イノベーティブな組織を作る人材戦略② カゴメ

2021年4月28日

CHOの役割は先進的でイノベーティブな人事戦略の推進

有沢正人 常務執行役員CHO(最高人事責任者)に聞く

概要

有沢 正人
カゴメ
常務執行役員CHO(最高人事責任者)
    • 先進的かつイノベーティブな人事戦略を推進するためにはCHO(最高人事責任者)が必要であると考え、2017年に設置した。その役割は「社長のエグゼクティブコーチ」。
    • 社員に自律的なキャリア形成を目指してもらうため、2017年にHRビジネスパートナー(HRBP)制度を、2019年にタレントマネジメントシステムを導入した。HRBPは人事経験のない、事業部門の出身者にして、現場の視点から物事を考えることができるようにした。
    • 異なる価値観・考え方を持った人材が集まり、健全なコンフリクト(衝突)を起こすことによってイノベーションが起こる。
    • 自社の会社の強み・弱みを見極め、会社のカルチャーや未来のミッションを明確にした上で(逆算して)どのような人事戦略が必要なのか考えることが大事であり、現場でどう運用されているかを常にモニターしている。
    • 人事にはマーケティングの発想が必要であり、エンドユーザーに対し価値提供を行える「人材を育成」するのがCHOの仕事だ。

ヒアリング内容

取材日:2021年3月30日
      • 1.先進的な人事戦略を迅速に推進するためCHOを設置
        2012年に、野菜を様々な商品で提供するカゴメにおいては「人事戦略が経営戦略の中で最も大事」であることを組織内外に示し、2017年には先進的な人事戦略を迅速に推進するためにCHO(最高人事責任者)が設置された。CHOが経営陣と一緒に仕事をすることで迅速な意思決定が可能となり、様々な人事施策を次々と矢継ぎ早に打っていくことができる。人事部長は採用、昇格・昇進を含めた人材開発や人材育成全般の責任を担っているが、CHOはエグゼクティブ・コミッティ(最高意思決定機関)の一員として、経営全体のことを見ながら会社全体の方向性と人事とのアラインメント(調整)を図り、人事戦略を推進していくので、人事部長とは決定的に違うとのことである。

      • 2. CHOの役割~社長のエグゼクティブコーチであり「社長と共犯」になる
        有沢氏によると、CHOの役割は「社長のエグゼクティブコーチ」だという。イノベーションを起こすために一番大事なのは「経営者」だが、「経営者は一日にして成らず」である。有沢氏はCHOの立場から、社長を含めた後継者の育成のためのサクセッションプランを作ったり、報酬・指名諮問委員会(社外取締役3人、同社社長、有沢氏で構成)の運営等を行ったりしている。
        経営者の育成については、現在の課長クラスまで含めて候補者を選び、2~3年のロングスパンでアセスメント、グループディスカッション、合宿、異業種交流など、様々な育成プランが実践されており、いつ誰をどのポジションに就かせるのが良いかなど、長期にわたって人材配置が考えられている。もちろん、社長を選ぶ過程では客観性が必要であることは言うまでもない。そこで、CHOは社長の資質があるかどうかを見極めるため何年もかけて候補者を選んだうえで、報酬・指名諮問委員会で、候補者にした理由を説明しなければならないという。その結果、同委員会の全員が納得する人を社長候補に選ぶことになる。集団で社長をつくっていくイメージだ。現在の山口社長の次、さらにその次まで考えておくなど、ロングタームで物事を考えるのがCHOの大事な仕事だという。
        CHOはそうして選ばれた社長のエグゼクティブコーチであり、社長にどう考えるか聴かれたときには自分の考えを述べ、何かあったときには経営チームの一人として社長をサポートし、「社長と共犯になる」のだという。他の役員についても、今すぐ、2~3年後、10年後と後継候補者をそれぞれ選び、その候補者に対する育成・トレーニングをどう進めていくかを考え、役員等中核幹部についてはかなり先までの異動計画を立てているとのことである。

      • 3. 社員のキャリア自律支援のためHRBPとタレントマネジメントシステムを導入~現場の視点から経営の方向性と社員のキャリア志向をマッチング
        会社が社員のキャリアを決めていく時代はもう終わった。これからは社員に自らキャリアを組み立ててもらうことが大事だと考え、2017年にHRビジネスパートナー(HRBP)制度(カゴメ内では「人材育成担当」と呼んでいる)、2019年にタレントマネジメントシステムが導入された。
        HRBPは現場で社員に人材育成やキャリアに関して「ああしろ、こうしろ」とは言わない。その代り社員たちに何をしたいのか傾聴・質問し、そのために何をすべきかについて、自分たちで答えを見つけるためのサポートを行うことに集中する。それは現在一般によく見られるHRBPとは決定的に違い、部門利益の代表ではなく、あくまで現場に軸足を置いており、現場の意見を経営陣に伝達するジャンクション(連結役)のような存在とのことだ。
        社員全員が100%満足するような人事異動は難しいが、できるだけ本人の希望どおりの異動となるように、また個人の家庭の事情をなるべく汲み取ることで、極力納得してもらえるようにしているという。例えば、一般的に人事部門は、現在介護が必要な家族がいる社員については把握しているだろうが、2~3年後にそのような状況になる社員については多くの企業ではまだまだ把握していないのではないか。こうした社員に転勤を伴った異動をさせれば、その人が不幸になるだけでなく、会社にとっても未来の人事運営上大きな妨げになる可能性がある。
        そうならないようHRBPが現場に赴き社員の声を聴くのだという。同社では年に1~2回の自己申告制度があり、「今すぐ異動したいか、2~3年後か、5~6年後か、どこの部署に異動したいか、将来は何をしたいか」などを申告できるようになっており、タレントマネジメントシステムにより情報を一元管理して見える化し、「適所適材」の配置と、社員の満足度向上のために工夫しているとのことである。
        一般的には外資系企業のHRBPには中途採用者が多い傾向がある。一方、カゴメのHRBPは3名全員がプロパーで事業部門の出身者であり、事業の「プロ」ではあるが、人事の経験はない。そのため、「人事の視点」ではなく、「現場の視点」から物事を考えることができ、経営の方向性と社員の希望するキャリアとのマッチングができているとのこと。今後について有沢氏は、どこまで社員に寄り添い、どうアクションを起こしていくかをさらに検討したいと話す。

      • 4. 人事戦略が一番イノベーティブでなければいけない~異能・異才の人材を集め、健全なコンフリクトが起きる環境をつくる
        有沢氏は、「人事戦略は経営戦略の中で一番イノベーティブであり、一番エッジが効いていなければならない」と語る。社員のキャリア自律志向と併せ、各部門の戦略遂行を引っ張っているのが人事戦略という訳だ。戦略を立てても、それを担える人材がいなければ実行できないからである。「人事戦略がイノベーションを促進する」のではなく、「人事戦略そのものが一番イノベーティブでなければならない」とのことである。さらに、同質性は企業にとって必ずしも良いことばかりではないし、ダイバーシティの推進は必ずしも女性人材の活用だけではない。異なる価値観・考え方を持った人材が集まり、健全なコンフリクト(衝突)を起こすことによって、初めてイノベーションが起こるのであり、これがダイバーシティの本質だという。そのために常日頃からその健全なコンフリクトが起こる環境を整えておくことが大事だとのことである。
        また一般的に、人事制度にフレキシビリティがなく、何年間も人事制度を変えていないような会社には、イノベーティブな素地が生まれる要素は少なく見えるという。カゴメでは以前から、ジョブ型雇用に合わせた評価や報酬制度、サクセッションなどができていたため、コロナ禍においても出社の必要が全くなかったとのこと。「出社しない社員をどうやって評価するのか」とよく質問を受けるそうだが、有沢氏は「社員が出社しないと評価できないような仕組にそもそも問題があるのではないか」と指摘した。同氏は「いわゆる職務行動評価は週一回のウェブミーティングで十分であり、仕事のパフォーマンスを見て、きちんと定量化されていれば何の問題もない」と話す。

    • 5. ジョブ型雇用下でも必要なジェネラリスト
      近年は人事施策の変革が風潮になっているが、有沢氏は「ジョブ型雇用の流れは当然あるべき姿だろう」という。事実有沢氏は今まで在籍した会社ではいわゆる「ジョブ型」を導入してきた。ただし、ジョブ型を導入する際に、とかくジョブ・ディスクリプション(職務記述書)を作ることが目的になってしまう傾向があることに注意を促した。新しい人事施策を実施するときには、その理由について社員を納得させられるだけの内容があることが前提であり、それらがない中でいきなり導入しても絶対に支持されないとのこと。流行や風潮に流されることなく、まずは自社の会社の強み・弱みを見極めて、会社のカルチャーやDNAを考えた上で、未来のミッションやビジョンを明確にして、その中からあるべき施策や戦略を逆算して何が必要なのか考えることが重要であるという。会社の規模やその会社が大事にすべきDNAなどを考えたときに、「ジョブ型」か「メンバーシップ型」かという二者択一では決してないと考える。人事は経営の考えをよく聴き、すり合わせを何度も行い、場合によっては無理にすぐに「ジョブ型」に移行するのではなく、フレキシブルに考えることが重要だと有沢氏は語る。
      もともと日本の雇用の流動性は高くないが、コロナ禍によってますます萎縮している今の状態が2~3年続き、全ての雇用が「ジョブ型」になったときでも、企業の役員やエグゼクティブにはジェネラリスト的な部分が必要だという。カゴメであれば、営業のことも、工場のことも、もちろん会社のことも分かっていなければならないが、ジョブ型雇用の進展によりほとんどスペシャリストで構成するような会社になってしまうとむしろリスクが高まるケースもあるのではないかと考える。そこで同社ではあえて定義づけするとすればジョブ型とメンバーシップ型の中間となる「ミッショングレード型(役割等級)」と「ジョブ型」とのハイブリッドの人事制度にしているとのことだ。これは、スペシャリストもジェネラリストも必要で、どちらにもキャリアパスがきちんと示されるという制度だ。ジョブ型の一番エッジの効いた「専門職制度」もつくったが、経営のことを考えるとジェネラリストの道を閉ざしてはいけないと有沢氏は話す。

    • 6. 人事にはマーケティングの発想が必要~エンドユーザーに対し価値を提供できる人材を育成
      様々な人事施策が話題になっているが、施策や仕組みは誰でもつくれる。大事なことは、施策を本当に使いこなしているか、「現場」でその制度や仕組がどう運用されているか、社員の支持を得られているかなどを、常にモニターすることだという。人事にとってのクライアントは社員とも言えるが、そもそもカゴメの場合は社員や会社のクライアントは商品を購入し、サービスを利用してくれる流通各社であり最終的には個人であることから、人事のクライアントも同様に流通各社や個人であると考えられる。
      したがって人事部門も、自社の製品やサービスにどういう強みがあって、どう流通させ、人に買われ、どのような価値に満足してもらっているのかなどを認識し、マーケティングの発想を持つことが必要とのことだ。そして、エンドユーザーに向けて戦略を立て、価値提供を行える人材を育成することがCHOの重要な仕事だという。