AIによる経済成長~ブルッキングス研究所ベイリー博士に聞く
2025年9月25日
生成AIと生産性
日本生産性本部では、2019年より米ブルッキングス研究所名誉シニアフェローのベイリー博士の生産性研究を支援しています。このたび、米国の連邦準備制度理事会(FRB)のプリンシパル・エコノミストのデヴィッド・バーン氏、同シニア・エコノミストのポール・ソト氏らの協力も得ておこなわれた人工知能と生産性に関する最新の研究について、その成果をお聞きしました。
(聞き手・日本生産性本部常務理事 大川幸弘)
生成AIと生産プロセスの統合が重要
マーティン・ニール・ベイリー博士
大川: 生成AIはこれからの生産性向上を考える上で欠かせない技術で、とりわけ日本においては人口減少が続く中、慢性的な人手不足を補完するという意味でも期待が非常に大きいと言えます。まず、最初にアメリカにおける生成AIに対する期待はどうでしょうか。
ベイリー博士: 生成AIは、インターネット、スマートフォン、電子商取引、検索エンジンなどと並び、過去数十年間で最も画期的な技術革新の一つとして、急速にその影響力を拡大しています。米国勢調査局の推計によると、全企業の約10%がAIを活用しており、FRBのメタ分析では、企業におけるAI導入率の伸びが70~80%に上っています。今後数年間で導入率は急速に上昇し、特に生成AIツールが業務用ソフトウェアに組込まれ続ける場合、数年間でほぼ完全な普及に近づくでしょう。
しかし、広範であっても導入しただけでは生産性向上を保証するには至らず、労働力不足の万能薬にもなりません。重要な要因は、生成AIが生産プロセスにどれだけ効果的に統合されるかです。
例えば、スマートフォンは迅速なコミュニケーションとあらゆる場所でのインターネットアクセスにより生産性を大幅に向上させましたが、同時に注意力を散漫させ、一部の人々はかえって仕事に集中しにくくなり、全体としての生産性への影響は複雑だといえます。同様に、企業や個人が生成AIをどのように実装するかが、労働市場への影響を大きく左右します。 機械学習などAIの初期形態は、デジタルネイティブ企業や技術活用に大きな組織再編を要しない企業において、より効果的に活用されました。
生成AIを駆動する基盤技術は、継続的な進化を遂げています。2022年11月のChatGPT登場以来、新たなモデルは急速に規模を拡大し、多くの分野で人間の能力を超えるようになっています。モデル開発者が訓練データの制約といった課題に直面しても、合成データ生成のような革新的な解決策がこれらの制約を一定程度緩和するなど、将来の急速な技術進歩も見込まれています。
さらに、生成AIは、音声アシスタント、コパイロット、自律型エージェントなど、新たなAI搭載製品のカテゴリーを生み出す連鎖的なイノベーションを展開し続けるでしょう。これらのイノベーションはビジネスプロセスを大幅に変化させ、生産性や労働市場に対してさらに影響を与える可能性があります。
最近では生成AIの科学研究への応用も急速に拡大しており、特に製薬や生物学の分野で顕著です。例えば、AI駆動ツールであるAlphaFoldは、複雑なタンパク質構造の画期的な可視化と把握を可能にしています。科学における生成AI活用は、いわゆる「イノベーションの方法のイノベーション」を促進する根本的な変化であり、科学的方法論における革命と長期的な生産性向上をもたらす可能性があります。
先述の通り生成AI技術は今後さらに進化すると予想されますが、現在の生成AI能力であっても、組織変革、人材のスキル向上、ビジネスシステムへの戦略的統合を通じ、大幅な経済変容と生産性向上が実現する可能性があります。
生成AIによる格差拡大を防ぐ
大川:「プロセスへの効果的な統合」はまさに人間の知恵が必要です。また「イノベーション方法のイノベーション」が促進されることはとても重要なご指摘だと思います。一般的に言って生成AIの活用にはいくつかの課題があると思います。例えば生成AI導入には多くの資金や高度な技術を必要とすることから、活用する「国や企業、個人」によって生成AIの効果を享受できるところとできないところの格差が生じる可能性があると思います。これにより、現代の社会課題である経済格差が更に拡大する原因になってしまう可能性がありますが、それについてはどのようにお考えになりますか。
ベイリー博士:生成AIが不平等をもたらす可能性は、確かに重要で複雑な問題です。初期の研究では、生成AIが適用される具体的な文脈や分野が、その利用から利益を得る対象に大きな影響を与えることが示されています。例えば、マサチューセッツ工科大学のシャック・ノイとホイットニー・チャンによる2023年の研究では、生成AIは低い文章力の書き手に対して不均衡な利益をもたらし、書き手の能力格差を縮小すると示されました。一方、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのアントニオ・ローダン=モーンズによる研究では、競争的なディベートにおいて、高い能力を持つ学生が生成AI利用でより大きな利益を得る傾向が示されました。
重要な点は、仕事は多様なタスクから構成されており、生成AIがタスクの一部を代替する可能性があっても、すべてのタスクが自動化されるような仕事はほとんど存在しないということです。労働者に対する影響は、むしろ企業が従業員への業務配分をどのように調整するか、企業が従業員の新しい役割への適応訓練にどの程度投資するかに大きく依存するでしょう。
大規模言語モデルと生成AIの多言語対応能力は、グローバルな職場や市場における非ネイティブスピーカーの能力向上に画期的な機会を提供し、言語に基づく不平等を軽減する可能性があります。しかし、これらの多言語対応能力の有効性は、特にインターネット上で少数派言語の訓練データが不足している点に注意が必要です。信頼できる電力網やインターネットサービスへのアクセス格差は、開発途上地域における生成AIの導入制約となり、既存の経済格差を拡大する可能性もあります。これらの多様な課題に留意することは、生成AIが最終的に経済的・社会的格差を緩和するのか、それとも拡大させるのかを判断する上で不可欠でしょう。
現在、AIの開発リソースは米国と中国に集中しており、両国に一時的な経済的優位性をもたらす可能性があります。しかし、企業がビジネス分野でますます有用なAIプログラムを開発するにつれ、多くの国で利用できるように適応が進み、世界中で販売されるようになるでしょう。これは、個人用コンピュータと関連ソフトウェアの場合と同様です。
大川: 格差問題を考える際に「仕事の多様性」を意識し、新しい役割に応じた教育投資の必要性についてはとても重要だと思います。重要なご意見をありがとうございました。
産業ごとに異なる課題
大川:さて、今回は電力、金融、医療、情報といった4つの産業を具体的に研究したわけですが、それぞれの分野の具体的な課題をお示しください。
ベイリー博士:医療分野では、AIを活用した画像診断の読み取り、医師へ診断や治療の提案を行う技術が著しい進展を遂げています。AIは新薬開発においても有用性が示されています。しかし、医療従事者が従来の方法からの変更に抵抗を示すため、AI導入には課題が存在しています。さらに、患者と医療提供者双方が、誤りを犯す可能性があるAIプログラムに対して疑念を抱いています。病院経営者は、収益増加やコスト削減という形で報われることを確信しなければ、AIプログラムへの大規模な投資は行わないでしょう。
金融分野では、資産価格の動向を予測するため機械学習が長年活用されてきました。最近では、AIが貸付ポートフォリオの問題点をチェックしたり、貸付申請の審査を支援したりする役割も果たしています。AIは規制遵守の確認にも役立ちます。金融分野におけるAIの課題の一つは、市場参加者が互いに先んじようとするため、社会全体への利益がほとんどない点です。もう一つの課題は、AIを効果的に活用するためのリソースやスキルが不足している小規模な銀行がまだ多く存在することです。
電力分野では、最も効率的な方法で発電し、停電を回避できるスマートグリッドへの移行をAIが支援しています。化石燃料から風力や太陽光発電への移行に伴い、需要と供給のバランスを保つことが課題となっていますが、AIはこの点でも役立ちます。AIは予防保全にも活用でき、問題を引き起こす前に潜在的な故障を未然に防ぐことができます。AIの最大の課題は、巨大サーバーファームが莫大な電力を消費することで、技術自体が生み出すエネルギー需要の急増です。我々の評価では、発電施設への投資と効率化により、業界はこの新たな需要に対応できると考えられます。
情報分野は多岐にわたり、我々は産業のうちの特定領域に焦点を当てています。AIの成功の一つは、コンピュータコードの記述にあります。コードの記述は時間のかかるプロセスで、高度なスキルを持つ人材が必要なため企業にとって大きなコストでした。大規模言語モデルは既存のコード数億行を学習し、そのライブラリを活用して新しいアプリケーションのコードを構成できます。AIは優秀なプログラマーのチームを置き換えることはありませんが、ルーティン作業のコード作成需要を減らし、結果的にプログラマーの需要を減少させ、失業が発生する可能性もあります。AI開発が進む別の分野は、顧客の問合せ対応です。これも労働需要を減らし、混乱を引き起こす可能性があります。顧客対応におけるAIの活用課題として、顧客が一般的に機械との会話に抵抗感を持つ点が挙げられるでしょう。
大川: ありがとうございました。革命的な技術の社会実装に当たっては人間の心理に着目する必要性がありますね。
次の質問です。かつてのIT革命が経済成長や生産性向上といった効果を発揮するまでには長い時間がかかりました。生成AIも同様に時間がかかるとすると、その過去に学び、時間を短縮するための対策としてどんなことが考えられますか?
ベイリー博士:過去の技術革命から教訓を学ぶことは極めて重要です。過去の技術革新、特にIT革命との類似点や相違点を理解することは、生成AIが広範な経済に与える影響を予測する上で役立つでしょう。
IT革命と同様、生成AIは汎用技術の特徴を示しており、特に「知識経済」と呼ばれる分野において、幅広い業種や職種に及ぶ生産性向上が実現する可能性が非常に高いと考えられます。しかし、顕著な違いにより生成AIは生産性への影響を加速させる可能性があります。IT革命では、初期投資が大幅に必要なケース(例えば、1970年代の最初の消費者向け個人用コンピュータであるKenbak-1は、当時約750ドル、現在では約5,000ドルに相当)がありましたが、生成AIは通常、初期資本が低額です。既存の資本ストック上で構築され運用されるため、消費者や企業として生成AIを利用する際のコストは低く、参入障壁を低下させ、広範な採用を加速する可能性があります。
さらに、生成AIは利用者が使いやすいインターフェースにシームレスに統合されるのに対し、コンピュータは当初、PCの構文や論理の知識が必要であり、業務用ソフトウェアが導入されるまで広く普及しませんでした。例えば、既存のソフトウェア構造に直接重ね合わせて機能するコパイロットツールは、コーディングやコンテンツ作成などの複雑なタスクを簡素化し、初心者でも迅速にスキルの習得可能にします。このアクセシビリティは、IT技術が歴史的に必要とした広範なスキルアップと対照的です。これにより、生成AIの経済的影響が加速する可能性もあります。
最後に、ITが主に事務職や製造業の役割を変革したのに対し、生成AIはグラフィックデザイナーやライターなど、コンピュータへのアウトソーシングが困難とされてきた芸術的な要件を持つ多様なホワイトカラーやクリエイティブ職にも影響を及ぼす可能性があります。これらの変化が果たして人間の労働を補完するのか置換するのか、まだ不明確です。しかし、生成AIの急速な普及とアクセス可能性を考慮すると、生産性や雇用動態への影響は、過去の技術革命よりも早く顕在化することは合理的に予想できるでしょう。
大川: なるほどIT革命との違いは圧倒的なスピードということですね。
IT革命以上のインパクト
大川:最後の質問です。生成AIは人間の働き方や企業などの組織の在り方を変える可能性があると思います。未来に向けて我々はどのような準備をするべきでしょうか?
ベイリー博士:生成AIは急速に進化しており、積極的な準備が不可欠です。最初の重要なステップは、単純にAIツールを使い始めることです。ニュースで生成AIに関する情報を得ることは文脈を理解するのに役立ちますが、実際の操作を通じたAIの利用経験は、実践的なAIの強みと限界を明確化するのに役立ちます。AIネイティブ企業、つまりこれらの技術と並行して成長しているような企業では、実用可能なユースケースを特定するプロセスがよりスムーズに進むでしょう。一方、伝統的な企業は、継続的な実験と学習を通じて適切な応用事例を発見していくことになります。
同様に重要なのは、生成AIの課題や進化を続ける特質に対応するため、組織の柔軟性と適応能力を維持することです。例えば、広範な導入が必ずしもすべてのユースケースでコスト削減や利益向上をもたらすわけではありません。国勢調査局の最近の調査では、AIを活用している企業の約7社に1社がAIプロジェクトを放棄または「廃止」したとしています。これは、コスト効果が高く効率的に拡張できるAIアプリケーションを実現することの難しさを反映しており、組織計画における迅速性や対応力の重要性を強調しています。
大川: 生成AIを効果的に活用するためには組織の柔軟性や適応能力の向上、そして迅速な行動が求められるとのご指摘はとても参考になります。ベイリー博士、大変貴重でわかりやすいご説明に感謝いたします。これからも、素晴らしい研究を期待しております。
本稿で紹介したマーティン・ニール・ベイリー博士の研究については、日本生産性本部の支援により刊行されたブルッキングス研究所の以下の研究を参照されたい。
「Harnessing AI for economic growth」
〔AI活用による経済成長の促進(日本語仮訳)〕