく難しくなっている。
        そこで、2015年にCTO(Chief Technology Officer)のポジションをつくり、個別の事業部門ではなく、CTOの直下に集約し経営トップのコミットメントの基で新事業の創出を実行する体制とした。CTOの役割は、社会的課題・技術革新・ビジネスモデルの進化などから、具体的な近未来像を描き、そこからの「バックキャスト」で事業・技術・知財戦略を立案実行することである。
        そして、2018年には、新規事業を創出する継続性とナレッジの蓄積を目的に「イノベーション推進本部(IXI)(2021年現在約110名在籍)」を立ち上げた。 IXIは、オムロンのイノベーションプラットフォームとして、①ソーシャルニーズの創造、②組織・しくみの変革、③人財の育成の3つのミッションを実践している。
        図3:イノベーション推進本部のミッション(オムロン社提供)

      • 4. イノベーション推進本部における人財育成
        IXIでの人財の育成については、ミッションに適した人財を“適所適材”でアサインし、プロジェクトの実行を通じたOJTとこまめなフィードバックによる育成を基本としている。IXIには、イノベーションプラットフォームとして、テーマ構想から戦略策定・価値検証、そして事業検証を実行しており、「ソーシャルニーズの創造」により新たな事業を生み出すため、事業創造にやる気のある人財を経営の意志による選抜や個人の意思による公募/応募の制度を作り、全社から人財が集まる仕組みを整備している。
        具体的なプロジェクトの例としては、大分県での高齢者自立支援プロジェクト(下図参照)、中国でのアグリオートメーションプロジェクト、京都府舞鶴市での住民間ライドシェアプロジェクトなどがある。これらは、いずれも小さなアイデアや社員数名の検討から始まったものであるが、現在は、アグリオートメーションプロジェクトは中国でのビジネス立ち上げフェーズに移っており、ライドシェアや高齢者自立支援プロジェクトも、自治体や民間企業を巻き込み実証実験まで進んでいる。
           図4:大分県とオムロンとの高齢者自立支援に向けた連携協定の枠組みと会見の様子(オムロン社提供)

        取り組むテーマを選定する際は、事業規模を追うのではなく、オムロンが取り組む社会的課題を解決するものかどうか?がまず重要であり、顧客(受益者)は誰か?価値は何か?課題解決のアプローチは何か?そのアプローチは競合優位性があるのか?を最低限提案してもらい、そこに納得性と可能性を感じられるか?の判断軸で選定している。
        プロジェクトを進める上で、質の高い検討を再現できるプロジェクト運営の「型」として、3か月ごとのアプトプットを評価しフィードバックすることと、チームビルディングを重要視している。チームは、事業創造に必要な各種機能を、“機能スペシャリスト”チームとして構成する。“機能スペシャリスト”は、①創造力を持ちソーシャルニーズの仮説を持ち込む「ビジョナリー」、②事業化のための専門知識を持ち現場を熟知する「スペシャリスト」、③ニーズと知識を構造化して構想する「アーキテクト」、④チームを牽引し強い意志でやり抜く「リーダー」の4つのタイプの人財が必要と考えており、必ずすべてのタイプを組み合わせたチームビルディングを行っている(下図参照)。
        図5:イノベーション推進本部のプロジェクトチームを構成する人財のタイプ(オムロン社提供)

        ここで、特に、アーキテクト人財は、描くアーキテクチャの対象ごとに“戦略”“技術”“知財”“プロトタイプ”“共創”の5つのアーキテクトタイプに分類している。プロジェクトチームの編成においては、リーダーおよびアーキテクトについては社内からアサインし、ビジョナリーとスペシャリストについては、オープンイノベーションとして社外からの参画いただいくケースも多い。IXIでの人財育成としては、社会的課題を解決し事業化する根幹となる構想力が必要なアーキテクト人財の育成に注力し取り組んでいる。
        育成の最大のポイントは、各メンバーが自分の目指すスキルは何か、今自分はどれぐらいのレベルにあり、どのレベルに到達することが求められているのかを理解することであり、アーキテクトタイプごとに、期待するスキルと到達レベルを設定し可視化して全員で共有している。そして、3か月毎のプロジェクトの開始時と終了時で何がどう変化したか、何をどう伸ばせばよいかをフィードバックする。
        人財の評価の際には、個人ではなく、チームで進めていくことを最重要視しているため、まずはプロジェクトチーム全体のパフォーマンスを評価し、その上で、個別の論点ごとの達成度を評価している。これらを最終的に「掛け算」することで個人評価を行う。なお、プロジェクトが失敗したら評価が下がると新規事業にはチャレンジできないと考えており、テーマが事業として成功した/しないをエンドポイントに評価するのではなく、明確な仮説が立てられているか/いないか、仮説検証に対して結論がでているか/いないか、など、プロセスとしての結果を重視している。つまり、仮説検証の結果「事業機会が無い」という結論になっても成果として評価している。
        IXIにおいて育った人財は、基本的には2~3年で元の部署やその他の事業部門(個人の希望と会社としての戦略で決まる)に“輩出”している。この3年間で、経験を積んだメンバーが数名出てきている。IXIでの経験により、ものの捉え方が変わった、行動が変わったということで経営からも評価を得ている。キャリアプランの一環として事業部門で選抜され送り出されるメンバーも出てきており、好循環に入ったと考えている。
        まだ、IXIとして活動を始めて間もないが、着実にオムロンのイノベーションプラットフォームとして社会的課題を解決するためアイデアや想いを事業に変えソーシャルニーズを創造するイノベーション人財の育成を行っていく。